第96話:お礼とハプニング
ライルの心境に変化が起こる。
建業城内部にある俺の自室兼執務室。城の中でも日当たりがよい場所にあり、室内には窓の前に寝台、すぐ側に兵法書や現代の戦術マニュアル、暇つぶしに読むことがある小説などを収納した本棚。
中央には書類や竹簡を裁断する為の大きめの机。扉のすぐ側にはコーヒーメーカーや瓶詰めされた数種類のコーヒー豆。
壁には前世で俺が授与した名誉勲章を始めとした勲章や大統領感状、俺の活躍を評して名付けられたアーレイバーグ級ミサイル駆逐艦の70番艦であるDDG-120[ライル・L・ブレイド/USS Lyle L Braid]をバックに撮った隊の集合写真が飾られている。
軍務の中に私生活が合間見える内装だが、今はそれらに浸ることは出来なかった。
「これが警邏第7地区からの報告書で、こっちが第10地区。海兵隊の新兵鍛錬経過報告書は・・・・・・」
机に積まれた報告書や調達詳細書などを片っ端から裁断していく。俺は孫呉討逆将軍であると同時に孫呉海兵隊最高司令に警邏隊隊長、鍛錬部隊の教官を兼任しているから、一度に来る報告書はかなり多い。
更に普段は俺をサポートするアレックス達にもそれぞれの仕事があるので、来てはくれない。
だから1人で黙々と竹簡に目を通し、確認済みと再提出要請のものと分別する。最初の頃は筆や竹簡など向こうでは使わなかったから難儀したが、今は流石に慣れた。
俺はひとまず筆を置いてもたれ掛かり、不意にすぐ側の時計に目を配る。
「ふぅ・・・・・・もうこんな時間か」
時計の針は午後1時半を差していた。確か朝食を採ったのは朝6時半。仕事を開始したのは7時丁度だから6時間半も報告書と格闘していたことになる。
「どうりで腹が減ったと思う筈だ・・・・・・少し息抜きするとするか」
そう至るとすぐにブラックベレー帽を頭にはめて行動に移る。
昼食の揚州炒飯と点心を胃袋に収納すると腹を落ち着かせる為に中庭へと足を運ぶ。この城の中庭は洛陽城とは違って桃の木は壁際に植えられている。
理由はここでよく鍛錬などが行なわれる為の処置だ。しかし複数が植えられているので、咲きごろには絶景になる。
ひとまずは近くの木に歩み寄ると不意に気配を感じ取る。反射的にホルスターに収めてあるM45に手が伸びるが、気配からは敵意は感じられない。
「やっほー。ラ〜イル♪」
聞き覚えのある声がして、すぐに辺りを見渡すが人影は見当たらない。だが向こうは確実に笑っているだろう。
「上よ、上♪」
そう言われて見上げると声の主をようやく見つけた。木の枝に座ってこちらを見下ろしている俺の主である・・・。
「・・・雪蓮殿・・・・・・そこでなにをしているのですか?」
雪蓮殿だ。俺も木に登って隣に腰掛ける。
「あら?見て分からない?」
「・・・・・・仕事をサボって昼間から酒盛りをしているように見えますが?」
「ブーブー‼サボってるんじゃないもん‼ちょ〜っと休憩してるだけなんだから‼」
「・・・・・・前も似たようなことをしていませんでしたか?・・・」
「うん♪」
言いきったよ・・・。しかも無垢な笑みを浮かべながらだ。思わずドキッとなったが何とか平常心を保つ。
「ねえ、ライルはなんでここに?・・・あっ‼もしかして〜・・・私のことが恋しくなった?」
「ち・・・・・・違います‼朝からずっと報告書に目を通してましたから昼休憩をしてるだけですよ⁉」
「ふふっ♪照れちゃって・・・可愛いんだから♪・・・えいっ♪」
「うわっ⁉」
顔を赤くしながら否定する俺に彼女は悪戯好きな子供みたいな笑顔を浮かべ、俺の顔を自分の胸に埋もれさせてきた。
「どぉ〜♪お姉さんの胸に埋もれてる感想は?」
「ちょっ⁉し・・・雪蓮殿⁉く・・・苦しい‼」
絶対に酔っている。というか俺と雪蓮殿は
確か同い年のはずだ。
何とか彼女の胸から離脱して、ほんの少しだけ離れて顔を真っ赤にしながら呼吸を整える。
「ふふふっ♪ライル〜、大丈夫?」
「はぁ・・・はぁ・・・何を考えてるんですか?」
「えぇ〜。だってライルがあんまりに可愛かったし〜。それにライルだって嬉しかったでしょ?」
「ちがっ⁉・・・いや⁉・・・まあ・・・・・・い・・・嫌では・・・・・・って⁉何を言わせるんですか⁉」
「もうっ♪素直じゃないんだから♪」
彼女が相手だと完全にペースを持っていかれてしまう。戦場では勇猛果敢に攻める孫呉を導く王だが、普段は天真爛漫で無垢な笑みを浮かべられる年相応の明るい女性だ。
確かに彼女からの温かさや女性特有の香りで、本音を言えば嫌ではない。
雪蓮殿は杯に注がれた酒を飲みながら、穏やかな表情で俺を見る。
「・・・ライル、ありがとう」
「・・・なにがですか?」
「蓮華のことよ。次期王を自覚するキッカケを作ってくれて・・・」
「・・・・・・・・・」
「今までのあの子は理想や誇りに意識を向けすぎて、無駄に力が入っていた・・・。だけどライルがキッカケを作ってくれたおかげで、蓮華の心に余裕が出来たわ」
確かにあの出来事からの彼女の変化は凄まじいものだ。孫呉海兵隊との合同訓練や指揮官として兵士一人ひとりに声をかけて回ったり、一般兵とタッグを組んで互いをカバーし合う戦い方をしたりと、以前とは本当に別人とも思える。
「・・・俺はただキッカケを与えただけです。彼女の決意は彼女自身が見つけた・・・それだけです」
「蓮華だけじゃないわ。冥琳や祭、それにみんなもあなたには心から感謝してるのよ。だから・・・」
そういうと雪蓮殿は俺の手と彼女の手を重ねて、じっと俺を見てくる。その表情は優しさに満ち溢れ、透き通るような瑠璃色の瞳はまさに宝石であり、見ていると本当に吸い込まれそうな瞳だ。
「これからも私達を支えてね」
「・・・・・・もちろんです」
俺は彼女の笑顔に笑顔で返す。雰囲気はまさに最高であり、
ハタから見たら恋人同士だろう。俺は思わず彼女に近づこうとしたが、これが不味かった。枝が妙な音を立て始めて・・・。
「えっ?・・・・・・きゃあ⁉」
「くっ⁉」
枝が折れて、俺はすかさず雪蓮殿を抱き寄せて彼女の下に潜り込み、自分の体をクッション代わりにして衝撃を受ける。
「いたたたた・・・・・・雪蓮殿・・・大丈夫です・・・か・・・・・・」
「うん、大丈夫よライ・・・ル・・・」
互いに状況を理解した。今の俺は彼女に押し倒された格好で、顔も息が掛かる程に近く、あと少しで唇同士が触れ合う距離にまである。そんな状況に体が膠着してしまう。
「「・・・・・・・・・・・・」」
その状態が暫く続き、自然と互いの距離が縮んでいくが、城の方角から人の気配で終わりを迎える。
「雪蓮・・・」
「め・・・冥琳」
現れたのは青筋を立てた鬼の角が生えたように見えるご立腹の冥琳殿だ。正直に言うと怖い・・・・・・。
「お前は仕事もせずにこんな所で何をしているのかな?しかもライルを押し倒して・・・」
「あ・・・あははは・・・・・・いやぁ〜・・・・・・ち・・・ちょ〜っと疲れたから軽く息抜きを・・・」
「前も同じことをいって仕事を放っていたのは誰だったかしら?」
「あはははは・・・・・・」
あからさまに不利な状況に雪蓮殿は笑うしか残されていなかった。
「それでライルも仕事はどうした?」
「いえ・・・昼休憩の最中でして・・・」
「ふむ・・・まあいい。それより早く戻って仕事をしなさい雪蓮。因みにまたサボったら・・・・・・」
「サボったら・・・?」
「禁酒一月だ」
「えぇえええええええええ‼⁉⁇」
孫呉で屈指の飲兵衛である雪蓮殿にとってはまさに地獄のような罰則だろう。
たしか以前に一週間の禁酒がされた間の雪蓮殿は文字通り使い物にならなかった。しかも口を開けば、酒という単語の羅列だけだ。
冥琳殿に腕を掴まれて連行されそうになる雪蓮殿だが、それを必死に待ったを掛けた。
「あぁあああ‼待って待って‼まだライルに用があるのよ‼すぐ済むから少しだけ待って‼」
「・・・・・・すぐ済ませなさい」
珍しく雪蓮殿のワガママを聞いて腕を手放すと、雪蓮殿が俺に歩み寄ってきた。
「ライル、さっきの続きなんだけど〜・・・お礼がしたいのよ♪」
「お礼・・・ですか?」
「そう♪そして・・・・・・これがお礼よ♪」
「⁉」
お礼をしたいと言った雪蓮殿は顔を近付けて来て、俺の頬にキスをしてきた。何が起こったのか理解できないまま、俺はその場で固まってしまう。
しかし雪蓮殿は嬉しそうな表情をしながら顔を離す。
「ふふっ♪ライルのほっぺって柔らかいわ♪」
「・・・・・・・・・・・・」
「雪蓮、用事が済んだのなら行くぞ」
「いたたたたた‼⁉⁇ちょ・・・だから耳を引っ張らないでぇ〜⁉」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
耳を引っ張られながら執務室に連行される雪蓮殿。
その彼女から頬にキスされた俺は言葉が出ないままキスされた箇所を無意識に触っていた・・・・・・・・・・・・。
頻繁に行なわれるようになった孫呉海兵隊と孫呉水軍による合同演習。全員の指揮を高める為に南郷と思春による御前試合が行なわれることになった。
次回“真・恋姫無双 海兵隊の誇り,Re”
[狼の侍VS鈴の甘寧]
素早さが得意の二人がぶつかる。