三章『青の島』-16
洞窟の最奥部は、開けた空間になっていた。円形に近いような広間の奥には、ぼうっとした灯りがひとつ、浮かんでいる。
よく目を凝らしてみれば、それは突き当たりに建てられた、小さな祠から放たれているものだった。
「……あれか、クチナシが言っていたのは」
僕は呟きつつ、広間の中を伺う。相変わらず一寸先も見えないが、少なくとも魔物がいるようには見えない。
「カナタ、そろそろ聞かせてくれるか。あの祠に、何があるというんだ?」
先行するエーデルが首を傾げる。聖剣の輝きを頼りにここまで来たが、少しばかり目も慣れてきた。足元の凹凸程度は見分けることができるようになったからか、その立ち姿は先程よりも堂々としたものに見える。
「ああ、まだ、話してなかったな。つまり――」
何もかもが、仮説でしかない。けれど、考えられるのもこれしかない。
僕がそんな、灰色の説明を始めようとした――その時だった。
不意に、肩を何かに掴まれた。
いや、掴まれたのではない。何か大きなものに噛みつかれたのだと認識するや否や、僕の体はふわりと浮き上がった。
「う、おおおおおおっ!?」
両足が地面を離れた僕は、自分の身体を制御することができない。そのまま、強い力で投げ出された僕は、地面を転がり、岩壁に激突した。
「――カナタっ!」エーデルが僕を呼ぶ声が聞こえる。
幸いにして、意識は保てていた。僅かに額を切ったのか、目元に血が垂れてきたものの、衝撃にぐらつく視界の他には、異常はなさそうだった。
「あ、ああ、なんとか、大丈夫――」
そう、返事をしようとしたところで。
僕は『それ』を目にしてしまう。
洞窟の外で見たのと同じ、『それ』を既知の動物に当てはめるのなら蛇になるのだろう。真っ黒の体も、同種であることに説得力を持たせている。
だが、その体躯が、あまりにも大きい。龍やサンドワームに比べれば大したことはないが、それでも三、四メートルはありそうだ。
極めつけに異常だったのが、その体が淡く光る祠の中から伸びてきていることだろうか。まるで実体のない。それでも三次元的な手触りを持った、異様な存在。
影の蛇――とでも言うべきものが、僕を睨みつけていた。
「くっ、こ、の……!」
僕は必死に腰の剣に手を伸ばす。しかし、背に受けた衝撃のせいだろうか、手足の動きが鈍い。牙を剥いた蛇の追撃に、間に合いそうにない――。
「伏せろっ!」そんな僕と敵の間に、素早く踏み込んできたエーデルが割り込む。
牙を剣で弾き、そのまま追撃の刺突を浴びせる。
しかし、蛇はそれを、体をぐにゃりと歪ませて躱した。そのまま、頭部が、背後にいる僕めがけて飛んでくる。
「させ、るかっ!」
エーデルは体を巡らせ、再び剣を閃かせる。纏った光の軌跡が、蛇の首を滑らかに通過し、そのまま頭を切り落とす。
音を立てて地面に落ちた蛇の頭を見ながら、彼女は剣を下ろした。
「カナタ、怪我はないか」慣れてきた目が、薄ぼんやりと彼女の顔を映し出す。
「ああ、なんとかな。それにしてもこいつは……」
僕は視線で、蛇の体を追いかける。その尾は祠の中から伸びてきており、今は力無く、だらりと地面に伸び切っている。
「私にもわからん、が、祠から出てきている以上、何か祠に関係があるか……あるいは、何か悪さをしているかのどちらかだろうな」
どうあれ、元を断ってしまえば同じことだ、と。
エーデルは聖剣を片手に、祠に近付いていく。ゴツゴツとした岩の地面は、一歩誤ればバランスを崩してしまいそうなほどに不安定だ。
「よし、大丈夫だ。カナタも、私の後を――」
そこで、鈍い音が響き渡った。
苦悶に歪むエーデルの声。手放された聖剣が僅かに場景を照らし、彼女が吹き飛ばされたことだけが、理解できた。
「……なっ、おい……!」
僕は剣を抜き放ち、思わず彼女の下に駆け寄ろうとする。
しかし、それは黒い巨躯に阻まれた。先程、頭を落としたはずの蛇が、再びその体を持ち上げ、僕の前に立ちはだかっている。
「……こいつ、まさか、再生したっていうのか……!?」
エーデルによって切り裂かれた首元は奇妙に泡立ち、既に塞がっているようだった。当然、そこからは血の一滴も流れていない。
大蛇は驚く僕を嘲笑うように、鋭く牙を剥いた。そして、僕の頭を噛み砕かんと飛来する。
僕はそれを、屈むようにして回避した。が、大蛇はすぐに方向を変更し、凄まじい速度で僕の胴目掛けて突進してきた。
突進に対して、剣を差し出して受け止める――当然ながら耐えられるはずもなく、剣は弾かれ、自転車に轢かれた時のような衝撃に、思わず僕は倒れ込んでしまう。
どうして、この暗闇で相手は僕らを的確に狙うことができるのか。少し思考して、思い当たる話があった。
確か、蛇は目が見えなくとも、他の感覚器で獲物を捉えることができるんだったか。
ならば、この闇は相手に利する――或いは、だからこそ、こいつはここを住処に選んだのか。
分析が終わったところで、全身に力を込めて立ち上がる。挫傷と打撲のせいか、普段通りに力が入らない。体の芯で力んでいなければ、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
エーデルも、未だに立ち上がれていない。彼女の手から離れた聖剣は輝きを失っていないものの、かなり離れた位置にまで転がってしまっている。
窮地。
正しく、僕は窮していた。




