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三章『青の島』-8

 この世界の魔法には、複雑な構造式は存在していない。


 根っこの仕組みは『念じること』ただそれだけであり、強いて言うのなら、元いた世界よりも万物に声が届きやすい世界――ということになるのだろうか。


 魔力とは、つまりその声が届く範囲を表す言葉であり、これは訓練によって少しずつ拡げることができるという。


 そして、声が届いた物体を操ることができる。火ならば火勢を増したり、水ならば形を変えたり。故に、学問というよりもスポーツに近い、より感覚的、体質的なものであると考えられるだろう。


 ならば、彼女は一体――どれほどの研鑽を積んだのだろうか。


「……水よ!」

 鋭く、モネが叫ぶ声が響く。


 それと同時、降り注ぐ雨粒が意思を持ったように彼女の杖先に集まった。人の頭より少し大きいくらいの球体になったそれは、まるで研ぎ澄まされるように、尖った円錐状に形を変える。


 クチナシに話を聞いた僕たちは、ひとまず資料集めを彼に任せ、別のアプローチを探すことにした。


 龍を倒すことができるだけの攻撃――それを実現できる可能性が高いのは、モネの魔法か、エーデルの聖剣。そう睨んだ僕たちは、町を出て少し離れたところにある、人気のない岩山を訪れていた。


 ひとまず、試し打ちをして威力を測ってみよう。そんな、軽い気持ちで。


「……ふ、っ!」


 杖を一振りすると、それは凄まじい速度で飛んでゆき、雨に濡れた岩山を深く抉った。そうして、しばらく飛行した後に、元の水に戻っていく。


 そこまでを見届けてから、モネがゆっくりと振り返った。


「……ど、どうでしょう、か?」

「いや、すごい威力だ。魔法ってのは、こんなにとんでもない力が出せるんだな」


 それは、心の底から出た、忌憚(きたん)のない意見だった。水を固め、岩を穿つほどの速度で射出するなど、現代の科学でも簡単ではないだろう。


 並の相手ならば、これで十分なのかもしれない。そう思えるほどに、モネの水の槍は素晴らしい技だった。


 しかし。


「……だけど、これでも龍には、届かないと思う」


 僕はこれもまた、正直な意見を述べることにした。ここで彼女に、変な気を遣っても仕方がない。


 絵本の中で、モネの魔法は龍には通用していなかった。もしかすると、これと同じ技を使い、通じなかった可能性もある。


「とはいえ、困りましたね。今の私が使える中だと、これよりも強い魔法は使えそうにないです」

「そうだな……例えば、今砕いた岩の破片なんかは使えるのか?」

「使えます、けど」モネは首を振る。「ただ動かす程度しかできません。形が強く固まってしまっているものは、魔法の力で介入するのが難しいんです」


 なるほど、つまり、固形物は魔法で操るのが難しいということだろう。


 確かに、この島なら水には困らない。それに、現在進行系でとんでもない量が降り注いでいるのだ。これを使わない手はない。


 だが、モネの顔はどこか浮かなかった。


「それに……この島、何かおかしいです」

「……おかしい?」

「ええ、モノに言葉が伝わりづらいというか……ただの水でも、魔法の材料にするのが難しいような気がするんです」


 首を傾げる。一体、どういうことだろう。


「か、考えられるとすると、やはり、この雨を龍が降らせているからでしょうか……龍の力が、水に溶けているのかもしれません」

「水に、か。それなら、他のものはどうなんだ?」

「駄目です、どれもこれも、水が染みてしまっているせいか、ただの空気すら、上手く力が伝わりません。操れて、ほんの僅かな石ころや砂粒程度です」


 彼女が言うことが間違いなければ、少なくとも、魔法によって龍を倒す計画は頓挫することになるだろう。


 そうなれば、やはり、エーデルに頼るしかないのだが――。


「――エーデルの剣じゃ、龍の鱗を破ることはできない」


 絵本の中でも、聖剣での一撃は通じていなかった。


 サンドワームの時のように、少なくとも、あの鱗をどうにかする方法は考えなければならないのだ。


「鱗の無い部位を狙ってみるのはいかがでしょうか、目とか、口とか」

「悪くはないかもな、だけど、失敗したらそのまま食われちまうかもしれない」


 それでも、最終手段として、そうするしかないかもしれない。


 物語の主人公である彼女が死ぬのは、最悪のケースだ。最悪、この後の展開が全て崩壊しかねない。


 なら、やはりモネの魔法で龍に傷をつける方法を探すしかないか……。


「使えるものは、水……砂粒や石くらいなら、どうにか操れる……」


 思考する。例えば、槍の形ではなく、他の形状なら攻撃力が上がらないだろうか。いや、それで劇的に変わるようには思えない。


 なら、水や砂を含んだ土砂ならどうだろう。流石に威力は上がるだろうが、それだけでどうにかなるのか……?


「……よし、試してみよう。モネ、土や石を巻き込んだ土砂で魔法を使ってみてくれないか?」


 こくりと頷いたモネが、何事かを呟く。地面から持ち上がった泥水が、槍のような形に固まり、そのまま飛翔する――。


 ――が、泥水の槍は空中でささくれるようにバラけてゆき、岩山にぶつかると同時に、茶色の染みとなって消えてしまった。


「……だ、駄目みたいです。ただでさえ届きづらい私の声が、さらに拡散してしまって、威力が保てません」

「駄目か……例えば、もっと至近距離ならいけるか?」


 やってみます、とモネは岩山に近付き、先程と同じように土砂を持ち上げた。


 そして、槍の形にして岩山を抉る。今度こそ泥水の槍は、見事な半月型の破壊痕を残したものの――。


「……これじゃ、水の槍と変わらないか」


 一番最初に見せてもらった水の魔法と、大して破壊規模が変わっていない。


 これでは、モネが接近しなければならない分、彼女の危険度が増すばかりだ。


「そ、そうですね……やっぱり、最初の魔法が一番いいんじゃないでしょうか……?」

「……それしかないのか?」


 口にしながら、僕は頭の中に浮かんだ、ぼんやりとした考えをまとめようとしていた。


 もしかして、物語を曲げるのならば。


 自惚れではないが、この世界の人間が思いつかない、異物たる僕にしかできない発想が必要なのではないだろうか。


 だとすれば、現実世界での記憶に、その答えがあるような気がする。元の世界にあるもの、この世界にあるもの、今できること、今使えるもの――。


「――なあ、モネ」僕は問いかける。「もしかして――なんて、できたりしないか?」


 僕の言葉に、モネが驚いたように目を剥いた。それもそうだろう、『これ』は、この世界にはない技術なのだから。


「……やったことは、ないです」


 不安げに目を伏せる彼女は、杖を強く握った。そして、僕の方をしっかりと見据える。


「で、でも、やってみます。カナタさんが言うのなら、できるんですよね?」


 僕は、少し迷ってから。それを顔に出さないようにして。


「ああ、僕には、その未来が見えたからな」 

 そう、告げたのだった。

 

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