四章『黒の島』-4
接岸してみれば、僕らを待ち受けていたのは、黒色の地面と生い茂る黒い木々だった。
絵本の挿絵に違うことなく、目に入るもの全てが黒々とした景色に、思わず言葉を失いそうになる。
辺りには霧が立ち込め、どこか不気味な雰囲気だ。
そんな島の砂浜に、僕らは上陸することになった。
「やっぱ、人っ子一人いねえな」錨を下ろしながら、アキレアが口にする
辺りを見渡す。彼の言う通り、人の気配は全く感じない。目に入るのは海、土、森――。
「ああ、どうやら、前の島で食料を買い込んできたのは正解だったようだ」
エーデルも、下船の準備をしている。この島には町は愚か、宿もない。荷物は最小限にしているところを見る辺り、まずは島内を見て回るつもりなのだろう。
大した荷物はないが、僕も船を降りる準備をしよう――そう考えて、振り返ったところで。
「……」黙したままこちらを見つめている、モネと目が合った。
彼女の瞳には、見たことがないような暗い輝きが宿っているように見えた。どこを見るとも判ぜぬ眼の縁は、一瞬だけそのまま固まっていたが、すぐにその視線を解いた。
「お、モネ。そろそろお前も下船の準備を――」
声をかけようとしたが、彼女は黙したまま船室の方に歩いていってしまった。
……嫌われて、しまったのだろうか?
「……すまないな、カナタ。気にしないでやってくれ」
エーデルは、僕の隣に並びながら言う。
「お前の言った、『外の世界から来た』という話。あいつは受け入れるのに、少し時間がかかるようだ」
それは、当然のように思えた。
この世界を生きる人々からすれば、相当に突飛な話だ。全員が全員、エーデルのように飲み込めるとは考えづらい。
「……そうか。それは、悪いことをしたな」
僕は彼女の去っていった扉から、目が離せなかった。
モネとは、仲良くなれたつもりだ。
『黄の島』で二人で行動したり。
『青の島』で調べ物をしたり。
少しくらいは打ち解けられたと思っていた分、彼女に要らぬ心労をかけてしまった事実に、心が重くなる。
「……言わないほうが、よかったのかな」
思わずぽつり、呟いた。誰かを傷つけるつもりなんてなかった。むしろ、自分が傷つきに行くつもりで、打ち明けたというのに。
けれど、僕の言葉はすぐに、アキレアの大声で否定される。
「がっはっは、何言ってんだお前。仲間に秘密を打ち明けられて、隠しごとのない間柄になれて、嫌なやつなんていやしねえよ」
「私も、それには同意だ。よく話してくれたな、カナタ」
だが――と、エーデルの表情が少し、鋭さを帯びる。
「私たちは、仲間だ。これからはくれぐれも、自分のことを大切にしてくれ。傷つくのならば言わなくてもいいし、お前に無理をしてほしいとも思っていない」
それに、何より。
お前が傷つくことで、悲しむ人がいるのだと。
エーデルの言葉は、酷く胸に染み入った。ただ頷くことしかできなかったが、それはもしかすると、僕がずっと欲しかった言葉なのかもしれない。
空っぽの僕が。
何も無い僕が、そのままでもここにいていいのだと。この仲間たちは、そう言ってくれるのだ。
ならば、僕にできることは、この旅の終わりまで。彼女らと共に歩むことなのだろう。
と、僕がそこまで思考したところで、エーデルが両手を打ち合わせた。
「……さて、と。そろそろ島に降りないか。明るいうちに、島内の状況を把握しておきたい」
今回ばかりは聞き込みというわけにはいかないからな、と言い添えて。
「おう、それには俺も賛成だ。危険な獣や魔物がいねえとも限らねえからな、とっとと降りて……」
アキレアの言葉は、そこで途切れた。
「どうした、アキレア、何か――」
彼の方に視線を向けて、僕も同じように言葉を失う。
見えたのは、島の正面、真っ黒な森の切れ間の辺りだ。遠くから見ているときには気が付かなかった、それは――。
「……人工物、だと?」エーデルが僕たちの驚愕を言語化する。「馬鹿な、この島は完全に無人島のはずだ!」
彼女の言葉に、僕は絵本の描写を思い出す。
***
ひめさまたちは つぎにくろのしまをおとずれました
きも つちも なにもかもがまっくろなこのしまには だれもすんでいません
ただ ぶきみになくとりたちが ひめさまたちをむかえるのでした
このしまのしんでんには のぞみをうつすかがみがありました
えーでるひめは しんでんにむかい いぶつをてにしたじぶんをのぞみました
かがみはくもりをうつすものでした
くもりは のぞみをくだくため のぞんだものをころそうとするのです
しかし じゅんすいなひめさまには くもりなどありませんでした
かがみのまえにたつ かのじょのまえに さいごのいぶつがあらわれました
これで すべてのしまのいぶつがあつまり ひめさまはさいごのしまにむかいます
それが なにもかもがまっしろな おしまいのしまだとはしらずに――
***
「……なんで」僕は、思わず口にしていた。
「カナタ、どうかしたのか?」
エーデルが尋ねてくる。それに相槌を打つ余裕もないままで。
「この島は、無人島で合ってる。でも、問題はそんなところじゃないんだ」
僕の声は震える。
だって、仕方がないじゃないか。僕に見えたのは、この世界にあるはずが無いものたちだったんだから。
喉がカラカラに渇く。頭の芯が、じいんと痺れるような痛みと、皮膚がピリつくような緊張が、あらゆる感覚を遠くしていく。
そして、生唾をひとつ飲み込んでから、それを口にするのだった。
「あれは、僕の爺ちゃんが住んでいた町だ――」




