第105話:進発
曹操軍の動きにより、ライルも行動に映る。
曹操が動き出した。天下に一番近い存在に加えて呉を上回る大軍団を持つ彼女なら容易に予測出来たが、まさか交州に進発する直前とも言えるこの時期に動き出すとは予想外だ。
雪蓮殿はすぐに全員に招集を掛け、俺もアレックスとレオン、武久、イリーナを呼んで玉座へと足を運んだ。
「みんな揃ったわね。早速だけど本題に入るわ」
雪蓮殿は表情を真面目にしながら話し出す。その重苦しい空気がことの重大さを物語っていた。
「みんなも知ってるとは思うけど曹操が遂に動き出したわ。曹操軍は実に50万もの大群を率いて劉備軍の徐州に雪崩れ込んだ。国境は完全に鎮圧されて、徐州が曹操の手に堕ちるのは時間の問題よ」
「しかし姉様。なぜ奴がこの時期に?」
「少し考えたら簡単な理由です。奴は簡者を解き放っていて、離反者が流した情報を入手したのでしょう。交州侵攻という情報を・・・・・・・・・」
蓮華殿の疑問に俺が答える。そうでもない限り、交州侵攻直前というタイミングで徐州に攻め入るなど、あらかじめ知っていたとしか言いようがない。
加えて情報が流出したのは調べる限り、許貢の件しか見当たらない。
「それで、出陣した武将はいかがか?」
「ああ、夏侯惇に曹洪、徐晃、それに曹操が自ら全軍の指揮を取っているようだ」
「曹操自らですか⁉」
「落ち着きなさい蓮華。それだけ一刀達が強敵だってことよ。私も逆の立場だったら喜んで出陣しちゃうし♪」
「雪蓮」
「分かってるわよ・・・・・・まあ、冗談は置いといて・・・曹操が自ら動いてきたとなると私達も早急に動く必要があるわ」
確かに俺が今の段階で一番の脅威と考えているのは何を隠そう曹操だ。
一武人としても一指導者としても一軍師としても優秀。更に孟徳新書という兵法書を執筆している。
それ程の強敵だ。脅威にならない方がおかしい。
「穏、交州に出陣させる軍勢の配備状況は?」
「はいぃ。既に交州方面に三角力隊と孫呉海兵隊を中心に国境で展開してまして、兵糧もライルさんの助言で水を多めに用意してますぅ」
「ねえライル。何で水なの?」
「あの地方の水はこちらの物と違って綺麗に見えても病原菌を持っている場合があります。
体内に入れば嘔吐や下痢、最悪の場合は死に至る危険性がある為です。
加えて交州は高温多湿。人の命とも言える清潔な水は必要不可欠になります」
現地の水は危険性があると筒なく報告する。俺達が交州に偵察を行なった際にも現地の水は一切口にせず、背中に装備していたハイドレーションに水を蓄えておき、フィールドポーチにはスイスのカタディン浄水器と予備としてGI浄水錠剤、総合栄養錠剤の三つを入れている。
これ無しで現地の生水を飲むのは自殺と同じだ。
一見して綺麗に見えても上流で死体が水に浸かっていたということも考えられる上に、ネズミの排泄物が何らかの拍子に入って仮性結核菌による泉熱(発熱、発疹、腹痛、下痢、嘔吐の症状が出る病気)に掛かる危険性がある。
だから俺は兵糧の調達を担当していた穏に飲み水を普段より多めに用意するように指示したのだ。
「さっすがライル♪」
「それより冥琳殿」
「なんだ?」
「一刀達はどうなりましたか?」
「それなら亞莎だ。亞莎」
「は・・・・・・はい‼」
冥琳殿に指名され、亞莎が慌てながら脇に挟んでいた報告書を手にする。因みに亞莎が手にしている報告書はクリップボードに纏めた紙であり、これらは全て相棒がプレゼントしたものだ。
「えっと・・・・・・ほ・・・報告によりますと・・・劉備軍は徐州を放棄して・・・西に脱出したようです」
「西へ?なぜ西に向かったのだ?」
「蓮華、理由は単純だ。もしそのまま俺達の領土に逃げ込んだら曹操はそれを口実に攻め入って来る。本隊が南下するのだから迎撃は難しい上に、場所からしても到着した頃には建業は陥落。勢い付いた曹操軍は呉を完全に制圧する」
「アレックスのいう通りです。曹操の軍師、荀彧に郭嘉、程昱はそれを踏んだだろうが、諸葛亮や鳳統、それに一刀はそれを考慮に入れて、あえて西に逃げたのでしょう」
俺とアレックスの説明に蓮華は納得、冥琳と穏と亞莎は同感の表情をする。
これ迄の流れから判断して、曹操の南下はそういった画策が見られる。
宣戦布告も無しに曹操は他国へ侵略は絶対しないだろうが、敗残の部隊がいるとなれば話は別だ。
仮に一刀達が呉に逃げ込んで来たら、それを口実にして引き渡しと降伏を勧告。受けなければ侵攻。そのまま荊州と益州、交州、涼州を制圧して天下統一を成し遂げる筈だ。
「そして一刀達は予州を通過して荊州に向かう筈ですが、真の目的地はその先でしょう」
「・・・益州か?」
「ええ、益州は劉焉の死後、愚者である跡取りの劉璋により疲弊するばかり。その影響で反旗を翻す一派がいるようです。亞莎」
「はひっ⁉」
「君ならこの状況をどうする?」
「えっ・・・えっと・・・・・・その・・・わ・・・私でしたら事実上の内戦状態の益州にかこつけて劉璋に反発する一派を取り入れて、益州を平定し・・・します」
亞莎の答えに全員が息を呑んだ。その亞莎は袖で口元を隠しながら視線を落としてしまった。
「はぅあ⁉ごめんなさいごめんなさい‼⁉⁇」
「はぁ・・・亞莎。謝る必要は一切無いよ。むしろ褒めてあげたい位に完璧な策だ」
見兼ねたのか、武久が亞莎の側に歩み寄り、帽子を取ると彼女の頭を優しく撫でる。
「亞莎、武久。仲良くするのはいいけど後でにしなさい」
「ふっ。南郷も中々やるのぅ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
冥琳殿と祭殿が軽く茶化し、思春からは壮絶な殺気を醸し出す。恐らくだが嫉妬も混ざっているだろうが、それをいったら首が飛んでいきそうなので言わないでおく。
「しかし、いま仮に彼等が敗れれば我等はかなり不味い状況に陥ります。そこで雪蓮殿に提案があります」
「あら、なにかしら?」
「俺に・・・劉備軍の撤退支援に向かわせて下さい」
その言葉に全員が表情を変えずに驚愕する。それはそうだ。交州侵攻前に同盟関係であるが劉備軍の撤退を支援する。
雪蓮殿は表情を確かめるような顔にして俺に問いかけて来た。
「ライル、ごめんだけど理由を聞かせてくれない?」
「はい。先ほども言いましたように、いまこの時期で劉備軍が敗北するようなことになれば、曹操軍は天を打ち破ったという大義名分を手にします。そんな状況になったら曹操軍全体の士気は計り知れなく高くなるでしょう」
「ほぅ・・・ライルがそこまで言いよるとは・・・その北郷とやら、それほどなんかい?」
「はい」
「しかしライル。お前も分かっているとは思うが我等は交州に向かわなければならない。援軍や支援隊は送れないぞ」
「交州方面の指揮をアレックスに任せます。私は少数部隊を率いて時間稼ぎに徹し、劉備軍が益州に入ればすぐにでも合流します」
この状況下では仕方がない。しかし一刀達をやらせる訳にもいかない。ならば本隊をアレックスに任せて俺はハンターキラーを率いて援護に向かうのが最良だろう。
「勝手なのは分かります。しかしどうか・・・」
「はぁ・・・ライル。私達があなたの考えを無下にすると思ってるの?」
「それでは・・・・・・」
「ねっ?冥琳♪」
「ああ、交州は我等に任せてくれ。お前は劉備の支援に向ってくれ」
「ありがとうございます・・・・・・アレックス」
「任せろ。一刀君達を任せるぞ相棒」
そういいながらアレックスが握り拳を前に出すと・・・。
「ああ、すぐに戻って来るからな。本隊を任せる相棒」
俺も握り拳を出してアレックスの拳にぶつける。
「フフッ♪男の友情ね♪だけどライル。一つだけ約束して」
「何でしょう?」
「これは主君としての命令よ。必ず・・・必ず帰って来なさい。私にはあなたが必要不可欠なんだからね♪」
その一言で雪蓮殿は顔を少し紅く染め、俺も顔を染めて視線をずらしてしまう。はっきり言って恥ずかしいが、何故か知らないがそれ以上に嬉しかった。
「・・・・・・もちろんです。雪蓮殿・・・これを預かっていて下さい」
そういうと俺は右手人差し指に嵌めてあった指輪を外して雪蓮殿に渡す。
この指輪は前世から俺が持っている数少ない私物の一つで、アーム(輪っか)の部分が彫られ、0.214CTの内部に星の形を彫り込んだ天然ダイヤモンドを取り付けた指輪だ。
「私が帰って来たらそれを返して頂きます。それまではあなたが預かっていて下さい」
「ライル・・・・・・分かった♪」
そういうと雪蓮殿は左薬指に嵌めて見惚れる。その行動に俺はドキッとしたが、何とか悟られずに表情を変えずに出来た。
「で・・・では・・・・・・私は部隊の招集と準備をしますので、先に失礼します」
「そう、いってらっしゃい♪」
雪蓮殿が無垢の笑みを浮かべながらそういうと俺はぎこちない動きで玉座を後にする。
それから数時間後に俺達はオスプレイに兵員、ファルシオン隊のスーパーシースタリオンに戦闘車両を搭載して、予測針路上である荊州へと向かうのであった・・・・・・。
荊州。大陸の中央に位置する土地でかなり重要な地域として認識されている。ライル率いるハンターキラーは陸路で劉備軍がいる方角へと急行する。
次回“真・恋姫無双 海兵隊の誇り,Re”
[劉備軍を探して]
狼達が同胞を探し出す。