第202話:滅
自身の志を見失いかける華琳に牙刀が形見を託す。
五丈原にて夏侯淵殿を救い、漢中を代償に将の戦力低下を防いだのも束の間、誰かが北郷殿を暗殺しようとした。
暗殺そのものは防がれたが、これにより蜀との関係は更に悪化を辿り、加えて曹操殿に‘‘二度も天に卑劣な手段を用いた”という風評が着せられてしまった。
我等は意気消沈の状態で許昌へと帰還したが安らぐ時間は全く無い。国内では曹操殿の覇道に疑問を抱き始める一派が出現し、更に一部の豪族が反旗を翻したのだ。
その中で私も凪達を率いて徐州にて反旗を翻した孔融を鎮圧し、許昌に帰還した。
「・・・以上が今回の報告になります」
「ご苦労だったわね・・・」
「いえ・・・」
私は孔融討伐の報告を執務室にて曹操殿に行なう。しかし最近の曹操殿からは覇気があまり感じられなくなっていた。
溜息を吐く回数が格段に増えて、時々なにか思い悩んだような表情もする。私達もかなり心配して悩みがあるなら打ち明けるように施しているのだが一向に口にしない。
「では私はこれで失礼致します・・・・・・それと曹操殿」
「なに?」
「何か悩まれているようですが・・・」
「・・・・・・別に大丈夫よ」
「口が過ぎるようですが、みな心配しております。特に私や参刃はあなたに10年以上も付き従っているのです。お隠しになられていてもすぐに分かります」
「・・・・・・そうね・・・だけど心配は無用よ」
「強情を張らないで頂きたい。私でよければお考えを打ち明けては如何か?」
「・・・・・・・・・」
曹操殿は沈黙してしまう。私と参刃は曹操殿がまだ赤子だった頃から付き従っているのだからお考えや何か違う箇所が見られたらすぐに分かる。
暫く沈黙した後、ようやく曹操殿が口を開いた。
「・・・・・・牙刀」
「なんでしょうか?」
「あなた・・・・・・後悔はしていない?」
「・・・何がでしょうか?」
「この私に付き従っていることよ。後悔なんかしてない?」
「・・・・・・聞かれるまでもありますまい。私は既に貴女へ忠誠を誓いました。覆ることなどありはしません」
「・・・・・・そう・・・一つ聞いてもいいかしら?」
「如何様にも」
「・・・私は五丈原で北郷が暗殺されかけた時から考え出した・・・私の歩む‘‘覇道”についてね」
「・・・・・・・・・」
「私は覇王・・・たとえ民の心が離れようとも、民からの恨みや妬みを買おうとも・・・我が理想を実現させるのなら謹んで受け止める覚悟。それは今でも変わらない。だけど・・・」
「・・・・・・」
「だけど・・・最近になってから分からなくなっているのよ・・・私は秋蘭を救い出す為に漢中を北郷に一時預けた・・・確かにそれであの子は助けられたわ。だけど代償は漢中を失ったことと私に対する汚名・・・聞いているわ。‘‘呉と蜀には天の加護あり。曹 孟徳に天下への資格なし”・・・・・・」
その言葉を聞いて耳が痛い。何でも郊外よりそういった噂が流れていて、民の心が徐々に離れていっている。蜀と呉の間者が流していると思われたがどうやら違うらしい。
「・・・・・・牙刀。貴方はどう思う?」
「・・・・・・聞くまでもありますまい」
「・・・・・・」
「私達臣下は貴女の覇道こそがこの国を泰平へと導くことを確信しています。例え民の心が離れようとも、我等の忠誠は崩れはしない。それに・・・・・・」
「・・・・・・なに?」
「それに・・・証明すればよいのです。難しく考える必要などどこにもない。天下への資格が無いというなら‘‘曹 孟徳に天下への資格あり”と・・・実力を示すのです」
「・・・‘‘強請らず勝ち取れ”」
私はその言葉を聞いて頷いた。‘‘強請らず勝ち取れ”・・・今は亡き曹嵩様がよく口にされた言葉だ。その言葉を曹嵩様より引き継いで、私が曹操殿にお伝えしたのだ。
「曹操殿、あなたに尋ねます。貴女は何かを得る代わりに何かを失う覚悟はありますか?」
「・・・なにがいいたい?」
「そのままの意味です。何かを成すにはそれ相応の代価と犠牲が伴います。それが例え夏侯惇殿や夏侯淵殿達を失う結果となろうとも、貴方にその覚悟がありますか?」
改革を成す為には幾多もの犠牲とそれに似合う代価が必要となる。我等はこれまでに足下が見えない位の犠牲の上に立っている。
暫く続く沈黙の後、曹操殿は口を開いた。
「・・・・・・あるわ」
「・・・・・・・・・」
「私はここに来るまで幾万もの犠牲を出した。だから礎となった者たちの為にも・・・私は歩みを止めない」
「2人の内のどちらか・・・もしくは両方を失っても・・・ですか?」
「失うかも知れないなら失う前に成し遂げればよい。あの子達をむざむざと死なせたりはしないわ」
大事な肉親でもある2人を失わずに天下統一を果たす。いかにも曹操殿らしい一言だが、その瞳は先ほどとは違って決意と信念が宿った力強いものだ。
私は軽く笑みを浮かべると曹操殿をジッと見る。
「曹操殿・・・ご足労願います」
そう言って私は曹操殿を連れて廊下を歩く。向かった先は私の私室。室内には寝台と机、椅子など必要最小限の家具の他に一箇所だけ隔離されるかのように鎮座した鍵付きの箪笥。
「私を連れて来てどうするのかしら?」
「少しだけお待ち下さい」
そう短く言うと首に掛けていた鎖付きの鍵を取り出し、二つある鍵を差し込んで両方を掴む。
「・・・この日をどれだけ待ち望んだか・・・」
そういうと両方を同時に左へ回す。鍵が解除された音がし、扉をゆっくりと開ける。
「・・・これは・・・」
曹操殿は言葉が出て来なかった。そこにあったのは一筋の大鎌。部分的にはかつてアレックス殿に破壊された絶に似ているが、決定的に違うのはそれが双鎌だということだ。
それを手に取ると曹操殿に見せる。
「これは‘‘滅”。かつて貴女の父君がお使いになられた双鎌です」
「父様が?」
「はい・・・旦那様がお亡くなりになられる前、貴女が挫折し、そこから立ち直った時に託すよう遺言を残されました・・・曹操殿」
「・・・・・・・・・」
「改めて問う。曹 孟徳。汝は自らの使命を果たし、前に歩み続けるか?」
亡くなった曹嵩様のご意志・・・それは誰もが身分の関係がなく力を出して生きていける世界。
その意思は曹操殿に受け継がれ、その意思をいま新たに試されている。
曹操殿は間を置かず滅を受け取り、少し回転させると背中で構えた。
「父様の意思・・・・・・それは私のやるべき誇りでもあり・・・天へと示す存在意義・・・」
「・・・・・・・・・」
「ならばやるべきことは一つだけ・・・・・・牙刀」
「はっ」
「みんなを集めなさい。軍議を始めるわ」
「御意‼︎」
新たに覚醒した曹操殿の指示でみなを玉座に集めるため駆け出す。
・・・・・・義父上・・・見ておられますか?
貴方の願いが一つ叶えられ、貴方の意思は確かに貴方が愛した娘に受け継がれています・・・。
幽州における反乱を鎮圧する司馬懿率いる私兵部隊。自らの才を弁えない凡愚に嫌気を指す司馬懿は・・・・・・。
次回‘‘真・恋姫無双 海兵隊の誇り,Re”
[正始]
狼顧。自らの信念で画策する。