第二十三章(最終章) 帳尻は、合った
真琴がこの世界に来てから、数年が経った。
彼は今や、「違算解消師」として広く知られる存在になっていた。
各地を巡り、違算を見つけ、解消していく。
地味な仕事だったが——やりがいに満ちていた。
◇
ある日、真琴は小さな村を訪れていた。
シルヴィアと二人で、各地を旅しているのだ。
村の中央には、小さな商店があった。
真琴たちは、旅の補給のために立ち寄った。
「いらっしゃいませ!」
店番をしていたのは、十歳くらいの少年だった。
「何をお求めですか?」
「水と、パンを。あと、干し肉があれば」
「はい! 少々お待ちください!」
少年は、元気よく商品を集め始めた。
真琴は、その様子を眺めていた。
レジのような装置はないが——少年は、商品を並べながら、頭の中で計算しているようだった。
「えーと、水が五ディナール、パンが三ディナール、干し肉が……」
少年が、首を傾げた。
「あれ? 計算が合わない……」
「どうした?」
「すみません、ちょっと待ってください。えーと……」
少年は、必死に計算している。
しかし、何度やっても答えが合わないようだ。
「貸してみろ」
真琴は、商品を確認した。
水が二本で十ディナール。パンが三個で九ディナール。干し肉が五枚で十五ディナール。
「合計、三十四ディナールだ」
「え? でも、私の計算だと三十六で——」
「パンの値段を間違えてる。三個で九ディナールだろ? 一個三ディナールだから」
「あ——」
少年の目が、見開かれた。
「そうだ! 私、パンを一個四ディナールで計算してました!」
「簡単な間違いだ。誰でもする」
「でも——すごいですね、お客さん。一瞬で気づくなんて」
「まあ——昔、こういう仕事をしてたから」
真琴は、苦笑した。
「レジ打ちって言うんだけど——知らないか」
「レジ打ち?」
「金銭を扱う仕事だ。一円——いや、一ディナールの間違いも許されない」
少年は、目を輝かせた。
「すごい! 私も、そういう仕事ができるようになりたい!」
「なれるさ。練習すればな」
真琴は、代金を支払った。
「いいか、レジ打ちで一番大切なことを教えてやる」
「なんですか?」
少年は、身を乗り出した。
真琴は、微笑んだ。
「最後まで——帳尻を合わせることだ」
「帳尻を——合わせる」
「そう。どんなに面倒でも、どんなに疲れていても——最後まで、帳尻を合わせる。それが——一番大事なことだ」
少年は、真琴の言葉を噛みしめるように頷いた。
「わかりました! 私——覚えておきます!」
「頑張れよ」
◇
店を出ると、シルヴィアが待っていた。
「良い子でしたね」
「ああ。昔の俺を、思い出した」
「真琴さんも——あんな風に、一生懸命だったの?」
「まあ——多分」
真琴は、空を見上げた。
青い空。白い雲。穏やかな風。
「シルヴィア」
「はい?」
「俺は——幸せだ」
「……」
「この世界に来て——いろんなことがあった。辛いことも、苦しいこともあった。でも——今は、幸せだと思う」
「私も——」
シルヴィアは、真琴の手を取った。
「私も——幸せです。真琴さんと一緒にいられて」
「これからも——」
「ええ。これからも——ずっと」
二人は、手を繋いで歩き出した。
次の村へ。次の違算へ。
帳尻を合わせる旅は、まだまだ続く。
しかし——それでいい。
一つずつ、一つずつ。
世界の帳尻を、合わせていく。
それが——帳尻真琴の、新しい人生だった。
空には、穏やかな光が差している。
風が、草原を撫でていく。
どこかで、鳥が歌っている。
世界は——美しかった。
——帳尻は、合った。
【完】




