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アイン  作者: さき
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第六話 ばれる正体

「……ありえません、そんなこと」


焔花は、かすかに首を振った。


「七人……? この国にはフレアスキャンという機械があるんですよ?」


「そうだ」


文蔵は静かに頷く。


「この国に嘘はつけない。どんな逆炎者であっても、避けては通れないものだ」


一拍、間を置く。


「だが——唯一、アインだけは嘘がつける」


「何故です? 彼らが自分たちの個体数を偽ったとでも? 何のために……」


焔花の声が、わずかに揺れる。


「あの機械は、アインの数を把握し、守るためのものでもあるんです。何百年も、そうやってきたのに——」


「理由は分からない」


文蔵は淡々と言った。


「もしかすると、犯人は首相かもしれない」


「えっ……?」


焔花の瞳が揺れる。


「最も近くにいた。数も把握していた。……何かに気づいたアインが、嘘をついた可能性もある」


「そんな……」


息が詰まる。


「じゃあ、どうして一人なんです? 六人はフレアスキャンで登録されているのに、どうして一人だけ——」


「さあな」


文蔵は小さく肩をすくめた。


「言っただろう? これは僕の妄想だ」


「変な妄想は——」


遮ろうとした、その瞬間。


「だが」


低く、被せる声。


焔花の言葉を切る。


「僕の妄想は、まだ続くよ」


その視線が、まっすぐ焔花を射抜く。


「焔花。君は、自分のことをほとんど話さないね」


焔花の肩が、わずかに揺れた。


「三年前からずっと、僕は君のことを何も知らない」


「……」


「どうしてここで働きたいと言った?」


「それは……前にも言いましたよね。 本が好きだからです」


わずかな間。


文蔵の目が、細くなる。


「——嘘だ」


空気が張り詰めた。


「君は、本が好きじゃない」


「……っ」


焔花の喉が、ひくりと鳴る。


「前に一度、公園で一緒に本を読んだことがあったね。覚えているかい?」


一年前の記憶が、脳裏をよぎる。


足の悪い老人の家へ、本の買い取りに向かった日。

帰り道、二人で公園に寄り——本を開いた。


「……はい」


小さく答える。


「その時だ。君は、本好きならまずやらないことをした」


「やらないこと……?」


「ドッグイヤーだよ」


「ドッグイヤー……?」


焔花の眉が、わずかに寄る。


「知らないのかい」


文蔵の声が、ほんの少し低くなる。


「ページの端を折る行為だ。本好きにとって、本はただの紙じゃない。作品そのものだ」


一歩、近づく。


「それを折るということは——傷つけるということだ」


「………っ」


言葉が出ない。


「それだけじゃない」


さらに、詰める。


「君は、本を“読んでいる”んじゃない。“探している”」


焔花の指先が、わずかに震えた。


「入荷した本、買い取った本……すべてに目を通している。好きでもない本にだ」


沈黙。


逃げ場が、ない。


「そして——今日の出来事だ」


文蔵の視線が鋭くなる。


「あの動き、あの判断。普通の人間じゃない」


焔花の呼吸が浅くなる。


「君は、何者だ?」


一歩。


「どうして、ここへ来た?」


「……っ」


言葉が出ない。


その時——


「ネックレスだ」


「……!」


反射的に、焔花の手が首元へ動きかける。


だが、止まる。


文蔵はそれを見逃さなかった。


「ずっとつけているね。外したところを見たことがない」


静かに、手を差し出す。


「見せてくれないか?」


「……」


焔花は動かない。


「見せられないのかい?」


一拍。


「さっき、僕は言ったね。“妄想はまだ続く”と」


ゆっくりと、息を吐く。


「だが——」


視線が、鋭くなる。


「これはもう、妄想じゃない」


はっきりと、言い切る。


「確信だ」


そして——


「君は────」


ほんの一瞬の静寂。


「アインなんだろ?」


焔花の瞳が、大きく揺れた。


「……ははっ、アイン? 私が? 何を言っているんです?」


焔花は、乾いた笑みを浮かべた。

肩をすくめ、わざとらしく首を傾げる。


「文蔵さん。あなたの言ってることは、全部妄想です」


視線を逸らす。


「アインは死んだ。十年前に死んだんですよ」


「目薬」


「……!」


ぴくり、と焔花の指先が止まる。


文蔵の視線は、まっすぐ焔花の瞳に向けられていた。


「よくしているね。それは瞳を隠すために、長時間続けていると疲れるからじゃないのか?」


「……ただのドライアイです」


わずかに間を置いて、そう言い切る。


「もういいですか」


視線を外し、吐き捨てるように言う。


「今日のことといい、この分じゃ仕事どころじゃない。帰ります」


背を向け、床に置いていた荷物へ手を伸ばす。


「お疲れ様です」


「焔花」


呼び止める声。


無視しようとした、その瞬間——


ぐい、と腕を掴まれた。


「……っ」


思わず顔をしかめる。


「この私を、騙せると思ったのか?」


低い声だった。


焔花は振りほどこうとするが、力は緩まない。


「三年間、君を見てきた」


静かに、だが確信を込めて。


「君は人と関わろうとしない。他人以上の関係になろうとしない」


「……」


焔花は俯いたまま、何も言わない。


「そんな君が、私と関わったのは何かの目的があるからだろう?」


一歩、近づく。


「なら、何故だ」


その声が、少しだけ強くなる。


「何故、今日私を助けた?」


焔花の呼吸が、わずかに乱れる。


「私がここでいなくなれば、この店は君のものだ」


「……」


「一人身で、家族もいない。邪魔なものは何もない」


静寂。


「それなのに——」


文蔵の目が、焔花を射抜く。


「何故、あんな必死な顔をした?」


「……っ」


拳が、ぎゅっと握られる。


(目的……)


心の中で、その言葉が反響する。


(そうだ……私は、ただ本を探すために——)


呼吸が浅くなる。


(目的のために……)


——言わないで。


喉の奥で、言葉にならない声が詰まる。


——そんな顔で、見ないで。


ゆっくりと、顔を上げる。


「……あんたを、あそこで殺されれば」


震える声。


「この店も手に入った。面倒な客対応も、あんたとの会話も——」


視線が揺れる。


「全部、いらなかったのに」


一歩、後ろに下がる。


「それなのに……体が勝手に動いた」


自嘲(じちょう)するように、小さく笑う。


「ほんと、バカ」


視線を落とす。


「この店だって、私がやってることだって……全部、無駄だって分かってた」


拳を強く握る。


「だから、一年で辞めるつもりだったのに」


顔を上げる。


「……あんたがさ」


少しだけ、声が柔らかくなる。


「仕事してる姿とか。客と話してる時とか。本を扱う時とか——」


一瞬、言葉が詰まる。


「優しいとことか。その笑顔とか」


ぐっと歯を食いしばる。


「……そんなの見てたら」


ぽつり、と落ちるように。


「三年も経ってた」


沈黙。


「やっぱ、関わるんじゃなかった」


自分に言い聞かせるように呟く。


「……あんたになら」


かすかに震える声。


「全部、話してしまいそうになる」


文蔵は、少しだけ表情を緩めた。


「焔花」


穏やかな声。


「一人くらい、全て話せる人間は必要だ」


焔花の瞳が揺れる。


「三年間、君を見てきた」


ゆっくりと、言葉を選ぶように。


「君は——優しい人だと思ったよ」


「優しい……?」


焔花の唇が、わずかに歪む。


「……そんなもんじゃないですよ、私は」


ゆっくりと、瞬きをする。


一度。


そして、もう一度——


次に目を開いた時。


その瞳は——


あの、透き通る“青”へと変わっていた。

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