第四話 物語の主人公
そんな事態を、国が見過ごすはずがなかった。
アインが何者かに狙われていると知った当時の首相は、あらゆる手段を講じて彼らを守ろうとした。
まず、逆炎者を取り締まるための専門組織を設立した。
それが――炎衛軍である。
さらに首相は、逆炎者の出現を即座に把握するための装置を開発させた。
それが「フレアスキャン」だ。
フレアスキャンは、能力者の情報を識別・照合する小型の端末である。
子供が生まれ、能力が発現した段階でスキャンを行うことで、
・炎の色
・氏名
・性別
・顔情報
といった個体情報が記録される。
その情報をもとに身分証明カードが発行され、戸籍が登録されることで、初めてこの国での生活が許されるのだ。
更新も義務付けられている。
未成年は三年に一度、成人後は五年に一度。
これを怠れば、カードは無効となり、社会生活は不可能になる。
「ならば、スキャンを受けなければいい」と思うかもしれない。
だが、それは不可能だった。
当時の首相は、学校、職場、公共施設の利用、高額な買い物、さらには海外渡航に至るまで――
あらゆる場面でフレアスキャンの使用を義務化したのである。
公共施設の出入口や自動ドアにはスキャナーが組み込まれ、通過した時点で個体情報が照合される仕組みとなっていた。
仮に身分証を偽装したとしても、スキャン結果と一致しなければ即座に発覚する。
未登録者であれば、その時点で“存在しない人間”として扱われ即座にフレアスキャンをする用専門の人達がやってくるのだ。
そして――アインの保護。
国はフレアスキャンを用いてアインの存在を把握し、その数を管理していた。
しかし、アインは特別だった。
フレアスキャンに登録されていても、
記録されるのは炎の色のみ。
名前も顔も、正体を示す一切の情報は記録されない。
たとえ街に出てスキャンされたとしても、
「一般人」として処理されるよう、意図的に仕組まれていたのだ。
さらに首相は、地図にすら存在しない区域を用意した。
その場所の存在を知る者は、首相ただ一人。
たとえ辿り着いたとしても、複雑に入り組んだ地形により、決して中心には到達できない。
首相でさえも……
――完全に閉ざされた場所。
そこに、アインたちは暮らしていた。
子供が生まれた時には、首相が置いていった特別なフレアスキャンで子供を登録した。
首相は悪巧みや、アインを管理したいという思惑など一切なく、心のままただアインを守ろうとした。
アインも自分達が安全に暮らせる事を心から喜び首相に感謝した。
この出来事は、すでに数百年も前の話である。
それから、アインは誰からも正体を暴かれる事はなく何百年の時が過ぎ、今では一つ家系のみが生き残っている。
だからこそ――
十年前、あの事件が起きたとき、世界は大きな衝撃を受けた。
突如として流れた一本のニュース。
それは――
アインが全員死んだ、という知らせだった。
十年前の三月四日、午後五時三十五分。
アインが暮らしていた区域の森が、爆発音とともに燃え上がり、瞬く間に森林火災となった。
それは、地図にも載っていない場所とは思えないほど、その姿をあらわにした。
それを目撃した人々が次々と通報し、炎衛軍と警察が出動した。
消火のために駆けつけた者たちは、その場所を見て驚愕する。――こんな場所があったのか、と。
火を消し止めるまでにかかった時間は、丸二日。
その後、現場検証のため大勢の人間が森林へと踏み入った。
複雑に入り組んだ地形。誰一人として辿り着けなかった場所。
その中心に人が足を踏み入れたのは、後にも先にも――おそらくこの日が初めてだった。
そこで発見されたのは、崩れかけた一軒の家。
そしてその中には、青い瞳を持つ六人の遺体があった。
この出来事は国へ報告され、首相自らが個体数を確認した。
六人。遺体も六人。
――すなわち、アインはこの世から全滅したと判断された。
さらに世界を震撼させた事実がある。
「アインが殺された」ということだ。
犯人は、十年経った今も見つかっていない。
手がかりは一つもない。
現場には監視カメラなど存在せず、真相は完全に闇の中だった。
この物語は――
炎衛軍が逆炎者から街と国を守り、アイン殺害の犯人を追う物語。
……そう思った?
守る? 捕まえる?
そんな甘い話じゃない。
知りたいでしょ。
ここまで語ってきた“私”が誰なのか。
教えてあげる。
⸻
十年前、私は兄とともに魚を取りに行っていた。
「上手くなったな」なんて言われたわりに、その日はあまり取れなかった。
小さな魚が数匹だけ。
兄が「もう帰ろう」と言ったその時、大きな魚が視界を横切った。
どうしても家族にそれを食べさせたくて、私は言った。
「忘れ物した、すぐ追いつく」
――でも、見つからなかった。
数分探しても魚は現れず、仕方なく家へ戻ることにした。
森の隙間から家が見えた、その瞬間――
私は、信じられない光景を目にした。
自分の家が、白い炎に包まれていた。
リビングにあったのは、
「おかえり」と笑ってくれるはずの家族ではなかった。
手を伸ばした、その瞬間。
白炎が、私の腕に触れた。
――熱い。
――痛い。
それは、今まで感じたことのない、焼けるような痛みだった。
十年前のアイン殺人事件。
それは、白い炎による――皆殺しだった。
アイン……いや、私の家族は殺された。
当時、十歳。
私は一人になった。
⸻
私の名前は、青藍焔花。
青い炎を操る、世界最強の力を持つ存在。
――最後の生き残りだ。
⸻
この物語は、
私が家族を殺した犯人に復讐する物語。
アインは全滅した。
世間はそう思っている。
だが私は違う。
世界最強の炎を持ちながら――
私は、その中で最弱だった。
青い炎を、うまく扱えなかった。
この青い瞳でさえ、どれだけ訓練しても普通の色にはならなかった。
父はそれを見越して、
地図に載らない場所であっても、私を外に出そうとはしなかった。
きっと――守るために。
瞳の色を変えられるようになったのは、五歳の頃。
ようやく外に出られるようになり、十歳になる頃には炎も多少扱えるようになっていた。
――その時に、家族は殺された。
⸻
あの日、父だけがわずかに息をしていた。
そこで知らされたのは、衝撃の事実だった。
私のフレアスキャン登録は――
アインではなく「赤炎」。
しかも、本名で登録されていた。
青藍焔花として。
本名であっても正体が露見することはない。
だが父は言った。
「普通に生きてほしい」と。
優しい人だった。
きっとこれも、私のためだった。
――最弱の、私のために。
その時、父は身分証カードを私に渡した。
⸻
私は悔しかった。
アインとして認められていないことが。
でも同時に、都合がいいとも思った。
復讐のために。
正体を隠すために。
⸻
それからの十年。
力を扱えるようになるため、私は鍛え続けた。
誰にも知られない場所で。
血が滲むような日々を、ただひたすらに。
⸻
白い炎以外の情報は、何もなかった。
あの時、そこに人影はなかった。
炎だけが、すべてを焼いていた。
手がかりがないのは、私も同じだった。
だが三年前――
私は一冊の本と出会った。
それは、本というより日記のようなものだった。
そこには、“アインが誰かを助けた記録”が残されていた。
その時、思った。
――あの白い炎を見た者が、他にもいるかもしれない。
記録があれば、それは確かな手がかりになる。
そう考えた私は、
日本で最も古い本屋で働きながら、その日記を探すことにした。
そして――
あの「時雨堂」と出会った。




