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「ベッドの下に運命がおちてる」をお読みくださった方、そうで無い方のどちら様でもお楽しみいただけるように進めていきたいと思っています。
宜しくお願いします。
朝には結構強いほう。早起きはあまり辛くないタイプ。寝起きの悪い友人には「血圧が高いんじゃない?」とか「年寄りくさい」などと揶揄されたりもするけれど、『早起きは三文の徳』は本当らしいと最近特に思うようになった。
ドレッサーの向こうのあたしは今日も機嫌が良い。クリーム色とオレンジをベースに揃えたインテリアを背に、東向きの窓からさす春の日の光のおかげで十人並みのあたしでも2割増しでカワイく見える?
ゆっくり時間をかけて髪をセット。少し前に背中の中ほどもあった髪をバッサリ!今はちょっと長めのショート。周囲からは概ね好評だったけど、唯一ウチの課長代理に失恋したのか?と訊かれたのには、苦笑しながらも内心古い!とつっこんだ。
先に朝ご飯を食べたから遠慮なくぬれる口紅は、最近テレビCMで流れ始めたばかりの新色を。この前の日曜日に買ってきたもので、もちろんアイシャドーもチークもそれに合わせて新調した。
ううっ、ちょっと出費が・・・と少しだけ嘆いたけど、これもすべてはあのひと時のため!そう思うことで今月はランチを諦めて、昼はお弁当を持っていくことに決めた。
昨夜の残りと冷凍食品。「もう!勝手に使っちゃって」と怒るお母さんにベーと舌を出し、大好物のえびよせフライを取られちゃっても何も言わないお父さんのほうは見ないようにして、せっせとお弁当を詰めた。
弟はまだ中学生だから、当然お昼は給食。食べたそうにはしてるけど文句は言ってこない。普段なら一個 ちょうだいぐらいは言ってくるんだけど、実は昨夜ケンカしたから今朝はムスッと黙ってる。
だって弟のペットのハムスターが逃げ出して、あたしの部屋に入り込んでたんだもの。あまつさえティシュやエサを運び込んで別荘を作ろうと目論んでいたらしい。う~、ヤダヤダ!
時計を見れば丁度いい時間。少しだけ余裕を持って家を出るのは、あたふたしてる姿を見られたくないから・・・って、実は見られるかどうか以前に、彼に『会える』か分からないんだけど。
出勤途中、大抵おなじ車両に乗り合わせる細身で私服姿の名前も知らないあのヒト。いつも難しそうな本を開き、微かに眉間にシワを寄せた顔でそれを読んでいる。
スーツ姿じゃないし、持ち物もリュックサックだし、足元だってスニーカーだってことから予想するにまだ学生なんだろうと思う。たぶん大学生。
ケド年下か上かは分からない。あたし自身が短大を卒業して社会人になってから2年目。もし4年制の大学だったら今年は4年生ってコトだもの。同い年の可能性だって、ううん、院生なら年上ってことだってあるよね?
まあ、年齢はともかくとしてステキなヒトなんだ。
いつもの時間にいつものホーム。10両列車の前から3両目、後ろ側のドアから乗り込むと真正面、反対側のドアにもたれて本を開いている長身の彼の横顔が目に入った。
今日もやっぱりカッコイイ。
ウッカリ見惚れてしまったあたしを、後ろからハゲた中年サラリーマンが邪魔だとばかりに舌打ちして力いっぱい押してきた。
「きゃあっ!」
勢いよく押し込まれたあたしは、もとから乗っていた乗客とさっきのオジサンサラリーマンに挟まれて窒息寸前。必死で隙間を作ろうと身をよじったのが悪かった。隣にいた、これまた朝から草臥れた中年サラリーマンの足に躓き、体が大きく前に傾ぐ。
咄嗟にポールへと手を伸ばしたけれど、思いっきり掴まった物の感触は、つるつるとした冷たい金属のカンジじゃなくて、どう考えても洋服越しのヒトの腕のようだった。
ソロ~ッと上目遣いに相手を伺う。・・・あたし、今すぐ死んでもいいと思った。
「大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込んできたのは憧れのあのヒト・・・
惚けたあたしに更に追い討ち。『この先列車が揺れます。ご注意ください』と毎日アナウンスが入る場所で、常なら控えめながらも足を踏ん張って揺れに備えているのに、今のあたしにはその余裕はなかった。
ゴトンと床から鈍い音が響いて車内全体が大きく揺さぶられる。その途端目の前にあった肩に鼻をぶつけ、ふらついた。
「おっと・・」
彼の本を持ってない方の腕が背中に回ってあたしを支える。
ええええええええええっ!!!
ナニこの展開?!ナニこの偶然っ!ナニこのシチュエーション!!パニックで一瞬意識が途切れた。
とっくに電車は走り始めている。後ろから押したサラリーマンに文句を言ってやりたいけれど、ぎっしりと雷おこしの中の一粒になったみたいに全然身動きが取れない。
返事を返しそびれたあたしを彼は具合が悪いのかと思ったようで、再度「大丈夫?」と訊ねてきた。
「あ、はいっ・・だいじょう・・ぶ、です。多分・・」
さすがに鼻血を噴きそうですとは言えない。
動きようが無いのでそのままの体制でスミマセンと謝ると、彼は平気だよと小さく笑ってくれた。
電車がホームに着く毎に、お互いが密着したり離れたり。神サマ、一体今日はなんなの?!この状態ってあたしへのご褒美なの?それとも罰ゲーム?
脳内で万歳三唱をあげつつも、いやっ、これは何か大変なことが起きる未来への対価なのではと疑う気持ちもあった。
ぐるぐるする胸のうちを読んだのか、彼がくすっと笑みを浮かべる。
「大体いつも同じ電車だよね?」
頭のすぐ横で話しかけられ顔が熱くなる。きっと今、あたしはトマト以上に真っ赤になってると断言できる。15センチくらいしか離れていない斜め上から見下ろされ、沸騰した頭じゃもう何も考えられない。コクコクと頷くのが精一杯だった。
「髪、切ったんだね。似合うよ。前の長い時もよかったけど」
ウソっ!ウソ嘘うそっ!!彼が褒めてくれるなんて、もしかしてコレ夢なんじゃないのっ。
嬉しすぎて涙がにじむ。
胸元に握った両手がプルプルと震える。
そろそろ降りる駅なんだけどこの幸せのときを手放しがたくて、つい縋る様な目で彼を見つめてしまっていた。
「あ・・あのっ、名前、教えてもらえませんかっ?」
彼がぱちくりと目を見開いた。
21年生きてきて、コレまでで一番勇気を振り絞った瞬間だ。明日からはバンジージャンプだって怖くない・・・かもしれない。
イヤだと言われたらと思うと怖くて、ギュッと目を瞑って下を向いたあたしを、彼の腕が強く抱き寄せる。
「いいよ。代わりにあなたの名前も教えてくれるなら」
この日、あたしにカレシができた。
女性視点、難しいですねぇ・・
しかし、頑張ります。




