三章『青の島』-11
「い、よっしゃあああああ!」
まず切り込んだのは、アキレアだった。彼の剛腕によって振るわれた一太刀が、三日月型の軌跡を描いて、龍の鱗に激突する。
彼の大振りの一撃は、そのまま派手に跳ね返された。辺りには金属同士がぶつかった時のような、高い音が鳴り響く。
「うおっ、硬ってぇ……!」
「鱗は硬いか……なら!」
そのまま仰け反るアキレアを追い抜くようにして、エーデルが鋭い突きを放つ。鱗の隙間を縫うような、神速の一撃。
しかし、それもまた、肉まで貫通することはない。まるで鉄板でも突いたかのように、剣先は体にめり込んですらいなかった。
「刺突も駄目なのか……!」
エーデルが驚愕の声を上げると同時に、龍が大きく尻尾を薙いだ。無慈悲な一撃に吹き飛ばされ、接近していたアキレアとエーデルは地面を転がる。
「二人とも、大丈夫か!」僕は思わず叫ぶ。
返事はない、が、視界の先で二人が立ち上がるのが見えた。それを無事である証左だとして、ひとまず安堵する。
「カナタさん、退いてください。今度は、私が――!」
続いて、モネが杖を構える。それと同時に、周囲に水で形成された槍が幾本も出現した。
彼女が杖を一振りすれば、それらの槍は高速で龍に向かって飛んでゆく。一本一本が岩山を抉るほどの威力を持った、必殺の一撃――。
――の、はずが、それらは皆、龍の鱗に衝突すると、まるで粘土細工のように潰れ、形を失ってしまった。
「……っ、そんな」モネも驚いた様子で、龍を見上げる。
龍は、僕たちの攻撃など意にも介さぬ様子で、こちら睨みつけていた。その頭部は、先程現れた時から微動だにしていない。
「敵とすら、思われていないということか」
エーデルが剣を構え直しながら、苦々しげにそう口にした。
「おうよ、俺たちの攻撃なんてのは、虫に突かれるのと変わらんのかもしれんぜ」
軽い調子で言うアキレアも、その表情は険しい。渾身の一撃が通じなかったのだから、無理もないだろうが。
とはいえ、わかっていたことではあるが、こちらの攻撃はほとんどダメージを与えられていない。
「カナタ、策はあると言っていたな」
視線を向けてくるエーデルに、僕は一度だけ頷いた。そして、その場の全員に聞こえるように声を張る。
「皆、ここから作戦行動に入るぞ! アキレアは前線で時間を稼いでくれ! エーデルは聖剣の力を溜めて、モネは『例の魔法』の準備だ!」
僕の声に、全員が頷く。
勢いよく駆け出したアキレアを、龍は尻尾の一振りで迎え撃とうとした。
それを、彼は十字に交差させた剣で受け止め――ようとして、紙のように薙ぎ払われる。
「う、おおおっ……!」
サンドワームの突進すらも受け止めた彼が、堪えきれずに体勢を崩す。
その隙に、龍はアキレアを追撃しようとするが――そこに、エーデルの剣撃が割って入った。
「させ、るかあっ!」
激しい音を起て、聖剣と龍の尾とがぶつかり合う。衝撃で辺りに土煙が舞い上がる中、エーデルの剣から放たれた光が炸裂し、その隙に、二人は飛び退いた。
「すまねえ、姫様。俺一人で隙を作るつもりだったんだが……」
「よせ、言われなくてもわかっている。こいつは、尋常じゃない相手だぞ……!」
二人が言葉を交わす間もなく、龍はその頭を、後方に引き絞った。かと思えば、まるで流星のような勢いで、先程まで二人がいた位置を、その頭部が直撃する。
辛うじて躱した二人は、視線だけで合図を送る。エーデルの洗練された剣と、アキレアの豪剣が龍の眉間辺りを打ち据えるものの、それでも、傷一つついた様子はない。
やはり、有効打にはならないか。あの二人の連撃でも駄目だというのなら、正攻法では無理だろう。
しかし、こちらにも秘策がある。
「どうだ、モネ……そろそろ、行けるか?」
僕はモネに合図を送る。何か、集中したように杖先に視線を向けていた彼女だったが、静かに頷き、杖を構え直した。
「はい、カナタさん……上手くいくかは、わかりませんが……!」
頼むぜ、とそれだけを残し、僕も彼女を追い抜くように駆ける。
『例の魔法』は射程が短い。僕も少しくらいは龍の気を引かなければならないだろう。道すがら拾ってきた石を、龍の目に向けて投擲する。
それは爬虫類めいた瞬膜のようなものに弾かれたものの、確かに、その瞳が僕を捉えるのが見えた。
「そう、そうだ、こっちに来やがれ、デカブツが――!」
伝わるわけがないとは思いつつ、僕は声の限り叫びながら走る。当然だが、僕にはアキレアやエーデルのような頑健さはない。
足を止めれば、待っているのは確実な死だ。その恐怖が、僅かに体を強張らせる。
「……い、っ!」
そんな僕の頭上に影が差す。振り上げられた尾に押し潰されぬよう、僕はあらん限りの力で前に飛んだ。
しかし、龍は振り下ろした尾を、そのまま地面に沿って薙いできた。倒れ込んだ僕には、それを避けることができない――。
「全く、いつもいつも無茶しやがって!」
金属音。迫る尾を、アキレアが受け止める。地面に跡を残しながらも、勢いを殺すことに成功する。
龍の目は、完全に僕らに向いている。
間違いなく、最大の好機だった。
「いけっ、今だ、モネ――!」
喉が裂けるほどの大声で叫ぶ。こんなに声を張ったのはいつ振りだろうか。微かに、口の中に血の味がしたような気がした。
そんな僕の絶叫に、モネが応える。
彼女の手に握られた杖。その先には、半透明の刃のような物が生まれていた――。




