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三章『青の島』-5

 『鬼の心臓』。


 絵本にも無かった話のため、僕にも詳しいことはわからない。


 けれど、アキレアはこのように語っていた。


「こいつを解放すれば、俺は一時的にとんでもねえ力が手に入る。まだうちの国が戦争をしていた時に、望んで手にした力さ」


 戦争。

 望んで手にした力。


 その言葉から、彼のこれまでの人生が、具体的な質量を持って襲い来るような錯覚をしてしまう。


 そこまでを話した彼の顔は、ひどく暗く見えた。まるで、命の終わりについて話そうとしているかのように、底冷えのする表情で、さらに続ける。


「……でもよ、こいつを使うと、俺の体は少しずつ崩れていく。力に耐えることが、できなくてな。だから、文字通りの奥の手ってこった」


 なるほど。

 それが龍と渡り合うことができたカラクリだったのかと、僕はようやく合点がいった。


 そこまで聞けば、エーデルもすべてを察したようだった。僕とアキレアの顔を交互に覗いた後で、一つ、息を吐く。


「……そうか、使うのだな。未来で、その力を」


「……ああ、それで、その。もう旅は続けられなくなってしまうんだ」


 旅が続けられなくなる、という発言に、その場にいた全員が表情を変えるのが見えた。


 この諸島に来てから出会った僕よりも、彼らが共に過ごしてきた時間は長く、そして濃いのだろう。


 なら、皆の動揺もわからないわけではない。


「――だとすれば、やることは一つしかない」


 エーデルが、勢いよく立ち上がる。彼女の瞳には、既に動揺の色は無くなっている。


「アキレアの『鬼の心臓』に匹敵する戦力を用意し、それを相手にぶつける。簡単な話だ」

「……それ、簡単か……?」僕は思わず聞き返す。

「簡単でなくとも」力強く、拳を握りながら。「やらなければならない、此処から先の旅でも、こいつの力は必要だ」


 そこは、疑うべくもない。

 アキレアを残して先に進むことができるのなら、旅はかなり楽になるだろう。


 しかし、現実問題として、あるのだろうか?

 命を懸けた力よりも、さらに大きな力。そんなものが、この島に――?


「あ、あの、ひとつよろしいですか?」


 そこで、おずおずとモネが手を挙げた。

 彼女は僕らの反応を伺いながら、ゆっくりと口を開く。


「この島には沢山の水があります。水を使った魔法なら、かなり大きな力が出せるんじゃないかなと」

「水を使った魔法……か」


 僕は少しだけ考える。

 恐らく、モネであれば絵本の展開通りでも同じことを考えたことだろう。


 ならば、それも通用しなかった可能性が高い。着眼点は悪くないが、もう一捻りが必要だ。


 アキレアも、それを渋い顔をして聞いていた。腕を組みながら、額を押さえている。


「でもよ、この島に雨を降らせてんのは、あの龍って話なんだろ? そこから来てる水なんて、使って大丈夫なのかよ?」

「大丈夫……かどうかは、やってみないことには。でも、この島で他に使えそうな力が無くて……」

「例えば、あれは使えないのか?」僕は記憶の中を探る。「ほら、廃坑で使っていた……黒い光線みたいなやつ」


 呪いの主の触手に防がれていたものの、かなりの威力があったように思える。


 廃坑の中も、特に利用できそうな自然環境がないまま使えていた技だったこともあり、この島でも使えないかと思ったのだが……。


「……無理ですね、あの場所は、魔物の魔力に満ちていたので、それを収束させることで放つことができましたが、ここだと……」


 モネは落胆したように、そう呟いた。


 やはり、そう簡単に答えは出ないか。明らかに、煮詰まった空気が辺りには満ち満ちていた。


 このまま話していても、答えは出そうにない。


 どうやら、エーデルも僕と同じ結論に至ったようだ。そして、二度、手を打ち鳴らす。


「よし、現状ではどうにもならなさそうだ。ひとまず今は、この島についての情報を集めよう」

「情報収集、か……」


 僕は少し考える。そういえば、この島について絵本からわかったことは、龍が雨を降らせており、それによって住民たちが困っているということくらいだ。


 『黄の島』でそうだったように、描かれなかったディティールを突き詰めることが、もしかすると答えに至る近道になるかもしれない。


「そうと来たら、動き出すのは早いほうがいいな。どうする、二人一組で分かれるか?」


 尋ねると同時に、アキレアが背中を引っ叩く。後方から唐突に襲ってきた衝撃に、耐えきれず、僕は思わずつんのめった。


「いっ……た、何すんだよ!」

「何をするも何もねえだろうが」


 彼は、僕の着ている服――その肩あたりをつまみ上げた。


 その無骨な指に、水滴が滴る。早い話が、僕らは皆ずぶ濡れなのだ。


「……そうだな、カナタ。まずは着替えが先決だろう。流石に、風邪を引かれてもかなわん」


 確かに、言われてみれば、かなり体が冷えているような気がする。


 絵本の世界で風邪を引くのかはわからないが、現実世界と同じような風邪薬があるとは限らない。要らないリスクを負う必要はないだろう。


「着替えは隣の部屋に用意させてある、一人ずつ着替えて、それからの出発としよう」

「わかったよ。それじゃあ、お先に……」


 僕は促されるまま、隣の部屋に移動する。先程まで僕らがいた部屋と作りは同じようだが、ツインで置かれたベッドの上に、簡素な綿織りの衣服が置かれているのが見えた。


 とっとと準備を整えてしまおう、そう、服に手を伸ばした、その時だった。



「……やっぱり、物語をまげてしまったんだね、カナタ」



 唐突に、横合いから声が聞こえてきた。


 思わずギョッとする。この部屋への入り口は、僕が入ってきた扉しかないはずだ。


 そのはずなのに、そこには。

 『黄の島』で出会った、あの人影が佇んでいた。


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