短い短いラブストーリー~幼馴染みが恋人になる時~
幼馴染みの男女にとって一番難しいもの。
それは恋愛。
お互いを知り尽くしているからこそ、恋愛に発展しない。
いいえ、俺は恋愛に発展した。
俺だけは恋愛に発展してしまったのだ。
これが俺の一番難しい挑戦だった。
「ほらっ、忘れ物」
「私、また忘れたの?」
俺は学校に着いて彼女を見つけてから、彼女の母親に頼まれたお弁当を渡す。
彼女は自分に怒っているようで、プンプンしながら受け取った。
「私、あなたがいなきゃダメだよ」
「弁当くらい忘れてもなんともないだろう?」
「なんともあるわよ。お弁当は大事なんだからね」
「まぁ、俺は大事だけどさ」
「ほらっ、大事でしょう? だからあなたがいなきゃダメなのよ」
彼女は頷きながら言った。
「俺は君の作る弁当がなかったら、学校なんて来てないからね」
「そんなに私のお弁当って美味しいの?」
「うん。俺の好物ばかり入っているからね」
彼女は毎日、俺と自分の分の弁当を作る。
その作った弁当を毎日のように忘れる。
それを俺が彼女に持って行くのが日課だ。
「それは、幼馴染みだからだよ。あなたのことは何でも知ってるんだもん」
彼女は嬉しそうに言う。
でも、何でも知っているわけがない。
この今の会話を楽しんでいる俺の気持ちも、弁当を毎日味わいながら食べているのも、彼女の行動の一つ一つを可愛いと思いながら見ていることも、彼女は知らない。
◇
今日もまた彼女の母親から弁当を預かる。
しかし、今日は一つしかない。
彼女は体調を崩して寝ているようだ。
俺は彼女の部屋へ向かった。
彼女の部屋のドアをノックすると、彼女が弱々しい声で返事をした。
「大丈夫なのか?」
俺は彼女の部屋へ入り、ベッドに横になっている彼女を見る。
熱のせいで頬は赤い。
「大丈夫だよ。 お弁当は持ったでしょう?」
「うん。でも、今日はお弁当はいらないよ」
「どうして?」
彼女は悲しそうな表情になる。
「君が食べなよ。君の弁当は元気が出るからさ」
「ううん。お腹空かないと思うから、あなたが食べて。あなたのために作ったのよ?」
「でも、体調が悪いのに作らなくても良かったのに」
「あなたのために作ったの」
彼女は俺のためだと何度も言う。
自分を犠牲にしてまでも弁当を作る必要はあるのかな?
「俺は、君が無理をしているなら作らなくてもいいと思うよ」
「無理なんてしてないもん」
「でも、体調が悪い時に作らなくてもいいよ」
「毎日いらないの? お弁当が迷惑だったの?」
「違うよ。そういう意味じゃないんだよ」
「分からない。近くにいるのに、近くじゃない。言ってくれなきゃ分かんない」
彼女は俺に背を向けてしまった。
このままではいけない。
彼女が勘違いしてしまう。
「俺は、君が大切で、何よりも大事で、体調が悪いのに、無理をして弁当を作っていると思うと苦しくて、知らなかった自分が情けなくて」
「大切、大事じゃ分かんない」
熱のせいなのか、彼女は我が儘な子どものようだ。
「好きだよ。俺は君が大好きだよ」
「本当?」
彼女はまだ俺に背を向けたまま訊いてくる。
彼女はどんな顔をしているのか、嫌な顔をしているのかもしれない。
それでも俺は真実を伝える。
「俺は君が大好きだよ。大切で大事で君のお弁当をこれから先もずっと食べたいし、君の笑顔をこれから先もずっと見ていたいんだ」
「私もだよ。私のお弁当の意味に気付いてくれたの?」
「えっ、弁当?」
「うん、そうだよ」
彼女はやっと俺の方を見てきた。
「お弁当には、あなたの好きな物しか入っていなかったでしょう?」
「うん。そうだね」
「あなたが大好きだって、伝えてたのに気付いてなかったの?」
「それは、言ってくれないと分からないよ。俺は好物を入れてくれているとしか思わなかったよ」
「幼馴染みだからって何でも知ってるわけじゃないのね」
彼女は照れて笑った。
「学校遅刻しちゃうよ?」
「今日は休むよ。君の看病だからさ」
「ただのズル休みでしょう?」
「違うよ。君と一緒にいたいんだよ」
「今日のあなたは正直だね?」
「言わなきゃ分からないだろう? 小さな頃からずっと一緒にいるのにさ」
「本当だね。幼馴染みだからってその関係に甘えちゃダメだよね」
彼女はクスクスと笑った。
「ほらっ、少し寝なよ」
俺はそう言って彼女のおでこに自分のおでこを当てた。
彼女は目を見開いた後、またクスクスと笑った。
「そこは照れるところだよね?」
「ううん。私は安心するの。夢じゃないよね?」
彼女はそう言って目を閉じた。
彼女の言葉は俺にとって嬉しい言葉だった。
照れられるのも嬉しかったけれど、安心すると言われたのは俺を信じているからだと分かるから。
彼女が起きたら何て言おう。
「おはよう。大切で大事で大好きだよ」
夢じゃないよと伝えたい。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
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