閑話2-『ある魔法使いの屈折』
「……僕は、この世界の外側から来たんだよ」
それを聞いた時、私は自分の心臓が跳ねるのを感じていた。
カナタが?
世界の外側から?
「……そりゃ、どういうことなんだよ」
私の疑問を、アキレアが代弁してくれた。カナタは少しだけ迷ったように俯いてから、戸惑いつつも口を開く。
「そうだな……なんて言ったらいいんだろう。エーデル、前に話したハナブサのこと、覚えてるか?」
ハナブサ? と首を傾げる私とは正反対に、姫様はしっかりと頷いていた。
「ああ、知っている。確か、お前の友人の少女……とか言っていたか」
友人。
少女。
その響きが、何故だか、私の頭の芯を麻痺させていく。
「そう。そうだな。僕は、そのハナブサを助けようとして、この世界にやってきたんだ」
「それは、ハナブサがこの世界に来てしまったのを知って、追ってきたということか?」
カナタは、そこで首を振った。
心なしか、彼の顔色が青褪めているような気がした。話したくないのなら、話すのが辛いような内容なら、わざわざ話さなくていい。
むしろ、話さないでほしい。
そう、思えてしまうような。
「ハナブサは、飛び降りをしたんだ」
彼はそれでも、言葉を止めない。
自分を切り刻みながらも、黙ることができない。
「ガッコウ……高い建物から、身を投げたんだ。僕はそれを止めようとして、一緒に――」
「……なら、なんでお前は今ここで、ピンピンしてるんだよ」
アキレアが口を挟む。
私も、それを聞きたかった。聞きたいことが沢山あった。なのに、一つも言葉の形になってくれない。
言語未満の音の塊が、いくつも喉の奥で潰れていた。
「それは……わからない。でも、気が付いたらここにいたんだ。いつの間にか、皆の船の船室に」
「ふむ」姫様は、腕を組んで考え込むようにしながら。「死に近付いたのが理由かもしれんな。信じがたい話だが、命を落とすかの瀬戸際に立たされた時、たまたまお前の存在が、こちら側の世界に滑り込んできてしまった」
「って、言ったってよ、そんなことあり得るのかよ?」
「少なくとも、今は『無い』と断言することができない。現に、ここに一人、別の世界から来たという人間がいるのだからな」
姫様は事も無げに言う。
いつでも、この人はそうだ。国が滅ぶと聞かされた時も、取り乱すこともなく、ただただ最良の道を探し続けていた。
私は、この人のようにはなれない。
カナタがこの世の存在ではないことも。命を投げ出せるほどの間柄の女性がいることも。何一つとして、受け入れられていない。
なのに、どうして。
「カナタ、恐らくはお前の未来視というのも、その辺りに関係しているのだろう。お前にとって、私たちは――」
「……そうだな、物語の登場人物、みたいな感じだ。だから、僕には予め、起こることがわかっていた」
「へっ、その言い訳が未来視、ってか。上手いこと考えたじゃねえか」
どうして、皆はそんなに簡単に受け入れられるのだろう。
カナタがこの世のものでないなんて。
そんなこと、あってほしくないのに。
「なるほどな、まあ、概ね話はわかった。その上でひとつ、聞かせてくれ」
姫様はそこで、カナタに向かって一歩、距離を詰めた。もはや何も挟む余地がないほどに縮まった二人の距離に、言いたいことすらも出てこなくて。
「カナタ。お前は、旅が終わったら元の世界に――戻るのか?」
どくん。
再び、心臓が大きく脈打つ。
血液が速度を増して、思わず目眩がしそうなほどだ。
元の世界に、戻る?
それはつまり、彼はこの世から――。
「……ぶっちゃけさ、元の世界ではあんまり良いこと、なかったんだ。自分は何になれるのかって、ずっと悩んでてさ」
カナタはそう、寂しそうに吐き捨てた。私はその雰囲気に、思わず安堵してしまう。
良いことがないのなら。
戻りたくないのなら。
彼はずっと、こちらの世界に――。
「――でも、帰らなきゃいけないんだろうな。姉ちゃんも心配するし、何より……」
もう、その先の言葉は、まともに聞き取れさえしなかった。
旅が終われば、カナタはいなくなってしまう。
そんなのは、嫌だ。
そんなのは、認められない。
だって、私は、あなたのことが――。
――魔法使いの声は、届かない。
本当に届いてほしいところに、届かない――。




