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三章『青の島』-14

 山を降りれば、景色は一変していた。


 暴れ狂う川から溢れた水が、住居の足元までを浸している。


 川沿いに建っていたであろう施設や住居は、そのほとんどが水に舐め取られ、基礎のみを残して姿を消していた。そんな中、人々は高台や灯台の上に登り、不安そうに地面に目を落としている。


 幾筋も走る濁流が、動物も物も、何もかもを飲み込んでいる。人が流されている気配こそなさそうだったが、それでも十分に惨事と言える状態だった。


「なんだ、これは……!」

 エーデルが驚愕の声を上げる。


「恐らく、アキレアと龍が戦っている影響だ。龍が暴れれば暴れるほど、この島の水も襲いかかってくる」


 そう、龍と川がリンクしているからこそ、攻撃をしても無駄だったのだ。川の水を切りつけたって、傷なんてつくはずがない。


 それに、倒してしまえば川が枯れるのも当然だろう。


「な、ならどうするんですか。川そのものをどうにかするなんて、そんなの――」

「ああ、できる。その方法が、あるはずなんだ」


 僕は近くの川沿い――既に溢れた水によって境界は朧だったが――に目を這わせる。


 この近くのどこかに、『それ』はあるはずだ。


 しかし、手がかりがない。そんな中川に近付くのは、流石に無謀だろうかと、眉間にシワを寄せた所で。


「――あなた方、そこで何を!」


 不意に、遠くから声が聞こえてくる。


 見れば、視界の先の高台に、見慣れた姿が立っていた。雨に濡れ、髪は貼り付くようにして潰れていたが、その和装と立ち姿は、宿屋のクチナシであると一目でわかった。


 僕たちは、彼の下に駆け寄ることにした。


「クチナシ、無事だったんだな」

「ええ、なんとか。それよりも、この状況は……」


 言うか言わざるか、ほんの少しだけ迷った。


 しかし、この期に及んで、何かを隠していても仕方がない。素直に言って、怒りを買ったならそこまでだ。


「……龍を鎮めるのに、失敗したんだ。今はうちの戦士が抑えてるけど、いつまで保つかわからない」


 そう話せば、彼は信じられないとでもいう様子で目を見開いた。


「なんてことを……多くの家が流されました、家畜を流された家もあります。あなた方は、とんでもないことをしてくれた……!」


 クチナシは、怒りに肩を震わせていた。彼の激情ももっともだ。僕たちの浅慮がこの事態を招いたのだから、返す言葉もない。


 けれど、今はそれを悔いている場合ではない。すぐにでも動かなければ、被害は増すばかりだ。


「……クチナシ、前に、話してくれたよな。神官が龍の世話をしに行っている、って」

「……それがどうしたというんです」

「教えてくれ、神主はどこに向かっていたんだ? もしかすると、そこに――」


 そこまで話したところで、僕の視界に火花が散った。


 衝撃、遅れて、ヒリつくような痛み。頬を張られたのだと気が付いたのは、そこから数秒後のことだった。


「……これ以上、うちの島を滅茶苦茶にするのですか。あなたたち、旅人が……!」

「違う、そうじゃない。僕はこの事態を解決しようと――」

「しようとして、これですか!」襟首を、強く掴まれる。「見てください、人々は皆、怯えています! これからの暮らしすらも、もう先行きが見えないんですよ!」


 まくし立ててくる彼に、僕は何も返すことができなかった。


 それはそうだ。悪いのは僕たち、彼らの暮らしを引っ掻き回したのは、紛れもなく僕たちだ。


 そんな彼らに、これ以上協力を願うことはできないだろう――。


「……失礼、私の仲間を離してもらえないか?」


 そこで、僕とクチナシの間にエーデルが割って入った。口調こそ穏やかだったが、手は聖剣の柄に掛かっている。


「我々にも目的があったのは事実だ。しかし、一方で降り続く雨を止めようと考えていたのも嘘ではない」

「……それが、どうしてこうなるんですか」

「わからない」エーデルはただ、首を振る。「だけど、責任は取らせてほしい。私たちがこの事件を収める。そのために、知っていることがあれば教えてもらえないだろうか?」


 クチナシは、そこで黙り込んだ。僕とエーデルを交互に見つめながら、まるで値踏みでもするような暗い眼差しで、荒く息を繰り返している。


 都合の良い話なのは、百も承知だ。


 その上で、手を打たないなんてことは考えられない。だから、力を貸してくれと――。


「……ここよりも、少し下流に向かった辺り。洞窟の中に、小さな祠があります」


 クチナシは、ともすれば川の流れに掻き消されてしまいそうなほどの小さな声で呟く。


「神主様は、毎年そちらに使っていたようです。そこに龍神様の何があるのかまでは、私も知りませんが」


 と、そこまで話したところで、僕の襟を掴む手が緩む。


 許してくれた――というわけではないのだろう。ただ、贖罪の機会はくれるようだ。


「わかった、下流の祠だな。行くぞ、カナタ」


 そう残して、エーデルは歩き出す。

 その場に立ち尽くすクチナシに、それ以上言葉をかけることができない。


 僕の胸中にあったのは、黄金を失くしてしまった


『黄の島』の景色だ。あれも、これも、僕たちが引き起こしたことなのだから。


「……ああ、クチナシも、ありがとうな」


 僕も、それだけを口にした。


 せめて、この島には、一つも悲劇を残さぬと。そう、決意しながら。


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