表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/82

三章『青の島』-1

「ねえ、あなた。窓際の席、譲ってよ」


 思えば、僕と英瑛梨香との出会いは、そんな言葉から始まったように思える。


 高校に入ってすぐ。入学式終わりの、ホームルームも終わろうという頃。不意に、隣の席の女子に話しかけられたのだ。


 そうして、前述の台詞。突然の要望に、僕は思わず面食らったのを覚えている。


「……なんだよ、急に」


 僕はぶっきらぼうに返す。中学3年間、禄に女子と話したこともなかったためか、酷く無愛想な言い方になってしまった。


「だから、窓際の席を替わってほしいの。あなたの座ってる、そこ」

「嫌だよ、何で替わってやらなきゃいけないんだ。第一、お前は誰だよ」

「私? 私は……」


 彼女はそこで、少しだけ考える素振りを見せた。そして、悪戯っぽく笑う。


「……あなたの高校生活の友達第一号、なんてどう?」

「却下」戯ける彼女に、僕は手のひらでノーを突きつけた。

「何でよ。いいじゃん、どうせあなた、他に友達いないでしょ?」


 図星を突かれて、僕は思わず狼狽(うろた)えてしまった。上京してきたばかりの僕には、友人どころか姉以外の知人が一人もいない。


「……うるさいな。そういうの、余計なお世話って言うんだぜ」

「お世話だって焼くよ、だって、君の友達だもん」

「勝手に友達ヅラするなっての。というか、何で窓際の席がいいんだよ」


 その問いかけに、彼女は一瞬だけ、僕の瞳を覗き込んだ。

 試すように――或いは、測るように。ほんのひと時の間を置いてから、彼女は口を開く。


「……窓ってさ、外の世界と繋がるための場所なんだ」

「外の世界と、繋がる?」

「そう」彼女は心底楽しそうに。「この退屈な教室に、季節や天気の気配を届けてくれるでしょ?」

「それが、どうかしたのかよ」

「そういう変化を、私はこの教室で一番最初に感じたいの。だから、その席がぴったりなんだ」


 歌うように言う彼女に、僕はとりあえず『変なやつ』の烙印を捺すことにした。


「……というか、高校生活始まったばっかなのに、退屈とか言うなって」

「そう? でも、きっとすぐに退屈になるよ。だって、これまでもずっとそうだったから」

「だからって、これからもそうとは」

「限るよ。だって、高校生になったからって、私たちが何か変わったわけじゃないでしょ」


 確信めいた彼女の言葉に、僕は思わず押し黙ってしまった。

 入学早々、面倒臭い女に絡まれた――正直、そう思ってしまったのは内緒だ。


「……なら、僕がお前に席を譲って、何かメリットはあるのかよ?」

「私という友人が手に入るよ」彼女は胸を張って言う。

「さっきまで友人ヅラしてたのに、まさかの交換材料だったのかよ!?」

「だってほら、私たち、まだお互いのこともよく知らないし……」

「今更お前がそれを言うのか!?」


 僕の心の中では、呆れと驚きを一対一でブレンドされていた。

 だというのに、何が面白いのか、彼女は僕を見てケラケラ笑っている。心底変わったやつだと思った。


「……まあ、席を替わるかはともかく。仲良くしたいって言うなら悪い気はしないな」

「お、私と友達になってくれるの? でも、私、変なやつだよ?」

「自覚あったのかよ、というか、改めて言われんでも、この数分で痛感してるわ!」


 と、そこで彼女は手のひらを差し出してきた。


 それも、無警戒な笑顔で。そんな感情を人から向けられたのは初めてで、少しだけ戸惑ってしまって。


 だから、きっと彼女の手を取ったのは、そんな気の迷いの延長線だった。


「私、英瑛梨香。あなたは?」

「……来間、花向」僕は渋々答えた。

「カナタね。覚えたよ、これからよろしくね、カナタ――」


 屈託なく、彼女は笑っていた。

 ……そう、この時はまだ、彼女の笑みは曇ってなかったはずなのだ。


 いつから、ああなってしまったのだろう。

 いつから、追い込まれてしまったのだろう。


 この、キラキラした出会いの記憶を思い返す度、僕は思うのだ。


 どうして、もっと早く気付いてやれなかったのかと。

 どうして、もっと早く手を差し伸べてやらなかったのかと――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ