タンデムナイト
A美とは行きつけの喫茶店で知り合った。
ある日、帰ろうとした彼女の車のエンジンがかからず、半べそで店に戻ってきた。常連たちであーだこーだと弄ってもダメで、結局俺がバイクで送ることになった。マスターのヘルメットを借り、Dリングにストラップを通して留めてあげると「バイクに乗せてもらうのって初めて」と嬉しそうな笑顔を見せた。
少し遠回りして遠州浜の防波堤沿いを走り、少しだけ波を眺めてから川向こうの家まで送った。それから、彼女の車を店に置かせてもらい、夜にタンデムで走るようになった。
彼女は知人から譲ってもらったという、コンペシールドのついた赤いジェットヘルを車にいつも乗せていた。時間があれば浜名湖を一周したり、御前崎まで足を伸ばしたりもした。「風やエンジンの音やゴツゴツ感じる道路の感触が面白くてクセになる」「バイクを止めてエンジンを切った時に急にやってくる静けさも好き」と彼女は言った。俺は俺で、風が奪っていく体温を補完するかのように背中から伝わる暖かさが心地よくてまんざらでもなかった。
しばらく続いたタンデムナイトだが、年の瀬も近づいた寒い夜を最後に「東京で働きながらファッションの勉強する」という彼女の旅立ちでピリオドを打った。「いつか帰ったら~」と赤いジェットヘルは俺が預かった。「赤いヘルメットまだありますか?」長い空白の後、思いがけずSNSで再会した彼女からの最初のメッセージ。今は単身N.Yで、近く帰国の予定らしい。あの日言った「いつか」は来るのかもしれない。




