二章『黄の島』-13
つぎに ひめさまたちがおとずれたのは おうごんにかがやく きのしまでした
なにもかもがおうごんのしまは とてもきれいでしたが おそろしいやまいにおそわれていました
ひとびとが つぎつぎとおうごんのぞうにかわってしまう おうごんびょうです
げんいんをしらべるため エーデルひめたちは こうざんにむかいました
せんとうをゆくモネのまほうは くらやみにひそんだ こうもりのまものも ものともしません
しかし モネはおうごんびょうにかかってしまいました
モネをなおすために エーデルひめたちはしまじゅうをさがしまわり やがて やまいのげんいんとなるまものとたたかいました
じゆうじざいのこうげきに まけてしまいそうになるエーデルひめ しかし せんしアキレアはいうのです
「ひめさま おれが すきをつくってやる」
アキレアのはたらきによって まものはたおされました
しかし おうごんにかわってしまった モネのかためは みえなくなってしまったのです
それでも エーデルひめたちのたびはつづきます つぎのしまへ こぎだしていくのです――。
***
「――まさか、全部偽物だったとはな」
船の甲板の上。夜風に当たりつつ、麦酒の満たされたジョッキを片手に、アキレアはそう呟いた。
あの後、廃坑から帰ってきた僕たちは、例の店の寝台で目を覚ました。どうやら、数時間は意識を失っていたようで、窓の外に目をやれば、既に太陽が登っていた。
変わったことが、主にふたつ。
ひとつめ。『黄金病』にかかった人々は、皆、金色の戒めから解き放たれていた。勿論、廃坑で呪いを受けた僕とモネ、アキレアも。
黄金の像に変わりつつあった手足は自由に動き、僕以外の二人は既に目を覚ましているようだった。
……それでも、全てを救ったわけではない。
どうやら、黄金の像に変わって時間が経った人々は駄目だったようだ。非生物でいた時間が長すぎたのか、生物として戻ってくることは叶わなかった。
そして、ふたつめ。
それは、景色の全てが、輝きを失った鈍色に変わってしまっていたことである――。
「……この島の黄金は、あの魔物が作り出してたってこったな。だから、あいつを倒した結果、全ての黄金は輝きを失っちまった」
アキレアは遠目に、くすんだ街を眺めながら、少しだけ寂しそうにそう呟いた。
「ああ、そうだな。結局、あの島には選択肢なんてなかったんだろ」
「選択肢?」アキレアが眉を上げる。
「……魔物の恩恵を受けつつ、呪いに耐えるか。それとも、魔物を退けて、衰退していくかのどちらかだよ」
『黄の島』は黄金の輸出と、金細工によって豊かになった島だ。
それが、全て取り上げられてしまった。もう、あの島には、何も残っていない。
そのせいかわからないが、『黄金病』が根絶されたというのに、街には暗い雰囲気が立ち込めていた。黄金を目当てに集まった商人や貴人は皆、島を去っていった。残されたのは疲れ切った鉱夫たちと、呆然とする領主たちだけだ。
だから、僕たちも早々に島を後にすることにした。身支度を整え、船で一晩を明かしてから出港する予定だ。
「……結局、僕らがしたことは、この島にとってはマイナスでしかないのかもな」
僕は、灯りの消えたような静けさの港を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「でもよ、『遺物』を手に入れるためには、仕方なかったんじゃねえのか。魔物が持ってたんだろ?」
「ああ、エーデルに見せてもらったよ。確かに、『遺物』は回収できていた」
今回の『遺物』は、空のインク瓶だった。
……祖父が使っていた、贔屓のメーカーのもののように見えたのは、気の所為ではないだろう。
一つ目の『遺物』も、祖父のペンだった。どうして、縁の品ばかりが選ばれているのか、まだまだ謎は残る。
しかし、重要なのはそこではない。
「どうしても、思うんだ。僕たちは、『遺物』を手にするために、この島の暮らしを奪ったんじゃないかって」
僕たちの目的のために、この島は黄金の島ではなくなってしまった。
何もない。
何物でもないものに、なってしまった。
いくら、物語の展開とはいえ、僕たちがやったことは、正しくなかったのではないだろうかと、そんなことばかりが、頭を過るのだ。
「……カナタ、それは違うぜ」
「なんだよ、慰めの言葉なんて、聞きたくないぞ」
「慰めるつもりなんかねえよ、ただ、本当のことを言ってるだけだ」
アキレアはそこで、ジョッキを煽った。酒の匂いが鼻を突いて、少しだけ、眉を寄せたくなる。
最後の一滴まで飲み干した彼は、気持ちよさそうに息を吐いてから、さらに続ける。
「確かに、俺たちは目的のために、あの島の暮らしを奪ったのかもしれねえな。あいつらはこれまでよりずっと貧しく、ずっと慎ましい生活を送ることになるだろう」
「ほら、なら、やっぱり……」
「話は最後まで聞けよ」彼は呆れたようにジョッキを振りながら。「それでも、何物でも無くなるのは、別に悪いことじゃねえんだよ」
彼の言葉に、僕の心臓が揺さぶられるような感覚があった。
「悪いことじゃないって、どういうことだよ。失くなったんだぞ、空っぽになったんだ。それのどこがいいことなんだよ」
「いいこととは言ってねえ。悪くねえだけだ。良いも悪いもない、スタート地点に戻れたんだ。クソッタレな魔物の恩恵に、依存する生活からな」
「……でも、基盤は失った」僕は何か反抗したくて、そう口にした。
しかし、アキレアは僕の理屈な考えなど、豪快に笑い飛ばしてしまう。
「がははは! そいつは、弱虫の考え方だぜ。過去にあったものに縋るよりも、未来に輝かしいものがあると信じて進む、これが、人の生き方ってもんだろ?」
少しだけ、その言い方にカチンときた。
陰りも、曇りなく言い放つ、無神経な言葉遣いが、ほんの少しだけ癪に障った。
だから、棘のある口調で返してしまう。
「……それは、違うだろ。人間ってのは、何かにならなきゃいけない。空っぽのまんまじゃ、生きていけないんだ」
――進路希望、クラスで出していないのは君だけだ。
――君、将来やりたいこととかないのか?
いつかの、誰かの言葉がフラッシュバックする。
そう、人は空っぽではいけないはずだ。何かにならなければ、居場所が与えられない。
それを、僕たちはこの島から奪ってしまったのだ。空っぽであることの苦しさは、僕が一番知っているはずなのに。
「……カナタ、お前」
アキレアは、ジョッキを船の縁に置いた。そして、僕のことをじっと見つめる。
大戦士に相応しい、強い視線。堂々とした立ち姿。どれもが、僕には手に入らなかったものだ
何かになれた人間に、空っぽの苦悩はわからないだろう。
そんな風に考える僕に、アキレアは――。




