表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ガード下

作者: 岡みつる

挿絵(By みてみん)


ガード下


「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ……」

 靴音が聞こえる。

 かなり早い靴音。靴のかかとがガード下に響き渡る。

 ガード下の飲食店街。

 通路の両側は居酒屋、バー、スナックがまばらに立ち並ぶ。

 しかしここは平日の朝8時過ぎ。店はもう全部閉まっている。

 通路を照らすのはか細い蛍光灯の列だけ。


 私はかなり酔ってこのガード下の通路に横たわっている。

 意識はあるが足がもつれて歩けない。

 私等いないかのように靴音が通り過ぎていく。

 何足も、何足も。

 朝の勤め人の足は速い。


 私は昨晩この通路沿いにある女主人のバーで飲んでいたのだ。

 明方近くになり、店は私と女主人だけになった。

 女主人も飲んでいた。

 二人は店で好きな音楽をかけて音楽の話をしていた。

 暗闇と酔いに音楽。楽園だ。


 女主人は私を外に放り出すかのように追い出した。

 彼女も相当酔っていたので、眠りたかったのだ。

 店に鍵をかけて中で一人で寝ている。

 私はガード下の冷たいコンクリートに頬をつけて横たわっている。

 酔いつぶれて眠るのに場所などどうでもよい。



 昨日は普通に働いていた。

 全くいつものように。

 気楽さと、緊張で満たされた一日。

 そしていつも通り遅い時間迄働き、退社した。

 電車を降りて駅から家とは反対方向の女主人のバーに寄った。

 それも何日かに一回の普通の出来事だ。


 昨日の朝は普通に出社した。

 〔return 0;〕とか書くのが私の仕事だ。プログラマというやつだ。

 私の勤務先のオフィスは全く小奇麗だ。

 天井に整然と並ぶ蛍光灯。

 その下に整然と並ぶ机。

 机はパーティションで区切られている。

 その区切られた空間で私達は部品として黙々と働く。

 見た目にはオフィスの全様は精密な機械のようだ。


 区切られたパーティションの中では、皆視線をめまぐるしく動かして仕事をしている。

 良心と自己保身のせめぎあいが続く、そしてやっつけの結論を記して、疑いの心を踏み越えて先へ先へ進む。

 だがそんなことは全く表には出さない。私達は誠実で清潔な集団なのだ。

 計画、尊重、競争、嫌悪、打倒、隠蔽、取引、検証。

 いろいろな単語で表される行為を毎日全速力で繰り返す。

 この美しき精巧さ。



 この国では酔いつぶれて倒れているぐらいでは強制排除は無い。

 それもこの精巧な仕組みに組み込まれている。

 警官が通りかかったところで、免許証と社員証を見せればそれで何も起こらない。

 頬に感じる冷たいコンクリート。

 日の差し込まない通路の湿気た空気。

 高速で甲高いかかとの足音。

 精巧で規則正しいかかとの音。

 その音が奏でる悲哀。


 精巧で高性能なレース用の車のエンジンは素晴らしい音を奏でるという。

 熱狂的で希望に満ち、それでいて物悲しい音を。

 高速で甲高いかかとの足音。

 精巧で規則正しいかかとの音。

 ガード下に横たわる私。

 車から脱落した磨耗した部品としてコース上に転がっている。

 そしてこの素晴らしいエンジンの排気音を聞く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ