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四章『黒の島』-5

「なんというか、これは……変わった町だな」


 隣に立つエーデルが、圧倒されたように呟くのが聞こえる。


 目の前に広がる景色は、致命的な違和感を孕んでいつつも、僕の見慣れたものだった。


 アスファルトで舗装された地面、コンクリート造りの建物に、等間隔に並ぶ電柱。


 信号機は灯が消えているあたり、電気は通っていないのだろう。廃墟というほどに荒れ果てているわけではないが、全く人気が無いせいか、不気味さは消えない。


「こ、この建築様式は、見たことがないですね……あちこちに立つ柱も、何のためにあるのか……」

「というかよ、こんなに継ぎ目のない石畳なんて、見たことないぜ。まるで、一枚の岩から切り出したみてえだ」


 モネとアキレアも、それぞれ物珍しそうな視線を辺りに向けていた。


 彼女らの格好と、完全に風景がミスマッチしている。平時に見れば、コスプレか何かと勘違いしてしまいそうなほどに奇妙だ。


「カナタ、先程、ここがお前の祖父の住んでいた町だと言っていたな」

「ああ、そうだよ。昔はよく、遊びに来ていたんだ。今じゃ、すっかり足が遠くなっちまったけど……」


 僕は何気なく、町に視線を這わせる。


 駅を出てすぐにある辻。祖父とともに買い物に行くときに、よく通っていた。


 道沿いにあるおもちゃ屋。流行りの玩具を買ってもらえずに喚いたこともあった。


 そして、坂道のそばにある駄菓子屋では、よく姉にお菓子を取られていた。全てがひどく懐かしい思い出だ。


 ……だと、しても。


「それがこんなところにあるのは、おかしいだろ、なんで、あっちの世界の建物が……」

「……わからんな。とはいえ、一つだけ言えることがある」


 エーデルはそこで、勿体つけるように数秒を置いてから、口を開く。


「私たちは、恐らく何らかの道から外れてしまったのだろう。となれば、カナタ、お前の未来視とやらももう、機能すまい」


 道から外れた。

 それはつまり、絵本の本筋から弾き出されてしまったということだ。


 何が起こるかわからない。「こうすればいい」なんて指針は、もうどこにもなくなってしまったのだ。


「……とはいえ、進まねえわけにはいかねえだろ。モネ、何か魔力は感じねえのか」

「え、ええ。今調べていたんですけど、まったく……それこそ、生き物の息遣いすら、聞こえません」

「異常事態、だな。油断はせずに行こう」


 僕はそう口にしつつも、久し振りに目にした現実世界の風景に、心を揺らされていた。


 戻ってきた、わけではないというのに。

 戻りたい、わけでもないというのに。


 重なるはずのない二つの景色が重なっているせいか、脳が十全に機能していないような気がした。


 もし、この世界の全てが僕の夢だとしたら。

 この場所には、どんな意味があるのだろうか――。


「――よし、カナタ。もしよければ、道案内をしてくれないか」エーデルの言葉で、僕の思索は打ち切られた。「知っている町であるのなら、どこに何があるのかくらいはわかるだろう」


 そうして、彼女は歩き出す。その足取りには警戒の気配こそあれど、恐れは微塵も感じない。


 実際に、何も恐れてなどいないのだろう。だからこそ、臆せずに行ける。


 ……それが羨ましくもあり、どこか、鬱陶しくもあった。「こうあるべき」の理想を見せつけられているようで、少しだけ、息苦しい。


 逃避するようにして、僕は足を動かした。余計なことを考えるのは、後でも――。


 ――と、そんな風に逃げようとしたところで、僕はもう一人、立ち止まっている者がいることに気がつく。


 それはモネだった。彼女は、ぼんやりとした視線を横合いの建物に向け、立ち尽くしている。


 彼女が見つめている建物は、服屋のようだった。珍しくもない、どこにでもある、チェーン店だ。


 視線は、店頭に飾られていたマネキン――恐らくは、それが纏っている衣装に吸い寄せられていた。


「……モネ?」声をかければ、彼女は弾かれたように跳ね上がる。

「は、はい! ごめんなさい、少し、見入ってました……!」

「ほう、こりゃあなんだ、この世界の服ってのはこんな感じなのか?」


 アキレアが訝しげに、店のウインドウに顔を映した。人気が無いこの町でも、窓は顔が映る程度には磨かれている。


「おい、二人とも。何があるかわからないんだ、油断を――」


 と、エーデルは二人を店の前から引き剥がそうとして、ピタリと足を止めた。


 恐らく、気が付いたのだろう。感嘆と共に店を見上げているアキレアではなく、その隣に立つ、モネの複雑な表情に。


 彼女の瞳に称えられているのは、見たことのない色だ。羨望でもなく、奇異のものでもなく。


 ……哀愁? とも、違う。


「……モネ」エーデルが呼びかける。「この辺りに、魔力の気配は感じないと言っていたな」

「え、ええ。魔力どころか生き物もいない……と思いますけど」

「ふむ、そうか、なら」


 彼女はそこで、服屋のドアノブに手をかけた。そして、勢いよく扉を開く。


 意外な行動に、僕は思わず息を呑んだ。


「お、おい……エーデル、何してるんだよ!?」

「何をしているも何も、調査だ。今までと変わらん。お前のいた世界の衣服がどんなものか、ほんの少し気になったのだ」


 そこで、エーデルの右手が、モネの肩を抱く。そして、半ば強引に、彼女を店の中に連れて行った。


「え、えええ!? ひ、姫様っ!」


 顔を赤くし、手をバタつかせるモネを、お構いなしで引っ張っていく。


「ふむ、お前も店を見ていただろう。遠慮するな、たまには年頃らしく、服を見繕うのも悪くない」

「そ、そんな……ぁ」


 頼りなく伸ばした手が掴むものは無く。

 彼女は、服屋の中に引き摺られていった。


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