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最終章『白の島』-8

 そんな僕の怯懦(きょうだ)を見抜くように、祖父は笑った。そして、事も無げに言い放つ。


「何を、どこまでか。そんなもの、何もかもに決まっているだろう。だって、描いたのは私なのだからね」


 そこで、祖父は一歩、僕の方に歩いてきた。そして、肩の辺りに手を乗せる。


 伝わってくるのは、じんわりとした体温だ。葬式の時に触れた手はあんなに冷たかったのに、今の彼にはしっかりと、温度がある。


「……君には、選ぶ権利がある。この世界には何もかもが揃っているからね。私も、仲間たちも、そして、君の居場所も。望むのなら、いつまでも微睡んでいることもできるだろう」


 でもね、と挟んでから。


「君がもし、自分の足で立つのなら、君が失くしたくないものを探しなさい。この世界は満たされているように見えるが、それだけが欠けているはずだ」

「自分の足で、立つ……?」


 それは、どうすればいいのだろうか。


 僕にはわからない。仲間もいない、冒険もない、筋書きもなければ、結末もない。そんな世界を、僕はどうやって生きていけばいいのだろう。


 聞けば聞くほど、ここにいる方がいい気がしていた。僕はこれ以上、傷つかなくても――。



『――カナタ、お前は随分と、真面目なんだなあ』



「……っ!」


 瞬間。

 頭の中に、響く声があった。


 誰かが囁きかけてきているわけではない。それは、僕がこれまでにもらった言葉たちだ。


『いいんですよ、それでも。だって、カナタさんにはまだこれから、いくらでもそれを読み解く時間があるじゃないですか』


『できなくったって、構いやしねえよ。それでも、俺はお前に賭けてみたいんだ』


『……それでも、カナタさんは止まらないのでしょう?』



『なら、何度でも願え。変わりたいと、望む未来に進みたいと、目を閉じて念じるだけでいい。その意志が、潰えることはないのだから』



 仲間たちの言葉が、心を暖める。


 今一度、僕の萎えかけた意志に、立ち上がるだけの力をくれる。


 僕はゆっくりと目を閉じた。


 今までの、弱かった自分。

 今までの、空っぽな自分。

 何より、今までの――逃げてきた、自分。


 それらの全てを受け止めて、僕は願うんだ。ただ、変わりたいと。


「……ふふふ、答えは、見つかったようだね」


 祖父は僕の顔を見つめながら、満足げに笑う。生前には見たこともないような、自然な笑みだった。


「……ごめん、爺ちゃん。僕は、爺ちゃんとは生きられない。やらなきゃいけないことがあるんだ」

「何を謝ることがある。既に死んでしまった身、また孫の顔を見られただけで、私は満足だよ――」


 ――行っておいで。


 それは、この世界全てに別れを告げる瞬間のようですらあった。


 モネが、萌音として。

 アキレアが、明楽先生として。

 エーデルが、咲幸として。


 僕の生きる現実に溶け込んでくれてたのなら、そんなに嬉しいことはないだろう。 


 だけど、それは僕の生きるべき世界の話ではない。目を覚ます刻が、やってきたのだ。


「……最期に、これだけは話しておこうか」


 祖父はそう言って、少しだけ迷うような素振りを見せた。しかし、数秒の間を置いてから、ぽつり、ぽつりと話し始める。


「あの絵本。最後のページが空白だったのは、君が読まなくなったからではないよ。あのページには、君が――」

「――大丈夫だよ、爺ちゃん」


 僕は、その先を制した。


 たとえ、何か意図があったとしても、それを彼から聞いたのでは意味がない。僕自身が気が付かなければならないと、そう思ったからだ。


「行ってくるよ、爺ちゃん。全部にケリ、つけてくる」

「……ああ、行ってらっしゃい。気を付けてな」


 それが、最後のやり取りだった。


 僕は家を飛び出す。地面を強く蹴れば、すぐに景色が加速した。


 何もかもが細切れのようになっていく。 解像度の下がった夕景の街は、過ぎ去ってしまえばまるで書き割りのように味気なく、そして雑にも思えてしまった。


 けれど、それを咎める余裕もなく、僕は駆ける。駆ける。駆ける。


 この世界の綻び。

 唯一欠けているもの。


 それに僕は、既に気付いているはずだったのだ。なのに、見ないふりをした。都合が悪いからと、適当に飲みこもうとしてしまった。


 

 それだけは絶対に――してはいけなかったのに。

「くっ……そ……! 待ってろよ……!」


 僕は切れ切れの息で叫ぶ。空っぽの肺が悲鳴を上げるたび、浅い呼吸で酸素を流し込めば、胸がひどく痛んだ。


 なのに、体は止まらない。

 この五体は、止まってくれない。


 目指すは、あの場所。

 全てが始まった、あの場所だ――。


「――はっ、はっ、ぜえ、ぜえ……」


 もう、二十分近く走っただろうかというところで、僕は足を止めた。


 僕が戻ってきたのは――学校だった。


 既に教室の大半が施錠されており、委員会の活動も終わったのか、校内にいる生徒も疎らだった。


 なら、好都合だ。僕は昇降口で靴箱から上履きを引っ掴むと、投げるように床に落として、そのまま足を突っ込んで、さらに駆ける。


 階段を駆け上がり、駆け上がり、目指すは屋上。僕たちが日々を過ごした、始まりの場所だ――。


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