三章『青の島』-18
次に目を覚ました時に、僕は宿屋のベッドの中にいた。
「あ、気が付きましたか」枕元で本を捲っていたモネが、声をかけてくる。「おはようございます、お体の具合はいかがでしょうか?」
ゆっくりと体を起こせば、あちこちがひどく痛んだ。聖剣の熱は錯覚だったとしても、そもそもあの大蛇に全身を痛めつけられていたのだ。
それでも、寝ていなければいけないほどではない。僕は息を整えてから、モネに問いかける。
「あ、ああ、なんとかな……あの後、どうなったんだ?」
見れば、彼女の体にもあちこちに包帯が巻いてある。きっと、僕たちを逃がした後に傷を負ったのだろう。
それに、エーデル。彼女も重傷だったはずだし、なにより、アキレアは――。
「ええ、順番に説明しますよ」
彼女は椅子から立ち上がると、水差しを取りに行きながら、口を開く。
「あの後、二人を送り出してから、十分と少し経った頃でしょうか。突然、雨雲が晴れたんです。そして、傷だらけの姫様が、意識を失くしたカナタさんを連れて洞窟から出てきました」
僕は手のひらに目を落とす。
そう、僕は聖剣を振るった。
その代償は決して安くなく、あまりの痛苦に僕は意識を失ってしまったのだろう。
「エーデルは、どうなったんだ?」僕は尋ねる。
「ええ、姫様は大丈夫。傷こそ浅くはありませんでしたが、今はもう、元気に起き上がって――」
と、そこまで話したところで、勢いよく扉が開いた。
「がはははは! 今帰ったぜ、いやあ、この島の魚は新鮮でよ……」
「だからといって買いすぎだ、まったく……」
そう口にしながら部屋に入ってきたエーデルとアキレアは、僕が目覚めているのを見つけると、ドタドタとベッドに駆け寄ってきた。
「おい、カナタ! お前、目が覚めたのかよ!」
「そうだ、心配してたんだぞ。聖剣を振るうなんて無茶するから……」
ごめんごめん、と返しながら、僕は二人の様子を観察した。
エーデルもモネと同じようにあちこちに包帯を巻いていたが、動きを見る限りではそこまで重篤な怪我ではなかったようだ。
それに、何より。
僕はアキレアに視線を向けながら、ニヤリと口元を歪めた。
「……どうだよ、賭けには勝てたのか?」
アキレアは、そこに立っている。
今までと変わらぬ様子で、旅の一員として、ここにいる。
僕の言葉に、彼は拳を突き出しながら、歯を見せて豪快に笑う。
「おう、おかげさまでな。ヒョロヒョロのモヤシが、やるじゃねえか」
「こっちも、おっさんに無理させなくて済んで何よりだ」
こんな軽口も、叩けないかもしれない可能性があったのだ。そう考えれば、何だか感慨深い。
と、そこで彼らが沢山の荷物を持っていることに気が付く。食料、数日分の着替えや飲み水、生活必需品――。
買い出しに行ってきたということは、出港が近いのだろうか。
「……あー、それでだな、カナタ。目覚めてすぐで悪いのだが、すぐに出港の準備をしなければならないんだ」
僕がそう考えたのが顔に出ていたのか、エーデルが珍しく歯切れ悪く口にする。
「着地として、何もかもが丸く収まったのは良かったんだが、やはり勝手に龍と戦ったのはまずかったようでな。お前の目が覚めたら、すぐに島を出ろと言われてしまったんだ」
「なんだよ、そりゃ。僕たちは降り続く雨を止めた、英雄サマじゃないのかよ」
そう言って、窓から外に目をやる。広がっているのは雲一つ無い青空。からりとした太陽が、僕たちを見下ろしている。
しかし、そこでエーデルは首を振った。
「英雄などと自惚れるのはよくない。結果として雨は止められたが、龍と戦っていた際の余波で家を流されてしまった者もいる。彼らの怒りも、もっともだ」
正直、承服しかねる内容ではあった。
窓の外を見るに、『青の島』は元の、水と共存する美しい町並みを取り戻そうとしつつある。増水を止めた川は嘘のように落ち着き、恐ろしかった濁流は、まるでガラス細工のように澄んでいる。
僕の読んだ『青の島』の物語よりも、よっぽど良い終わりを用意できたというのに、という気持ちが無いわけではない。
それでも。
「……まあ、エーデルがいいって言うなら、いいんじゃないのか?」
自分でも不貞腐れているとわかるような声色で口にして、僕はベッドから立ち上がる。同時にあちこちが痛んだが、これも名誉の負傷だと思うことにしよう。
身支度を整え、宿を後にする。元より、荷物などほとんど無いため、そこまで時間を要しなかった。
宿屋の玄関には、クチナシが立っていた。何を言うでもなく、じっとこちらを見つめる視線に、単なる憎しみや嫌悪感だけではなく、罪悪感に近いものも感じられたのは気のせいだろうか。
青空の下に繰り出せば、すぐに強い陽光が肌を焼いた。ランタン諸島は今日も快晴。良い旅立ちになりそうだった。
「よし、皆、忘れ物は無いな。この島には戻れんだろう、取りに来ることはできないからな」
それは厳しい口調だったものの、エーデルなりの冗談だったのだろう。僕らはそれぞれが顔を見合わせて、笑いながら頷いた。
――と、そこで、あることに気が付く。




