最終章『白の島』-12
振り下ろされた腕が、寸でのところで誰かに受け止められる。
圧倒的な巨躯から放たれた一撃を受ける両腕は、丸太のように太い。僕よりも頭一つ以上大きいその体は、幾度となく困難を打ち砕いてきた。
その人物は気合一閃、腕を横合いに投げ捨てると、広い広い背中をくるりと翻した。
「よう、カナタ――ピンチみてぇじゃねえか」
そう口にする彼――アキレアは、豪快に歯を見せて笑った。これまでの冒険で何度も見た、本能的な安堵を齎してくれる、心強い笑みだ。
「ああ、ちょっと、大変でさ。力、貸してくれないか」
「おう、勿論、構わねえよ。思いっきりやってこい!」
頷き、そのまま走り出す。
無数に向かってくる触腕たちを、アキレアが次々と防いでいく。時には切り払い、時には打ち据え、そして時には、真っ向から吹き飛ばしながら、僕は聖剣に意識を集中する。
――しかし。
「おい、カナタ、危ねえ!」
アキレアの声が飛ぶ。見れば、頭上にいくつも、悍ましい輝きが浮かんでいた。
――黒い炎球。
それが、まるで恒星を取り囲む惑星のように、影の巨人の周囲を漂っている。
遠く離れた地上からでも、頰を焼くほどの熱量が僕の肌をチリチリと焦がす。あんなものが直撃したら、ひとたまりもなく蒸発してしまうだろう。
それでも、僕は足を止めない。
決して、蛮勇ではなく。自棄でもなく。無謀でもなく、ましてや勇気でなどあるわけもない。
ただ、僕は――信じているだけだ。
「――光よ、打ち砕け!」
甲高い声が響く。同時に、黒い熱線が幾筋も空を駆けた。
瞬きよりも速い速度で飛来したそれは、炎球を正面から撃ち抜いていく。途端、頭上で爆発音が聞こえた。
その爆風と衝撃に身を屈めた僕は、ちらりと背後に視線をやる。爆炎の中、それでも紛れることのない、凛々しい立ち姿。
エナン帽と黒いローブ、揺れる白髪は葛藤の証だ。
それでも、彼女は――白髪の魔法使い、モネは己に打ち克ったからこそ、ここに立っている。
「カナタさん、相手の魔法は私が撃ち落とします! あなたは、先へ!」
振り返ることなく、僕は頷いた。彼女なら、彼女らなら、疑うことなく背中を預けることができる。
踏み締める、一歩が遠い。わかっていたことだ。自分に立ち向かうのが、一番大変なのだから。
砂を泳ぐ巨蟲も。
呪いを撒き散らす悪魔も。
神に等しい力を持った龍でさえ。
自分に向き合う恐ろしさには、及ばない。
「うおおおおおおおおおっ!」
僕は渾身の力を両足に込めて跳躍した。そして、今や溢れんばかりの力を蓄えた聖剣を、思い切り振りかぶる。
剣法も、腕力も、何一つとして足りない僕には、全霊を懸けるくらいしかできることがない。まさしく、総身の死力を振り絞った一撃だった。
影が吠える。僕の闇たるこいつもまた、自らの存在を懸けた一撃を放つ。
脳細胞の弾ける感覚。底無しの闇と聖剣の光がぶつかり合い、凄まじい衝撃が、辺りに走る。
剣の柄を握る腕が、ひどく痺れた。戦ったことなどろくにない細腕で、幾本も筋繊維が断裂するような感覚があった。
「ぐっ、う、おおおおおおっ!」
パキン、と硝子の割れるような音がして。
僕の体と聖剣が、弾き飛ばされる。
飛散していく黄金の光。その中で浮遊している自分の体。
スローモーションになる景色の中で、仲間たちの表情が凍りつくのが見えた。
「カナタ!」
「カナタさん!」
悲壮な声を上げる彼らを眺めながら、僕は一人、口角を上げた。
大丈夫。だって僕たちには、もう一人の仲間がいるじゃないか――。
「――よくやったぞ、カナタ!」
宙を舞う、『遺物』のペン。
それが幾重にも線を引き、形を紡ぎ、その姿を描き出す。
ふわりとはためく、黄金の髪。
白磁のような肌は、どこの美術館に飾られた彫刻よりも美しいだろう。体の線が出る鎧は、そのしなやかさを誇示するかのように、真白の背景に滑らかな輪郭を映し出した。
――僕らの主人公、エーデル姫。
彼女は、空中に投げ出された影の巨人の腕を足がかりに、そのまま頭上まで跳び上がる。
嫋やかな五指は確かに――僕の手を離れた聖剣を掴んだ。
それを見たとき、僕は溢れる笑みを隠せなくなった。絵本の中で見た、憧れのヒーロー。かっこいいと目を輝かせた、御伽噺の英雄。
「行け、エーデル……!」
――そして今は僕のかけがえのない仲間だ。
エーデルの手の中で、聖剣が輝きを放つ。それは今までに見たどの光よりも煌々と、正しく太陽そのもののような光量を湛えながら、空間に緩やかな弧を描いていく――。
「喰らえ、彼方の闇よ――安らかに!」
斬撃の軌跡が、世界ごと、闇を切り裂いた。
それは、あまりにも鮮烈で、強烈で、何よりも忘れられぬほどに、焼き付くような光景。
眩い光が、影を打ち砕いていく。聖剣によって両断された影は形を失い、一欠片、また一欠片と、裂かれた世界の隙間に落ちていく。
それを眺めながら落下した僕は、強かに地面に打ち付けられようとして――。




