三章『青の島』-1
「ねえ、あなた。窓際の席、譲ってよ」
思えば、僕と英瑛梨香との出会いは、そんな言葉から始まったように思える。
高校に入ってすぐ。入学式終わりの、ホームルームも終わろうという頃。不意に、隣の席の女子に話しかけられたのだ。
そうして、前述の台詞。突然の要望に、僕は思わず面食らったのを覚えている。
「……なんだよ、急に」
僕はぶっきらぼうに返す。中学3年間、禄に女子と話したこともなかったためか、酷く無愛想な言い方になってしまった。
「だから、窓際の席を替わってほしいの。あなたの座ってる、そこ」
「嫌だよ、何で替わってやらなきゃいけないんだ。第一、お前は誰だよ」
「私? 私は……」
彼女はそこで、少しだけ考える素振りを見せた。そして、悪戯っぽく笑う。
「……あなたの高校生活の友達第一号、なんてどう?」
「却下」戯ける彼女に、僕は手のひらでノーを突きつけた。
「何でよ。いいじゃん、どうせあなた、他に友達いないでしょ?」
図星を突かれて、僕は思わず狼狽えてしまった。上京してきたばかりの僕には、友人どころか姉以外の知人が一人もいない。
「……うるさいな。そういうの、余計なお世話って言うんだぜ」
「お世話だって焼くよ、だって、君の友達だもん」
「勝手に友達ヅラするなっての。というか、何で窓際の席がいいんだよ」
その問いかけに、彼女は一瞬だけ、僕の瞳を覗き込んだ。
試すように――或いは、測るように。ほんのひと時の間を置いてから、彼女は口を開く。
「……窓ってさ、外の世界と繋がるための場所なんだ」
「外の世界と、繋がる?」
「そう」彼女は心底楽しそうに。「この退屈な教室に、季節や天気の気配を届けてくれるでしょ?」
「それが、どうかしたのかよ」
「そういう変化を、私はこの教室で一番最初に感じたいの。だから、その席がぴったりなんだ」
歌うように言う彼女に、僕はとりあえず『変なやつ』の烙印を捺すことにした。
「……というか、高校生活始まったばっかなのに、退屈とか言うなって」
「そう? でも、きっとすぐに退屈になるよ。だって、これまでもずっとそうだったから」
「だからって、これからもそうとは」
「限るよ。だって、高校生になったからって、私たちが何か変わったわけじゃないでしょ」
確信めいた彼女の言葉に、僕は思わず押し黙ってしまった。
入学早々、面倒臭い女に絡まれた――正直、そう思ってしまったのは内緒だ。
「……なら、僕がお前に席を譲って、何かメリットはあるのかよ?」
「私という友人が手に入るよ」彼女は胸を張って言う。
「さっきまで友人ヅラしてたのに、まさかの交換材料だったのかよ!?」
「だってほら、私たち、まだお互いのこともよく知らないし……」
「今更お前がそれを言うのか!?」
僕の心の中では、呆れと驚きを一対一でブレンドされていた。
だというのに、何が面白いのか、彼女は僕を見てケラケラ笑っている。心底変わったやつだと思った。
「……まあ、席を替わるかはともかく。仲良くしたいって言うなら悪い気はしないな」
「お、私と友達になってくれるの? でも、私、変なやつだよ?」
「自覚あったのかよ、というか、改めて言われんでも、この数分で痛感してるわ!」
と、そこで彼女は手のひらを差し出してきた。
それも、無警戒な笑顔で。そんな感情を人から向けられたのは初めてで、少しだけ戸惑ってしまって。
だから、きっと彼女の手を取ったのは、そんな気の迷いの延長線だった。
「私、英瑛梨香。あなたは?」
「……来間、花向」僕は渋々答えた。
「カナタね。覚えたよ、これからよろしくね、カナタ――」
屈託なく、彼女は笑っていた。
……そう、この時はまだ、彼女の笑みは曇ってなかったはずなのだ。
いつから、ああなってしまったのだろう。
いつから、追い込まれてしまったのだろう。
この、キラキラした出会いの記憶を思い返す度、僕は思うのだ。
どうして、もっと早く気付いてやれなかったのかと。
どうして、もっと早く手を差し伸べてやらなかったのかと――。




