三章『青の島』-19
「――そういえば、『遺物』はどうしたんだ?」
すっかり忘れていたが、この島には『遺物』を探しに来ているのだ。
龍との決着がどうなったのか、僕はよく覚えていない。祠に巣食っていた大蛇を倒して、気が付けば、ベッドの上にいたのだから。
僕の問いかけに、答えたのはアキレアだった。
「おう、それなら、もうそろそろ来るはずだぜ」
「もう、そろそろ……?」
意味がわからず、思わず首を傾げてしまう。しかし、その答え合わせは、思ったよりも早くすることができた。
不意に、地面に影が差す。何事かと見上げれば、頭上に見えたのは、天を覆い隠すほどの巨体だった。
龍。
それが、桟橋に向かう僕たちの道を阻むようにして、天から舞い降りた。
「……っ! こい、つ」
僕は身構える。倒せたわけではなかったのか。
けれど、空は晴れているし、アキレアも無事だ。これは、一体……?
「こいつなら、もう大丈夫だ」アキレアがゆっくりと、龍に近付いていく。「正気に戻ったんだよ、戦ってる最中に、突然な」
そう言いながら、アキレアは龍の鼻先をポンポンと叩いた。龍はそれを厭うこともなく、ただ大人しく、そこに座している。
「これは、私の予想だが、あの祠にいた黒い蛇が元凶だったのだろう」
「元凶って、こいつが暴れてたのは、あの蛇のせいだって言うのかよ」
彼女は一度、頷いて。
「だろうな、それをお前が聖剣で浄化したから、こいつも正気に戻れた。案外、感謝されているかもしれないぞ」
そんな馬鹿な、と否定しようとした瞬間。龍が僕に顔を寄せてきた。
そして、目を細めるようにして、すり寄ってくる。
「わ……おい、やめろ、やめろって……!」
旗から見れば微笑ましい光景なのかもしれないが、ゴツゴツとした鱗を纏ったこのサイズの生物に頬擦りされるのは、正直、少しだけ怖い。
そんな僕を見ながら、三人は愉快そうに笑っていた。くそ、他人事だからって……。
ひとしきり頬を寄せた龍は、一度僕から距離を取った。そして、天に向かって咆哮を上げる。
すると、エーデルが持っていた荷物が、俄に輝き始めた。
「な、なんだよ、これ」
「わからん、が、『遺物』が反応している……?」
彼女はそう口にして、荷物袋に手を差し入れると、『黄の島』で入手した空のインク瓶を取り出した。
それの表面が、まるで蛍光灯のような柔らかい光を放っている。
インク瓶は、エーデルの手を離れ、吸い寄せられるようにして龍の目元に近付いていった。
それに呼応するように、龍が目を瞑る。すると、その目頭からポタリ。瓶を目掛けて、一滴の涙が落ちた。
それは透き通った瓶の中で、七色に発光すると、再びエーデルの下に戻ってくる。聖剣の光にもよく似た、暖かい輝きだった。
「これが、この島の『遺物』か……!」
なみなみと満たされた、虹色のインク。積層しているかのように折り重なり、明滅するかのように刻一刻と表情を変えていく。
龍は、インクがエーデルの手に収まったのを見届けると、そのまま空に舞い上がった。
辺りには風が吹き荒れ、前髪がサラサラと揺れる。まるでそれは、この先の旅を祝福しているかのように。
「……行っちゃいましたね」
彼方に飛び去った龍の軌跡を眺めながら、モネがぽつりと呟いた。
きっと、あの龍はこれからも、この島と共に在るのだろう。水は枯れず、川は絶えず。人々は降雨の前と変わらぬ生活に戻るのだ。
「なら、私たちも行くとするか」
皆が、静かに頷いた。旅は続くのだ。これからも、誰一人欠けることなく。
そこで、アキレアが勢いよく僕の背を叩いた。そして、顔を覗き込みながら声をかけてくる。
「がはは、そうだなぁ。カナタ、次の島はどんなところなんだ? 未来、見えてたりしねのか」
「はあ、まあ、そりゃあ……」
と、僕は次の島の展開を思い出そうとして――。
――ふと、言葉に詰まってしまった。
「……カナタ?」エーデルが不思議そうに、僕の方に目を向ける。「どうかしたのか、急に……」
別に、どうしたわけでもない。
ただ、少しだけ考えてしまったのだ。
彼女らに、僕はいつまで嘘を吐き続ければいいのだろうかと――。
未来が見える。
ランタン諸島の外の国から来た。
ぼかすように話してはいるものの、結局、一つとして本当のことは話せていない。
この、青の島で。
アキレアは、僕に託してくれた。
モネは、僕に任せてくれた。
そして、エーデルは僕と戦ってくれた。
仲間。きっともう、そう呼んでも差し支えないのだろう。
ならば、僕はいつまで、自分のことを彼らに隠せばいいのだろうか。
「……なあ、ひとつ、いいか?」
堪えきれず、僕はそう、口にしていた。皆の眉に皺が寄る。けれど、誰一人として僕の言葉を阻む者はいなかった。
だから、その先を続けてしまう。
「実は、さ。みんなにずっと、黙っていたことがあったんだ」
言った。
言ってしまった。
もう、後戻りはできない。皆が僕の言葉の続きを待っていた。その先に何があるのかと、興味を向けてしまっていた。
しまっていた、から。
「……僕は、この世界の外側から来たんだ」
ついにそれを、打ち明けることにしたのだ。




