私のこと大好ですもんね? そんなに怒って図星ですか?
「あ、また囲まれてる」
舞踏会の席で同世代の貴族のうちの一人が、ぽつりと言った。
「本当ね、でも仕方ないことよ」
「そうね。なんせあんなに美しいんだもの」
視線の先には、誰もが振り向く絶世の美女がいる。イーリスも彼女に視線を向けた。
彼女の名前はルイーザ、伯爵令嬢でおっとりしていて穏やかで、婚約をしていない貴族の中でルイーザのことをほんの少しも狙っていない男性などいないだろう。
そう噂されるほど、ルイーザは注目の的である。
うるっとした小動物さながらの大きな瞳、キャラメル色の髪はくるくるとしていてまるでお人形さんのようだ。近づくと甘い匂いがする。
そんな彼女は男性たちに囲まれて、おっとりとほほ笑んでいた。
「そういえば、先日、偶然ブライトナー伯爵家で彼女と会って話をすることができたんだ」
ルイーザに注目が集まったことをきっかけに、隣にいるジーモンが胸を張って話題を提供した。
「あら、そうですのね」
「こういう場ではつい声をかけるのには躊躇してしまうから、自宅で会えるなんて羨ましい、どんな話をしたんですか?」
ジーモンはイーリスの婚約者でありながら、彼女……イーリスの妹であるルイーザと話した内容を自慢するために、前のめりになる。
貴族の友人たちもそれに引っかかってチラリとイーリスを見る人はいるけれどおおむね良好な反応なので雰囲気は悪くならない。
「そうだな。何気なく話しただけだから逐一内容までは覚えていない、ただ、王都にどんな行きつけの喫茶があるとか……」
「まぁ、それは知りたい人がたくさんいそうな話ね」
「プライベートの家族旅行では西の方のとある領地を訪れることが多いとか……」
「今彼女を取り囲んでいる男性たちがきいたら、こぞって同じ時期に旅行に出かけるだろうね、それで、具体的にはどこだったのかな?」
もったいつけてジーモンは自分がきいた情報の概要だけを明かす。
興味を示した友人たちは、笑みを浮かべて更に具体的な話を聞きたがる。
その促すような言葉に、ジーモンはにやりと笑みを深める。
「それはな……ああでも、彼女にはほかの人には秘密だと言われたしな?」
それから誘いをかけるように話せない理由を口にする。
しかし、その言葉はここまで話してから言う言葉ではないし、そう言われたのならば最初からそんなことを話し始めるべきではなかった。
……それに、そんなことを知られては私も困ります。旅行先でもルイーザに会いに来た男性たちに囲まれては楽しめません。
そう考えてイーリスは、好奇心旺盛な噂好きの貴族令嬢が、『少しぐらい大丈夫よ。教えてほしいわ』と言う前に口を開いた。
「その通りですね。まったく、秘密だと言われて話されたことをどうして他人に広めようとするのかしら。それを言う側も聞く側も配慮に欠ける行為だと私は思うんですが」
イーリスが否定的な立場を示すと、注目が集まりそういえばこの場にはイーリスがいたのだということを思いだす。
そしてイーリスが普段から、ルイーザに関することを話さない事、そしてルイーザのプライベートには大体イーリスが張り付いていて、仲を深めたい男性たちの邪魔をしていることを即座に思い起こした。
もちろんただ邪魔をしているわけではない。
ルイーザはイーリスにとっても可愛い妹である。そして昔から悪い虫がつきやすい。だからこそイーリスは姉として彼女を守る義務がある。
本人は割とぽやんとしているし征服欲のある男性から御しやすそうだと思われるのだろう。
そういうわけで普段からこうして彼女に関することにイーリスは厳しい。
それを知っている友人たちも反応はいつもと同じだ。
「そうよね。イーリスが気を悪くするのも当然ね、ごめんなさい。私ったらつい、気になってしまって」
「たしかに配慮に欠ける行為だった、すまない」
「まぁ、気になるなら直接聞いた方がいいだろ。知らない人間が知っていたらルイーザだって驚くだろうし」
友人たちは自分たちの行動を振り返り反省して、イーリスが本気で困り果てる様な事にはならない。
以前からそうだったからこそ友人であるように、今回もそうだった。
しかしジーモンの行動は今日ばかりは違うもので、話の腰を折られたことにも、イーリスがそうしてすぐに目くじらを立てることにイラついて、視線をおくる。
そんな視線をイーリスは見ないふりをしてそんな目をされたところで良くないことは良くないことなのだと示す。
しかし彼はそれから少し逡巡した後、思いついたように言った。
「それにしても、君はやけに俺が彼女のことについて触れるとそうして怒るよな」
「……それは」
彼が一番今のところルイーザに近い女性で、気を付けていても何度か言葉を交わすし今回のように偶然顔を合わせてしまうことがある。
そして、彼はまったく彼女に興味がないというわけではなく話をしたことを自慢しようとしたり……いや、それだけではない。
誰しも、イーリスとルイーザが並んでいたらルイーザの手を取る。
百人の人がいたら百人そうするくらいだ。だから例に漏れず彼だってルイーザのことが好きだ。
彼女と話したことを自慢して、とても楽しそうに話すのだからイーリスだってそのぐらい知っている。だからこそ特別気を使っているのだ。
しかし、まさか婚約者に対してあなたが、ルイーザを好きだから、気を付けているなんて言えるはずもなく、イーリスが少し言い淀むと彼は続けた。
「嫉妬、してるんだろう?」
「は?」
「だから、妹と話をすることで俺が好きになるんじゃないかって心配して、同時に嫉妬しているからそんなに怒るんじゃないのか?」
問いかけられてイーリスは間抜けな声を出した。
それはあまりにも突飛な発言でありまったく違った角度からのアプローチであり、即座に反応することができなかった。
「なんだよ。俺のこと、好きすぎるんじゃないのか? 妹にまで嫉妬するなんて、可愛い所もあるんだなイーリス」
しかし勝ち誇ったように言われて、周りの友人たちもあらあらまあまあ、そんな理由があったのねと驚いているその様子に、イーリスは癇に障って言い返した。
「違いますっ! 嫉妬なんてするはずもないでしょう、そもそも私はルイーザのことを心底可愛く思っているのに!」
「……」
「それをどうしてあなたを好きだからと変換されなくてはいけないのですか、私はただ単に、非常識な方法で妹の気をひこうとする人を遠ざけるために神経を使っているだけにすぎませんっ!」
それはイーリスにとってとても当たり前のことであり、考える間もなく言葉が出てくる。
まくしたてるように怒ってジーモンに言うと、彼はイーリスのその怒りっぷりに少し驚いてから、はにかんで彼はにっこり笑った。
その笑みの意味が分からなくてイーリスは眉間にしわを寄せる。
「図星だ……図星だったから、そんなに怒るんだ! 図星をつかれて頭に来たんだな、そうだろ、なんだよ子供だなイーリスは」
「!」
「カッとなって声を荒げるくらい図星をつかれて動揺しなんだな、ははは、落ち着けって」
その言葉にイーリスは更に彼に対して、そんなわけあるかと怒りたい気持ちをぐっとこらえた。
なんせ図星じゃないと怒って否定しても、きっと怒っているのがその証拠だと言われてしまう。
それでは否定する意味がない。わかってはいるがその見当違いの指摘に腹が立って仕方ない。
図星じゃなくたってあまりに見当違いで不名誉なことを言われたら誰だって怒るだろう。
そんなことなんて当たり前のはずなのに、どうしてそんなことがこの歳になってもわからないのか。
友人たちも更に頬を染めてまぁまぁまぁと喜んでいる。
「そうだったんですの。まぁ、いつもクールなイーリス様がそんなことをギャップですね、素敵!」
「愛情の裏返しで怒っていたなんて可愛らしいな」
「……おい、そのあたりでやめておけって」
一番付き合いの長い友人のアルフレートが喜ぶ彼らをさえぎろうとするが、年頃的に恋愛の話なんて面白くってしょうがない彼らである。
ではあの時の言葉も、あの時のイーリスの気持ちは、と勝手に盛り上がり始めた。
「……っ、……」
「言い訳しないってことはやっぱり図星だったんだな。なんだよ、俺のこと大好きかよ」
そう言ってジーモンはイーリスの手を取ろうとその手を伸ばす。
まったくもって不本意な状況にイーリスは眉間にこれでもかと皺を寄せて眼光を鋭くさせていた。
もうここはいったんでも我慢して後できちんと話をつけるしかない、そう考えたところだった。
しかし後ろからズシリと体重がかかって、ふわりと甘い匂いがする。
くるくるとしたキャラメル色の髪が落ちてきて、後ろからイーリスの元に伸びてきた手は、ジーモンの手をパシリと払った。
「……お姉さまったら、酷い顔。なんのお話?」
ルイーザはソファーの後ろからイーリスを抱きしめるみたいにもたれかかっていて、すぐそばで勝ち誇った顔をしているジーモンに目線を向けた。
ルイーザがやってきたことにより、すぐにその場は静まり返った。
まさか今までの話の流れを説明するわけにもいかないし、それにわざわざ自分がそんなことを言って、ルイーザの心象を悪くしたくない。
そんな思いから、お互いに誰か答えてやれよと視線を交わす。
一方ジーモンも不機嫌なルイーザの声にたじろいで、少し距離を取った。
「あたしには言えない話をしていたの? 嫌だわ、すごく嫉妬しちゃいそう。お姉さまもあたしに秘密にする?」
彼女は甘えた声で聴いてイーリスのことを覗き込んだ。
愛情を試すような甘ったるい声をしていて、イーリスはそんな彼女の頬をぐっと自分から遠ざけた。
「近いです」
「えぇ、ケチ。でも、聞きたいのよ。良いじゃないの」
イーリスがルイーザのことを押し返すと、彼女は強請りながらゆっくりと離れて迂回する。そして、イーリスの一番近くの一人かけに座っていた貴族に視線を向ける。
そして少し遠くの空いている席を見た。
それだけですぐにその貴族は「ここどうぞ。私はあちらに移動するので」と言って、ルイーザはイーリスに一番近い席を確保して満足げに笑ってお礼を言った。
「それともあたしに言えない話? 悪口?」
「いやいやいや!」
「滅相もない!」
それから小首をかしげて問いかける彼女は、自分の悪口という可能性を見出して、少ししょげて常に潤んでいる瞳を更に潤ませて友人たちを見た。
それだけで彼らは、堪らなくなって即座に否定する。
その様子にイーリスは、このままではこの場にいる彼らが可哀想なので少しごまかすつもりで今までの話をしようと考える。
……でも、そうですね、せっかく流れが変わった事ですし……なにより私も腹が立ちましたから。
イーリスは少し頭を回転させて、いい案を思いつく。
それに常々、ジーモンについては思う所があったのだ、子供っぽくて人の気持ちを考えられない婚約者なんて、別にイーリスは嫉妬するほど愛してなんていないし、彼だってイーリスのことを大切にしてはいない。
だからこそ、イーリスは少し笑みを浮かべて余裕たっぷりにルイーザに言った。
「ルイーザ」
「うん?」
「あのね、さっきまで、していたのは、私がジーモンのことを大好きで、あなたとジーモンが話したことに怒るのは嫉妬しているからだって話をしていたんです」
「……へぇ? それはまた随分と……ありえないことね」
ルイーザは途端に機嫌を悪くして、姉に呼びかけられたことによって浮かべていた笑みが消える。
場の空気は凍り付くようになり、その大きな瞳が半分隠されただけで先ほどまであった甘酸っぱいような雰囲気は完全に消え去った。
「あら、そう言ってくれますか」
「もちろん。……だってお姉さまがあたしに嫉妬するなんて、ありえないことだもの。お姉さまはあたしが一番大事なのよ。当たり前じゃないの。どうして婚約者と言えどあたしに嫉妬するぐらいお姉さまが好きになると思うのかしら」
……当たり前……ではないけれど。……まぁ、今のところはその認識で構いません。それによく言ってくれましたルイーザ。
理解できない、わからない、説明するべきだと責めるようにルイーザはジーモンを見つめる。
しかし、イーリスは気にくわないからと言って彼女に、責めさせて溜飲を下げて終わりにするつもりなんかない。
イーリスはルイーザのおまけではないし自分のことは自分でなんでもやってきた。
こんな屈辱ぐらい自分でやり返せなければルイーザの姉なんて務まらない。
「まぁまぁ、そんなに責めないでくださいルイーザ」
「どうして?」
「先ほどは驚いて声を荒らげてしまいましたが、ちゃんと考えればわかったからです。ジーモンの本当の思惑がね」
そう言ってイーリスは、小さく息を吸って余裕たっぷりに友人たちをぐるりと見まわす。
きちんとイーリスの発言に皆疑問を持っているらしく注目を集めることに成功していた。
そして最後にジーモンを見る彼はルイーザに責められてすでに、少々怯えた顔をしていたけれどそんなことは気にせず言った。
「彼はそうやって皆に如何に私に好かれているか知らしめたかったんですよ。私がいつもあなたのことに気を使っているのは、今に始まったことではないのに、それを理由に嫉妬していることにして、自分は好かれていると思い知らせたかった」
「……どうして?」
イーリスの言葉には素直に疑問を返す、愛らしい妹にイーリスはたっぷりと間を置いてから、「それはね」と始める。
「ジーモンが私のことを心の底から愛していて大好きだからですよ、それはもう真実を捻じ曲げて自分は私から愛されていると思いたいぐらい大好きだから」
「なっ」
「あら」
「まぁ!」
「なるほど」
イーリスの言葉にその場はまたすぐに色めき立つ。
本当に物好きな人たちである。
「好きで好きでたまらないから、私がルイーザに嫉妬しているなんてありえもしないことを言ったのね。家族に嫉妬しているなんて不名誉なことを言われたら怒るのは当たり前のことなのに」
「たしかに」
「イーリス様は以前からそうだったわよね」
「それでも皆にそう思って欲しかった。だって、ジーモンは私のことを惚れて焦がれて堪らなく愛しているんですから!」
イーリスは満面の笑みを浮かべて「そうよね?」と問いかけた。
もちろん彼は、途端に顔を真っ赤にして怒り出す。
それもそのはず、それはものすごい見当違いだろう。なんせ彼はルイーザと話をしたことをあんなふうに自慢したりするのだから、そんなことは当然わかっている。
「ちっ違う! ぜんっぜん違う! なわけないだろっ、そんなわけない、全然無い! バッカじゃないのか! 馬鹿だろ! ばか! ふざけんなよ!」
大きな声で彼はまるで子供のようにイーリスを罵る。
その様子はまるで本当に図星を突かれたかのようであり、イーリスは拳を握って必死になって否定する彼に、ゆっくりと言ってやった。
「私の気を引きたくてそんなことをしたのですね。良いのよ、気にしないです。だから図星だからってそんなに怒らないでください」
「っ~、ちがっ違う! ふざけんなって、違うって図星じゃない、君のことなんて全然好きとかそういうんじゃないっ!」
彼はとうとう立ち上がってイーリスにもその場にいる友人たちにも図星なんかじゃないと訴える。
しかしそんなふうには見えない慌てっぷりであり、図星ではない説明なんて一切出てこない。
これでは図星で照れ隠しで必死になって抵抗しているようにしか見えないのだ。
……ね、ジーモン。誰だって図星じゃなくても見当違いの不名誉なことを決めつけられたら怒るでしょう?
そうイーリスは思ったがさらに追い打ちをかけることにした。
「むしろ嫌いだ! 好きじゃないっ、誰がこんな怒ってばっかりの気難しいブスを好きになんて━━━━」
「大嫌い? それって本当ですか」
イーリスは彼に、最後の優しさで問いかけた。
しかしジーモンは目を吊り上げて顔を真っ赤にしたまま「本当だ!」と声を荒らげた。
「酷いわ……」
「図星だとしてもそこまで言うのはどうなんだ?」
「言いすぎよ」
即座に本当だと言ったジーモンに、友人たちは口々に非難した。
ならばと考え、イーリスは彼に言った。
「本当なら、婚約なんて解消しましょう。そんなに嫌いな相手とこれから先一生一緒にいるなんてばかばかしいですから」
「望むところだ!」
「あら、良かったです。成立ですね。この後父や母にも話をしましょう。もう撤回できませんよ、ここにいる全員が証人です」
イーリスはこの場で婚約解消を決めた。
なにはどうあれ、これが些細な喧嘩だったとしても、これが彼の本性であり、言った言葉は戻らない。
「それは……まぁ、突然ですわね」
「でも、どう考えても言いすぎよね」
「まったくだ。いくら慌てていても気分が悪い」
イーリスの言葉に今までのやり取りを見ていた彼らは婚約の解消にも納得している様子だった。
「なっ……お、俺は悪くないだろ……それにイーリスが煽るようなことを言ったから……」
「だとしても、婚約者にブスだなんて言葉を浴びせかけるなんてひどいですわ」
「そうよ。そうよ」
「で、でも俺は別にイーリスのことなんて好きじゃない! それなのにあんなことを言ったイーリスが悪いだろ」
自分の味方は誰一人としていないという状況に彼はやっと気が付いた。
そうしてそれでも納得いかずに文句を言う。
「婚約だって解消するぐらいっ、とにかく本当なんだからな!」
そう言って彼は、身を翻す。それからずんずんと歩き出す。きっと向かう先は両親のところだろう。
婚約の解消を実現して、全員にそのことに自分は前向きで本当にイーリスのことなんてなんとも思っていないと示すために向かった。
その後ろ姿を見て、友人たちは「あんな人だったなんて」と話をする。
そんな彼らをおいてイーリスもジーモンの後ろをついていく、この機会を逃す手はなかったのだった。
そんな騒動があった後、落ち着いたのちに、アルフレートがブライトナー伯爵家に遊びに来た。
彼はイーリスを訪ねてきたのだが、彼が来るという話をすると当然のようにルイーザが同席することになり、三人でイーリスの部屋のバルコニーでお茶会を開いた。
と言っても、ルイーザは退屈そうにぽやんとして空を見上げているだけで、口をはさむことはない。
自分が無理を言ってこの場にいることを理解しているゆえの、彼女の幼い時からの行動だった。
「……」
「……」
そのルイーザをアルフレートは若干うっとおしそうに見つめてからイーリスに話を切り出した。
「……それで、あの時のことは全員一応反省しているんだ。自分たちが煽り立てたせいで二人の婚約解消のきっかけになってしまったからな」
「あまり気にしていないですよ。それにいつかそうなっていたと思いますし」
「それでも、一応、皆で少しずつ出して買った謝罪の品だ。……たしか西の方で作られているバラの香りが石鹸だそうだ」
彼はそうして小さな紙袋をイーリスに直接手渡した。
石鹸はただでさえ平民は手が出せないような品であるがそれを、貴族向けにさらに香りを足して見た目も美しく作られた物だと少し前に流行した品だった。
「……ありがとうございます。謝罪の意というのなら受け取っておきますね」
「そうしてくれ。それにしても、ジーモンが自分の婚約者に対してあんなふうに思っていたとは思わなかったな、イーリスだって気分のいいものじゃなかっただろ」
アルフレートはあの後なんの躊躇もなく婚約解消をして図星じゃないと証明し、ただの酷い婚約者に成り下がったジーモンについてそう口にする。
イーリスはもらった品を侍女に渡しながら彼の言葉に返す。
「ああ、その話ですか。ええと……そうですね、ただなんといいますか、あれから進展があったのですよ」
「どんなふうに?」
「それが……聞いてもらえますか」
「ああ」
「あれは婚約解消をして一週間程度経った日のことでした━━━━
ジーモンは婚約が解消されたというのにイーリスの元へと突然やってきて、二人きりで話がしたいと言い出した。
ちょうど予定のない日ということもあり、イーリスがそれを許すと彼は向かい合ってすぐにイーリスに頭を下げた。
「まずは、本当に悪かった」
「?」
「あの日に言ったこと、酷いことを言ったと思う」
謝る彼に、イーリスは両親に言われてそうしているのかと勘繰った。
爵位継承者であるイーリスと別れたことによって、彼は将来の結婚相手をまた新しく必死になって探す必要がある。
一方イーリスは、爵位継承者ではない男性のうちから選び放題……というと品がないが好きに選ぶこともできるし余裕もある。
そういう状態だったからこそ、今更後悔してやってきたのかと思った。
しかしイーリスのことをちらりと見るその目線は屈辱に揺れているということもなく、縋りつくような目線だった。
「……あの日は……その、だって、君があんなところであんなことを言うから」
「どういうことですか」
「だから、イーリスが俺のことを君が大好きだと言って揶揄ったから、いくら俺が言ったことが癪に障ったからってあんなふうに大勢の前で好きだなんて言われたら頭に血だって上る」
「……」
「カッとなって、婚約解消だなんて話にも乗ったが、わかってくれてるだろ、イーリス。本当は、俺は……」
そこで一度、苦し気に言い淀んでから彼は頬を染めてジーモンは言う。
「好きだ。君がいないと嫌なんだ。苦しい、あんなこと君がしなければ俺たちまだ一緒にやっていけてただろ」
問いかけられて、イーリスはやっとあの日の真相を知ることになった。
「悪かった。謝るから、もう一度やり直そう。俺にはイーリスしかいないんだ」
つまり、イーリスが見当違いの不名誉なこととして彼に図星じゃなくても怒ることとして彼に言った言葉は、見事に彼の図星を貫いていたのだ。
無自覚にそしてど真ん中を打ち抜いていた。
通りであわてふためいて怒るはずである。
イーリスは図星じゃなくても誰でもおこったりすると伝えたかったが、図星をずどんと打ち抜いてしまっていたのでそれは無理な話だった。
しかし、イーリスはそれを図星だとまったく思わなかった、つまり彼はイーリスのことなど好きではないと思う要素がたくさんあった。
イーリスのことを尊重しないし、平気で揶揄うし、ルイーザのことを自慢げに話すし、好きだなんて今まで言われたことだってない。
両親が決めた婚約者、彼はイーリスを不満に思っていると思うことはあっても好きだなんてこれっぽっちも考えなかったのである。
「……」
「君さえ許してくれれば元通りだろ。頼む、結婚してもこのことを引き合いに出したりしないから俺も許すから」
言い募る彼はイーリスのことが本当に大好きで仕方ないのだ。
それを知って、そうだとしても、イーリスはそんな気持ちなどとても真摯に受け止める気にならなかった。
「っははは。ふふふっ」
肩を揺らして笑う。
だって、イーリスのことが好きらしいのだ。
本当に好きなのに、イーリスがルイーザのことをどんなふうに大切にしているかも知らず、大切なルイーザの情報を他人に伝えようとして。
イーリスが好きだからそうしたのだというただ事実を言っただけで、ブスとまで罵った。
そしてイーリスが許してくれさえすればまた元に戻れると思ってやってきた、そのすべてがあまりに幼稚でイーリスはおかしくなってしまったのだ。
「あははっ、はぁ……あのですね、ジーモン」
突然笑い出したイーリスに、戸惑っている彼にイーリスは笑みを深めて言う。
「本当に好きならもっと大人になるべきです。揶揄って、笑ってひとの大切なものを知らずに自分本位で、それでどうして私があなたを選ぶと思うんですか」
「え……」
「あんなことを言われて、理不尽な暴言に私だってあなたのこと嫌いになりましたよ。当たり前じゃないですか、好きなら好意を伝えて優しくしてまっすぐ愛しなさいよ」
「そんな、嘘だろ」
「大切だと言いなさい。そうではなくては伝わりませんよ。照れ隠しでいじめるなんてあなたは幼い男の子ですか、違うでしょう。次はもっと、大人の恋愛をしてくださいね。じゃあ、ジーモン」
いうだけ言ってイーリスはソファーを立った。彼は、好意を否定された衝撃で動くことができない。
しかし反射的に「待ってくれ」と声をかける。
それにイーリス振りかえらずに「さようなら」と告げて応接室を出た。
それから兵士に依頼して彼を屋敷の外に追い出してしまった。
━━━━って事があったんです」
そうしてイーリスはすべてを説明して、アルフレートの反応を見る。あれからジーモンとは会っていないし彼がどうしているのかも知らなかった。
けれどももうどうでもいい、イーリスは謝罪を受けて言いたいことも言ったのだ。もう満足である。
「……あんなこと言っておいて、好きだったって……そりゃないだろ……」
「ええ、そうですよね」
「せめて、婚約解消を持ち出された時に、思い直していたならまだわかるが……全部終わった後にってのもな」
イーリスが想定していた通りの反応を返す彼に、やっぱりそれほどジーモンは幼く、許さなくてもいい行為だったのだと思うことができる。
「そう言ってもらえてよかったです。アルフレート」
「いやいや、誰でもこう言うだろ。さすがに俺らの年でやることじゃない」
「ですね。……やっぱり愛情はせめてまっすぐ伝えてくさる方でないと困ります」
ジーモンのことを教訓に、もし結婚するならせめてまっすぐな人がいいと思う。
「それで、ただ普通に好きだと言ってくれることが一番ですね」
「……」
「もちろん、ルイーザのことも変に広めない人であって欲しいですけれど、なんにせよ、大人の余裕がある変に照れ隠しをしない人が一番です。アルフレートも好意はまっすぐ伝えてくれる人がいいと思うでしょう?」
アルフレートに問いかけると彼は、少し動揺したように視線を逸らす、するとじっとルイーザはアルフレートのことを見つめていた。
「……あ、ああ。その通りだな。俺も……そうするのが一番だと、思う」
「あたしもそう思う。でも情けない人は嫌いよ」
「わ、わかってる。言い訳もなくなったんだし……」
「ねぇ、アルフレート。ここで告白してくれないような人、あたし認めないわ」
するとルイーザは口を開いて、何故かアルフレートは追い詰められたように頬を染めて「わかってる」と口にする。
そのやり取りに、まさか彼も、ルイーザのことが好きなのかと思う。
今までそんな素振りなど見せずに、どこか飄々とした空気のある彼が動揺していることにイーリスは驚いた。
しかし彼なら、どうかと思う。
彼なら騎士をやっているしルイーザのことも守ってくれるだろうし、勝手にルイーザの話を広めようとしているときも乗り気ではなかった。
落ち着いているところもあるし昔からの付き合いだ、もしルイーザがいいなら……。
「俺は、好きだ。あのな、イーリス。ずっと前から君が好きだ。愛情はストレートに伝えてしかるべきだ。わかってる。婚約者がいなくなった今、伝えるべきだ」
「……ふんっ、遅いのよね」
「うるさいな。少し口を出さないでくれ。それかせめてイーリスと二人で話をさせてくれよ」
「いやよ」
むくれるルイーザは、イーリスに甘えるように視線を送る。
「お姉さま、アルフレートがあたしをのけ者にしようとするわ」
「そ、そういうつもりじゃない、ああもうっ、こんなつもりじゃなかったんだが」
「あら、お姉さまへの告白を無かったことにするの? こんなにお姉さまは美しくて完璧なのに好きになっていないというの」
「なんで君が怒るんだよ」
言い合いをつづける彼らにイーリスは考える時間を得ることができる。
ルイーザに翻弄されてそしてそれでもイーリスの反応をちらりと見る彼は不安そうで、でも同時に期待がにじんでいる。
「……下手な告白になってしまってすまない。でも考えてくれると嬉しい」
控えめにいう彼の言葉は直球で、ジーモンとは大違いだ。
彼のねじ曲がった愛情なんかよりもよっぽど嬉しいし同時に、イーリスは、自分を見ている人間も確かにきちんといるのだなと思った。
意外なことではあったけれど、その期待と不安が揺れる瞳にたしかに彼の気持ちを感じる。見つめていると胸が少し苦しくなって、らしくないけれど少し俯いた。
それから少し熱くなった頬を抑えて「ありがとう、嬉しいわ」とまずは言って、気持ちに応えたいと素直に思ったことを伝えたのだった。
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