第三話 アイン
その後、お客さんが二、三人ほど来店し、
最後のお客さんが帰った頃。
「「ありがとうございました」」
店内は再び静かになった。
(もうお昼か……)
私は時計を見た。
「そろそろ休憩しようか。前の、看板変えてきてくれるかな?」
ちょうどその時、文蔵さんが声を掛けた。
「はい」
私は店の外へ出て、看板を休憩中の札に変えた。
いつもなら朝コンビニに寄って昼食を買うか、
自分でおにぎりを作って持ってくる。
だが今日は朝から色々とあり、なにも用意していない。
(お昼、買いに行かないと)
「文蔵さん、お昼買ってきますね」
そう文蔵さんに声を掛けた。
「今日は持ってきてないのかい?じゃあ……」
そう言うと、店の奥へ行き、
しばらくしてカップラーメンを持って戻ってきた。
「これを食べなさい。沢山買ったんだが
賞味期限が近くてね」
「食べ切れそうにないから、たまには麺も良いだろう」
文蔵さんが穏やかに笑う。
「えっ…いいんですか?ありがとうございます」
私は頭を下げ、カップラーメンを受け取った。
(ほんとに優しい人だ)
お湯を沸かしてる間、
ふと思い出すように聞いた。
「そういえば、さっき買取りした本、見せてもらってもいいですか?」
「あぁ、いいよ」
文蔵はコーヒーを机に置き、椅子から立ち上がる。
「これだよ」
数冊の本を使い机に置いた。
「ありがとうございます」
私は一冊ずつ、
表紙、裏表紙、そして中身まで丁寧に確認していく。
…………
…………
(これも違うか…………)
パカッ。
お湯が沸いた音がした。
私は、最後の一冊を静かに閉じた。
「ありがとうございます、戻しておきますね」
そう言って立ち上がり、
カップラーメンにお湯を注ぐ。
しかし、私の表情はどこか難しそうだった。
(ほんとうに……あるの……?)
昼休憩は1時間。
休憩が終わると、
私は再び看板を営業中の札に戻し、午後の仕事に入った。
午後もいつも通りだ。
お客さんの対応をして、
本を整理して、
店内を掃除して、
新しく入った本の値段をパソコンに入力する。
午後七時、閉店。
私は店の前の看板を営業終了の札に変える。
大体文蔵さんがレジで売り上げ確認をする頃になると───
「上がっていいよ、今日もありがとう」
そう声を掛けてくれる。
「了解です」
私は部屋の奥でエプロンを脱ぎ、荷物を持つ。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
カランッ
ドアのベルが鳴る。
こうして、今日も一日が終わる。
私は振り返り、時雨堂を見る。
(今日も収穫なしか)
私は首に掛けてあるネックレスを、ぎゅっと握りしめた。
次の日の朝。
今日は休みなのだが、何故か昨日よりも早く目が覚めた。
しかも、いつもアラームを掛けている時間よりも前に───
(なんで、休みの日に限って……)
スマホで時間を確認し、思わずため息がつきそうになる。
「お腹空いたな」
私はお腹に手を当て、ベッドから起き上がった。そのまま冷蔵庫の方へと向かう。
ガチャ。
「ゲッ」
思わず声が漏れた。
「なんにもないじゃん…」
そういえば、仕事用のおにぎりの具も切らしていたんだった。
「買いに行こないと」
今日は外も晴れている。
朝も早く起きられた事だし、朝ご飯買いがてら、散歩でもしてみよう。
私は軽い服装に着替え、家を出た。
いつものコンビニでも、近くのスーパーでもなく、今日はパン屋で朝ご飯を買い、近くの公園で食べる事にした。
朝の公園はまだ人が少ない。
ベンチに腰掛け、紙袋からパンを取り出す。
少しひんやりとした空気の中で、ゆっくりとかじった。
遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。
「たまには、こういうのもいいな」
気付けば、公園もだんだん人が増えてきていた。
(もうこんな時間か)
時計を見る。
公園を一周してから、スーパーに寄ることにした。
今は三月。
季節は春だ。
この公園は、桜の木が多く植えられており、花見スポットとしても有名だ。
しばらく歩いていると、前から家族連れが歩いてきた。
私は、思わず家族を見つめる。
(仲良さそうだな)
きっと花見をしに来たのだろう。
小さな男の子がレジャーシートを持って、嬉しそうにはしゃいでいる。
その家族の奥に目を向けると、キッチンカーが出ているのが見えた。
気になって行ってみる事にした。
キッチンカーの前に行くと、紅茶と甘いフレンチトーストの香りが、公園に漂っていた。
メニューを見ると、紅茶が単品で売っている。
(紅茶か、パンの後にはちょうどいいな)
「すみません。このアールグレイを一つ下さい」
「かしこまりました。四百五十円になります」
キッチンカーの前にはテーブルと椅子が置かれていたので、そこで飲んでいくことにした。
「美味しい…」
ゆっくりと紅茶を飲みながら、朝の空気を味わう。
テーブルには、他に若い男性二人組とおばぁさん二人組が座っていた。
その時、若い男性二人組の会話が耳に入ってきた。
「そういえば、明後日だったよな?」
「ん?何がだ?」
「お前な。忘れたのか?アインが殺されてから十年だろ?」
「あぁ……そうだったな」
「十年って早いよな、俺たちまだ学生だったんだぜ?今じゃ、三十路のおっさんだよ」
「そうだなっ。でも十年経っても変わらないことが一つある」
「なんだよ?」
「未だに犯人が見つかってないってことだ」
「ニュースを見ても内容は十年前と同じ。犯人像も証拠一つすら見つかっていない」
「あぁ……確かにな。そこだけは変わらないな」
少し沈黙が流れる。
「しかしさ……」
一人の男が呟いた。
「未だに信じられねぇよ」
「何がだ?」
「アインが死んだってことだよ」
「だって……世界最強だったんだぜ?」
「そうだな……」
男は苦笑する。
「世界最強を殺したやつ……一体どんな奴なんだろうな」
―――アイン
十年前。
あの日から、私の日常は崩壊した。
─────────
─────────
遥か昔、人々は炎を操る力を手に入れた。
やがて炎は三つの色に分かれていく。
赤炎
橙炎
緑炎
しかしある日。
赤炎で生まれた一人の男が突如としてそれらとは違う炎を出したのだ。
青い炎を───。
理由は分からない。
その炎は他の炎とは比べものにならないほど強大だった。
町一つを呑み込んでしまいそうなほどの炎。
やがて男は赤炎の女性と結婚し、男の子が生まれた。
その子供もまた、青い炎を宿していた。
さらに驚くべきことに、その子供は青い瞳で生まれたのだ。
そしてまた年月が流れる。
男の子供が橙炎の女性と結婚をし、女の子が生まれた。
その子供もまた、青い炎を持っていた。
瞳はやはり、透き通るような青色。
男は気づいた。
赤炎でも、橙炎でも、緑炎でも。
青い炎の血を引く者と結ばれれば、子供は必ず青い炎を宿す。
そして、その証として青い瞳を持って生まれる。
男は、正義感のある心の優しい男だった。
なのでこの力を、世のため人のために使いたいと思った。
やがて、青い炎を持つ人間は少しずつ増えていった。
彼らは人々を守るため、その炎を振るった。
人々は青い炎の者たちを英雄と呼び、
やがてこう呼ぶようになる。
世界最強の炎と───
世界最強と呼ばれるのは、青い炎が出せるだけでなく、男が持っていた本来の赤炎も扱うことができた。
だから最強だった。
そんな青い炎の者たちを、
アイン───と呼ぶようになった。
しかしその力をよく思わないもの達もいた、
逆炎者。
彼らは一致団結し、アインを一人ずつ殺していった。
当然はまだ、炎衛軍も存在しない。
逆炎者は今よりもはるかに多かった。
最強と呼ばれたアインでさえ、
その数の暴力には敵わなかった。
やがて生き残ったのは───
たった二つの家系だけになった。
アインは恐れた。
この炎を絶やしてはいけない。
生き残らなければいけない
二つの家系は人目を避け、
街の外に出ることもやめ、静かに暮らした。
ただ一つ問題があった。
青い瞳。
しかし彼らは気づく。
アインは、赤炎も扱える。
ならば──
瞳の色も変えられるのではないか。
その予想は当たっていた。
訓練を重ねることで、
青い瞳を普通の色へと戻すことができたのだ。
そして彼らは決意する。
青い炎、瞳を隠し、
赤炎として生きていくことを──。




