表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/82

二章『黄の島』-11

「――っ、モネっ!」

 僕は叫ぶ。体が、自然に動いた。


 力無くその場に倒れ込む彼女の矮躯(わいく)を、どうにか受け止める。突如飛来した一撃は彼女を打ち据えたが、どうやら目に見える傷は無いようだった。


 しかし。


「……う、あ」弱々しく、モネが声を漏らす。


 彼女の胸元あたりから、黄金の皮膜が拡がっていく。じわじわと、それでいて着実に、彼女を黄金の立像に変えんと、侵食を始めていく。


「か、カナタ、さ……」


 恐怖に慄いた表情。普段から何かに怯えるようにして下がっていた眉尻が、さらに不安そうに形を歪める。


「……大丈夫だ、ここは、僕とエーデルに任せておいてくれ」


 徐々に力が抜けていく体を、壁に寄りかからせるようにして寝かしながら、僕は努めて優しい声色で、そう彼女に告げた。


 ――完全に、無警戒だった。


 扉が開くまでは、戦いが始まらないと思っていた。

 そんなわけがない。既にここは敵地、悪魔の腹の中だというのに、僕は。


「……カナタ、モネは大丈夫か?」


 見れば、エーデルは既に剣を抜いていた。手にした聖剣は怒りのせいか、仄かに赤みを帯びて輝き、その刀身は微かに震えていた。


「ああ、呪いは受けたみたいだが、致命傷を負ったわけじゃなさそうだ。すぐに命を落とすことは無いと思う」

「なら、優先すべきはこちらのようだな」


 彼女の声には、隠しきれないほどの怒気が込められていた。


 民を傷付け、仲間を傷付けられた相手を、彼女が許すはずもない。しかしその激情に我を忘れることもなく、ただ、青眼に視線を向けている。


 僕も彼女の隣に並び、剣を抜く。そして、目の前にいる『それ』の姿を真っ向から目にすることになった。


 『それ』は、絵本の挿絵で見た時と同じ黒い靄のような不定形の生物だった。腰ほどの高さに置かれた小瓶、そこから溢れてきたインクの染みのような姿であり、中央には、こちらをギョロリと睨みつける大きな目玉が浮かんでいる。


 何より、異様なのはその背中から伸びる無数の触手だ。モネを打ち据えたのもこれだろう。宙空にのたくるようにして踊るそれは、次の犠牲者を探していた。


 呪いの主――その威容(いよう)に、僕は思わず気圧されそうになる。サンドワームのときもそうだったが、現実感を全く失ったその質感は、足元が不確かに揺らぐように錯覚させる。


「――来るぞ!」


 エーデルの声が弾けた。それと同時に、触手のうち幾本かがこちらに向かってくる。


 反射的に剣を持ち上げようとするが、思っていたよりもずっと、剣は重い。エーデルやアキレアのように軽々と振り回すことはできず、逆に振り回されるようにしながら、どうにか向かってきた一本を切り払った。


「く、っそ……!」

 悪態を吐いて、すぐに体勢を立て直す。


 視界の先では、エーデルが向かってくる触手を全て切り捨て、駆けているのが見えた。やはり、僕とは鍛え方が違うようだ。


 僕はすぐにその後に続こうとするが、そこにもう一本、触手が飛んでくる。受け流そうと剣を差し出すが、避け切ることができずに、服の端を掠めていく。


「――カナタっ!」

「問題ない、服を掠っただけだ!」


 そう返しながら被弾箇所に目を向ければ、少しずつ、服の布地が金色に変わっていくのが見えた。


 思わず、ゾッとする。あんな僅かな接触時間、接触箇所でも呪いをかけることができるのか。


 じわじわと呪いの拡がる上着を脱ぎ捨て、僕は再び剣を構える。


 幸いにも、触手の動きはそこまで速くない。僕の目にも追える程度だし、僕の剣でも払える程度だ。


 しかし、それはあくまでも、先を駆けているエーデルに攻撃が集中しているのが理由だろう。このままではジリ貧だ。


「くっ……!」エーデルの眉が、苦悶に歪む。


 現状、彼女は防戦一方のように見えた。攻撃こそ一度も受けていないものの、見るからに息が上がっている。


 そこで一度、彼女は大きく薙ぎ払い、バックステップで距離を取った。そして、浅い呼吸を整えていく。


「……マズいな、このままじゃ、有効打が無さそうだ」

「私も、そう考えていた。現状では、聖剣の力を使うこともできない」


 彼女はそう口にして、握った聖剣に目を落とす。


「砂漠ほどの明るさ……太陽が出ていればともかく、この暗い廃坑の中で力を溜めるには、少し時間がかかってしまう。だが――」


 モネは戦闘離脱してしまった。


 僕は、単騎で時間稼ぎができるほどの実力がない。

 そうなれば、彼女に悠長に準備をする時間を与えることもできない。


「……ちなみに、どのくらい稼げばいいんだ?」

「十秒、それだけあれば、どうにかしてみせよう」


 十秒か……と、僕は思考する。


 先程から、向けられた触手を一本切り払うだけで精一杯だった。


 一方で、エーデルは十本以上を一人で捌いていた。僕は少なく見積もっても、彼女と同じだけの動きをしなければならない。


 ……無理だ、どう考えても現実的ではない。ならば、何か他に使える策はないだろうか?


「……そうだ、部屋の外。例えば、ここで力を溜めて、怪物のいる部屋の中に踏み込むのは?」


 僕の案を、エーデルは首を振って否定した。


「いや、厳しいだろう。聖剣には長い時間、力を蓄えておくことができない。怪物に斬りかかるまでに、力が拡散してしまう」

「なら、どうやってもあいつの前で十秒、稼がなきゃいけないってのかよ……」


 そして、それができるのは、僕しかいない。


 成功のビジョンが、全く見えてこない。為す術無く黄金の像にされてしまう自分の背中が、ありありと見えるようだ。


 けれど、やらなければならないのか。僕は何度も詰まりそうになる息を飲み下して、口を開こうとして――。


「――わ、わたしが、やります」

 横合いから聞こえた、弱々しい声に遮られた。


 見れば、壁に凭れかかったモネが、ふらふらと手を挙げていた。息も絶え絶え、弱々しく息をしながら、彼女は続ける。


「私の魔法なら、隙を作ることができるはずです、その間に、姫様は力を……」

「だけど、モネ、あんた、あんまり無理すると――」


 駆け寄った僕の言葉を、彼女は笑顔で遮った。

 何かを決意したような微笑みに、僕も、それ以上続けることができなくなってしまう。


「――平気です。それに、戦う力のないカナタさんも頑張っているんですから、わ、私が頑張らないわけにはいきません」


 モネはそう言って、杖に縋るようにして立ち上がった。弱々しく、けれど、心配など微塵も感じさせぬ、そんな立ち姿のまま、彼女は呪いの主を見据える。


「長くは、保ちません。それに、一度だけしか通用しないでしょう。姫様、お願いしますね……」


 彼女はそう残すと、聞こえないくらいの声で、何かを呟く。


 いや、それはおそらく囁いているのだ。この場にある万物に、そして何よりも、己の魂に。


 モネの正面に、暗い輝きが収束していく。空気を圧縮しているのか、松明や黄金から光を奪っているのか、それとも、僕の知らないエネルギーを凝縮しているのか。


「い、っけえええええ!!!」


 集められた力は、聞いたこともないほどに大きな彼女の声と同時に放たれた。漆黒の熱線が、怪物に襲い掛かる。


 それを怪物は、触手の束で受け止めた。

 側で見ていた僕のところにも、何かタンパク質めいたものが焦げるような臭いがした。


「――よくやった、モネ」


 熱線と怪物がぶつかり合う中、エーデルが動く。その手に持つ剣には、魔法使いが放った熱線とは真逆の、聖なる輝きが宿っている。


 一呼吸。ただそれだけの間に、踏み込んだエーデルは聖剣を振り被り――そのまま、熱線ごと切り捨てるように振り下ろしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ