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一章『赤の島』-1

「カナタ、私はね。いつでも自分の中にキャンバスを持っているんだ」


 思い出の中の祖父は、何かにつけてそんなことを言っていた。今はもう、忘却曲線に霞められてしまった、セピア色の記憶だ。


「キャンバス? それって、なに?」

「強いて言うのなら、自由、だろうな。描く自由、作る自由、歩む自由、浮かべる自由。引き裂くのさえ、自由なんだ」


 その言葉の意味が、当時の僕にはよくわかっていなかった。


 ただ、親戚の中でもいっとう変わった人間である――今であれば、世捨て人、と形容もできたであろう――彼の言葉が、子供心に酷く響いたのを覚えている。


「人は、生まれながらに自由だ。けれど、いつかはそれを手放さなければならなくなる。大人になるということは、そういうことだ」

「……おとなになるのは、かなしいことなの?」


 思えば、なんと残酷な質問をしたものだろうか。

 しかし、僕の純粋な言葉を、祖父は笑って(かわ)した。ある意味では、予測されていたのかもしれない。


 だから、きっとその先の台詞も、ずっとずっと前から考えられていたものなのだろう。


「大人になることは、悲しいことでも辛いことでもない。ただ、自由でなくなることは、少しだけ辛いかもしれんな」


 そう言って、彼は絵筆を執る。

 何もかもを描き出す、魔法のような筆を執る。


「だから、我々は忘れてはいかんのだ。いつでも、人間は自由であるということを。頭蓋骨の中では、どんなものでも、描けるということを――」


 静かに笑う横顔を、僕はもう覚えていない。

 大人になるために、手放してしまったから。

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