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三章『青の島』-3

 青の島。


 この島は、ランタン諸島にある五つの島の中では二番目に小さいとされている。


 恐らく、和風のテイストを意識して描かれているこの島は、島を流れる巨大な川を中心として発展している。


 街のあちこちでは水車が回っており、それを動力とした産業が盛んであるという描写があった。


 穏やかな流れの川や泉には、観光用の小舟が浮かべられることもあるという。


 水の恩恵をこれ以上なく活かした、正しく、水の都と呼ぶべき街なのだ――。



「――だが、これでは台無しだな」


 島に降り立つや否や、街の様子を見渡したエーデルは、どこか寂しげにこう呟いた。


 島の真上には、分厚い雨雲が被さっていた。そこからは大粒の雨が降り注いでおり、それは今も僕たちの体を濡らし続けている。


 いや、単なる雨だけではない。強い風も伴った、さながら嵐のような天気だ。そのせいで海面もささくれ立ち、接岸には相当の苦労を強いられた。


 そして、それだけではない。


 見れば、島の水路がどこもかしこも、氾濫(はんらん)しているようだった。溢れた水は、靴の半分ほどまでを浸しており、油断すれば、足を取られてしまいそうなほどだ。


「水の都と聞いていたが、流石に、島ごと沈みそうなほど水が溢れていては、仕方がないだろうに」


 彼女の声には、呆れの色が混じっていた。


「……ま、まだ『黄の島』は少し見て回るくらいの余裕がありましたけど、『青の島』を観光して回るのは難しそうですね」


 モネは残念そうに辺りを見回す。随分と呑気な発言にも思えたが、僕も同じ感想だ。


「ああ、こう、雨に降られてちゃな。自由時間を楽しもうとか、そんな風には思えない」


 『青の島』の街並みは、絵本で読んだ時から少しだけ楽しみにしていたのだが、見て回ることはできなさそうだ。


 ……勿論、観光は僕らの旅の目的には入っていない。だから、ほんの少しだけ残念、という程度だ。


「でもよ、なんでまた、こんなことになっちまってるんだ?」


 隣に立つアキレアが、空から落ちてきた雨粒を一雫、手のひらで受け止める。彼の大きな手にも水たまりができるほどの、一粒が丸々とした雨粒だ。


「……もしかして、この雨のせいだってのか?」

「まさか、流石に、これだけ水を利用している街が、少し雨が降った程度でどうこうなるような治水をしているわけがあるまい」


 僕は、エーデルの言葉に首を振った。そして、訂正する。


「……いや、アキレアの言う通り。島の現状は、この雨が原因だよ」


 それを聞いた二人が、こちらを振り返る。もはや、その目には驚きというよりも、期待の色が濃く滲んでいる。


「……カナタ。何か、未来が見えたのか?」

「未来というか、過去というか。とにかく、この雨はずっと止むことはない。この後もずっとずっと、何日でも何ヶ月でも降り続ける」

「馬鹿言うなよ、そんなこと、本当にあるってのか?」


 声を上げたアキレアだったが、僕の目が嘘を言っていないことに気が付いたのか、すぐに冷静さを取り戻した。


「……まさか、マジで言ってんのかよ、お前」

「マジもマジ、大マジだ。それに、この雨を止ませないことには、僕たちは『遺物』を手に入れることができない」


 『遺物』という言葉に、エーデルが反応する。


「やはり、今回も入手方法はわかっているのだな」

「ああ、勿論。それに、この島の『遺物』はすごくわかりやすいところにあるんだ」

「……それは、どういうことだ?」


 彼女の言葉に、僕はスッと上を指差した。


 それに導かれるようにして、一行は全員が空を見上げる。顔を打つ雨の感覚が、ゆっくりと体を冷やしていく。


 見えるのは、分厚い鈍色の雲。曇天という言葉が正しく似合うそれは、ただこうしているだけで、妙な閉塞感を感じさせるほどだ。


「……なんだよ、なんにもねえじゃねえか」

 アキレアがそう口にして、視線を下げようとした――。



 ――その時だった。



「……っ、なに、あれ」

 最初に気が付いたのは、モネだった。


 彼女はまるで恐ろしいものでも見たかのように、その顔色を青く染めている。


「どうした、モネ、何かあったのか」

「……ひ、姫様、あれ……っ!」


 彼女は震える指で、空の一部を指差す。


 一見すれば『それ』は、雲のうねりの影のように見えたかもしれない。どんよりとした雲の天井は、不気味な陰影を作り出している。


 しかし、すぐにそれが単なる影でないことに気が付くだろう――まるで、生きているかのように蠢いていたのだから。


「――なんだ、あれは」


 エーデルも、驚愕に目を見開いた。そして、恐らくはアキレアも。


「……おいおい、冗談キツくねえか?」


 皆が目線で追っている先にいたのは、一匹の生き物だった。まるで、蛇のように長い体を持ったそれは、空の雲間を悠々と泳いでいる。


 けれど、その大きさはただの蛇とは全く違う。砂漠で戦った、サンドワームよりもひと回り大きいくらいだろうか?


 そして、その体表を覆う青い鱗は、一つ一つが人間の頭ほどの大きさがあるだろう。


 何より、その頭頂部から生えた鬣は、まるで雷雲のように稲光を放っている。それだけでも、尋常の生き物ではないことがわかるだろう。


「――龍、か……?」


 呆然とした様子で呟くアキレアに、僕は頷きを返した。


「……カナタ、まさかお前、あの龍を落とすなんて言わないだろうな」


 そう、僕たちは龍に挑まなくてはならない。ファンタジーにおける龍なんて、間違いなくここが山場になるだろう。


 それに、アキレアの運命も懸かっている。この島の戦いは、決して楽なものにはならない。


「そのまさかだ。僕たちは今から――龍に挑む」


 ――賽は投げられた。

 もう、後戻りはできない。

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