表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/82

四章『黒の島』-10

 と、瞬間。僕は足裏から、微かな振動を感じ取った。


 それが地震の初期微動にも似ていたからだろうか、反射的に、後方に身を躱す。


「アキレアっ!」呼びかけも半ば、アイコンタクトが通じたのか、彼もバックステップを踏む。


 その直後、先程まで立っていた地面が、大きく隆起した。まるで巨人の腕のように、あと数瞬避けるのが遅ければ、捕らえられていただろう。


「アハハハ! カナタさん、油断しちゃ駄目ですよ!」


 僕は歯噛みする。完全に、エーデルに気を取られていると思っていたのに。彼女の視野は、僕らの動きもしっかりとカバーしていたようだ。


「く、そがよおっ!」アキレアが、土の腕を蹴り砕く。それと同時に振り上げた剣で、猛然とモネに突進していく。


「姫様、合わせろッ!」


 アキレアの掛け声に、エーデルは降り注ぐ黒い熱線を避けつつ、逆サイドから切り込んでいく。剛剣と聖剣、それぞれが、交差するように、屈折した魔法使いに迫る――。


「――無駄、ですよ」


 しかし、二人の剣はモネに届くことなく、宙空で何かにぶつかったかのように静止した。


「なっ……んだ、こりゃあ」

「見えない……壁だと……!?」


 二人の顔が、驚愕に引き攣る。それと同時に、黒い光が弾けた。


 浴びたこともないような、凄まじい爆風。それとともに弾き飛ばされ、彼女らは地面に強かに打ち付けられる。


 呻き声を上げながら立ち上がろうとする彼らを目にしながら、僕は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


 強すぎる。


 まるで相手にならない。遠距離には地面を操る攻撃、中・近距離では黒い熱線、そして、やっとの思いで接近しても見えない障壁に阻まれる。その上、まだ他の魔法を使うことができる可能性も高い。


 挙句、こちらの決め手となり得る聖剣は、本来の馬力が出せないままだ。


 打開策が、思いつかない――。


「……クソがよ、モネのやつ、どうにか正気に戻さねえことにはやってられねえぞ!」


 アキレアが、悪態と共に緩慢な動きで立ち上がる。剣を半ば支えにしつつ体勢を立て直した彼だったが、明らかにその体は、フラフラと傾いている。


「ああ、だが、どうすればいいのだ……!」


 同じようにエーデルも立ち上がるが、額の辺りからどろりと、血液が流れ落ちる。頭蓋が割れたわけではなさそうだが、額を深く切ってしまったようだ。


 二人とも、決してダメージは少なくない。


 僕は、モネをよく観察する。傷を負っていないのは僕だけ、そして、彼女は僕だけは殺す気が無いとも言っていた。


 ならば、この場で最も彼女の裏をかける可能性があるのは、僕だ。


 そうして観察を続けていれば、ひとつ、気が付くことがあった。


「……あれだ」僕は、モネのすぐ隣を指差す。

「あれ、ってお前、あれは『遺物』だろうがよ」

「ああ、恐らくモネの力の源はあれで間違いない」

「……言わんとしていることがわかったぞ」エーデルが再び剣を構える。「本人ではなく、あちらを狙えということだな」


 そんな彼女の言葉に、アキレアは動揺したように眉を寄せた。


「でもよう、姫様。『遺物』を壊しちまったら、俺たちの国はどうなるってんだよ」



 彼女らの目的は、『遺物』によって滅亡した国を蘇らせることだ。


 もし、それを破壊してしまったとなれば、仮にモネを正気に戻せたとしても、彼女らの旅は目的を失う。

 それでも、と、エーデルは揺るがずに言う。


「……私は、失ったものばかりを数えてきた」


 再び、聖剣が光を帯びる。


 いつもよりも弱々しく、決して目が眩むほどの光量はない。けれど、それは確かに、彼女の思いが潰えていない証拠だった。


「だが、今、私の目の前にあるものは、まだ失われなどいないだろう。なら、がむしゃらにでも手を伸ばすべきだ……違うか?」


 ――エーデルは、諦めてなどいない。

 手の届くところにいる仲間のことを、諦めたりなどしない。


「……わかったよ、その無茶、付き合ってやる」


 僕はそこで、ようやく剣を抜く覚悟ができた。鞘を滑る金属の感覚は、何度繰り返しても慣れないものだ。


「あいつは、僕だけは殺さないって言ってた。なら、僕が盾になれば、少しくらい接近する隙が生まれるだろ」

「いいのか? タダじゃ済まないかもしれないんだぞ」

「もう、無傷で帰ろうなんて思っちゃいないさ。やれることをやらせてくれ。後悔だけはもう、したくないからさ」


 そこで、アキレアが大きく溜息を吐いた。剣を握っているのとは反対の手で、僕の額を小突く。


「へっ、ガキが、一端の口を利くようになったじゃねえの」


 彼は言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに口角を緩ませた。そして、それは次の瞬間、視線を鋭くするのと同時に引き結ばれる。


「なら、俺も『心臓』を使う。あの障壁は俺がぶち破ってやるからよ、姫様は、ありったけの力で剣を振るってくれ」

「よし、なら、決まりだな」


 僕らは、モネを見据える。彼女はどこか余裕そうな表情と共に、僕らが持ち直すのを待っているようだった。


 慢心か、それとも、万全の僕らを折るための手段なのか。判然としないものの、今はその答えが出なくてもいい。


「……お喋りは、終わりましたか?」

「ああ、お陰様でな。それじゃ、行かせてもらうぞ……!」


 そう残して、僕は駆け出す。


 全身の筋肉がみしりと音を発て、一気に上がった心拍が、指の先まで血液を送っていく。


 髪が揺れて、頬に風を感じる。体が加速していく。不思議と恐怖は無かった。この世界に来てから、僕は自分の恐怖を別の感情で塗り潰すことに慣れたようだった。


 それを勇気と呼べるかは――今もわからないままだが。


「モネえええええええっ!」


 背後で、力強く地面を蹴る音が聞こえた。アキレアとエーデルが、僕の後に隠れるようにして動き始めたのだろう。


「……そん、な」


 モネの顔が、驚愕に歪む。彼女は、信じられないとでも言いたげに、その薄い唇を開いて――。


「――こんなに、予想通りに動くなんて」


 彼女が、そう口にしたのを。


 僕は嫌にはっきりと、唇の形まで、見ることができた。


 最初に感じたのは、痛みより熱さだった。何か、高い熱を帯びたものが、焼けるほどに熱いものが、僕の。


 僕の右肩に、突き刺さっている。


 自分が黒い熱線に撃ち抜かれたのだと気が付いたのは――その一瞬後の話だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ