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二章『黄の島』-10

 廃坑の入り口は、領主の館の裏手にあった。


 板が打ち付けられ、完全に封鎖されているようだったが、既に釘も板も傷んでいたため、そう苦労もなく破壊することができた。


 中に入れば、どこまでも続く闇が僕たちを迎えた。心なしか、空気も重い。肺に溜まった酸素が、ずしりと質量を感じさせた。


 灯りは、先頭を行くモネが持つ松明だけ。それ以外は、全てが不確かな暗澹(あんたん)に閉ざされてしまっている。


「……モネ、どうだ。何か、感じるか?」


 エーデルが訪ねれば、先頭にいたモネは振り返らずに答える。


「は、はい。ここまで来ればわかります……奥の方に、何か大きな魔力反応が」

「なら、カナタの予想は当たりのようだな。引き続き警戒をしておいてくれ、何が起こるか、わからんからな」


 こくり、と静かに頷く。それは音もなく、響く足音以外には、周囲からは何も聞こえない。


 それがかえって不気味だった。取り返しのつかないことをしている時には、いつだって背骨が冷えるほどの静けさがついてくるものなのだ。


「……なあ、ちょっといいか?」


 静寂に耐えきれず、僕は口を開く。


「なんだ?」エーデルは足を止めない。

「いや、情報共有だ。最奥部に向かう前に、『遺物』を持っている魔物のことを伝えておきたい」

「……やはり、今回も知っていたか。サンドワームの時もそうだが、カナタの未来視は『遺物』に関連することは比較的はっきりと見えるのか?」


 僕は首を振った。別に、そういうわけじゃない。

 結果として、『遺物』絡みの場面が詳しく描かれていたことが多かったから、他のことよりもはっきりとわかるというだけだ。


「ま、まあ、それは置いといて。今回の相手――呪いの主は、相手を黄金に変える力を操る強敵だ」


 僕は該当のページを、頭に思い浮かべる。


 敵は、不定形の靄のような姿で描かれていた。そこから幾本も伸びた黄金に輝く触手は、触れたものを金に変えてしまう。


 絵本の展開ではモネがダウンしてしまっていたため、近接主体のアキレアとエーデルは、それぞれ苦戦を強いられていた。


「……確かに、触れるだけで黄金に変えられてしまうのなら、厳しい戦いになるだろうな」

「ああ、実際、紙一重の戦いだったと思う。僕も、手に汗握ったからな」


 そこまで口にして、ハッとする。これもまた、失言だったかもしれない。


 しかし、エーデルは気にする素振りも見せなかった。もしかすると、些事(さじ)を気にしている余裕がなかっただけかもしれないが。


「……それで、未来の私たちは、どうやってその魔物を倒したんだ?」


 エーデルの問いに、僕は少しだけ窮してしまった。伝えるか否か。それによる彼女の反応も、まるで予想できない。


 けれど、黙っていることはできない。それが、今は病床に伏した、『彼』の名誉のためでもあるだろう。


「……アキレアが、犠牲になったんだ。身を挺して、魔物に突撃して、それで隙が生まれたところを……」


 僕はそのまま、視線をエーデルが帯びる剣に向けた。


 エーデルが装備している剣――柄に輝く紫色の宝石が特徴的な、両刃の長剣は、魔物に対して絶大な力を発揮する聖剣だ。


 周囲の光を吸収し、力に変えて放つことができる。『赤の島』の砂漠でも、煌々と輝く太陽から力を得て、その絶大な威力を発揮していた。


「なるほどな」エーデルは納得したように、剣に視線を落とす。「こいつは、次の敵にも有効ということだ」

「ああ、それに、今回はモネもいる。誰かが犠牲にならなくても、隙を作ることくらいできるだろう」


 そう、モネの魔法を頼ることができるというのが、今回の大きなアドバンテージだ。


 いくら『呪いの主』が強い力を持つと言っても、触手に触れさえしなければ、すぐに黄金に変えられることはない。


 恐らく、本来の展開よりも、幾分余裕のある戦いができるはずだ。


「ふむ、そうだな。モネ、ちなみにこの場所で使える魔法にはどんなものがある?」


 質問に、モネは少しだけ考えるような素振りを見せた。辺りをキョロキョロと見回し、注意深く観察する。


「……た、松明の火を増幅させて、火の魔法を使うことはできそうです。あと、空気はあるので、風の魔法も」

「それならば、遠距離攻撃には十分だな。私の援護を頼んだ。それで――」


 そこでエーデルの視線が、僕の方を向く。


「――カナタ、お前はどうするつもりなんだ」

「どうするって……な、何がだよ」


 僕はわかりきったことを聞き返した。


「この後の動き方だ。剣も使ったことがなく、魔法も使えないのなら、後方からの支援に徹するべきだろう。後ろに隠れて、私たちを指揮するのが最良だとは思うが」


 うっ、と怯むのを、少しでも顔に出さないように努めた。


 彼女の言う通り、僕は戦えない。未来を視る力というのもインチキで、剣も魔法も使えない。


 ならば、僕は隠れているのが一番いい、というのは間違いではないだろう。それこそ、余計なことをしでかさないように大人しくしているのが、僕の最も賢い行動指針だ。


 ……そう、わかっているはずなのに。


「……いや、二人と一緒に戦わせてくれないか」

 気がつけば僕の口は、そんな言葉を述べていた。


「……いいのか?」エーデルは、静かに問うてくる。


 いいわけがない。なんの取り柄もない僕が前線に立ってもできることなどないのだから。


 それに、死のリスクだってある。そうでなくても、怪我や、致命的な欠損を負う可能性だってある。


 その全てを、考慮した上で。


「ああ、大丈夫だ。アキレアに、任されたからな」

 僕は確固たる己の意志で、そう答えた。


 ここで逃げてしまったら、もう二度と僕は自分の足で立てないような気がしたのだ。


 空っぽの、何にもない僕だって、それはごめんだった。


「そうか、なら、いい。野暮なことを聞いたな」

「……構わないさ。たまには少しくらい、辛いこともしなくちゃな」


 と、僕がそんな軽口を飛ばしたところで。


「……お、お二人共。そろそろです、ほら、見えてきました」


 先頭を行くモネが、そう言いながら前方を指差した。


 彼女の(たお)やかな指の先にあったのは、大きな二枚扉だった。くすんだ黄金色のそれは、表面に精緻(せいち)な彫刻が施されており、一目で、どこか厳かな雰囲気を感じ取ることができる。


 あの扉を潜れば、もう、後戻りはできない。いや、もうとっくにできない局面には来ているのだろう。


 退路なんて、もうとっくに無くなっているのだ。たぶん、この世界に来たその瞬間から。


「よし、モネ。三つ数えたら扉を開けてくれ。恐らくもう、呪いの影響は受け始めている。一瞬で決めるぞ」


 エーデルの言葉に、モネはコクリと頷いた。

 そして、彼女の手が扉の取手に触れた、その刹那――。



 ――僕の背筋を、悪寒が駆け抜けた。



 何か、とんでもなく恐ろしいことが起こるような。そんな予感。


 けれど、もう、止めるには遅すぎて。

 きょとんとした顔の彼女が、取っ手を掴むと同時――。



 ――扉を突き破るようにして現れた触手が、モネの体を、易々と貫くのが見えた。



 

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