二章『黄の島』-9
僕がどうにかアキレアを連れて鉱山の外に出た時には、既に周囲には夜の帳が下りていた。
彼を連れて戻ったのは、昼にも滞在したあの店だ。驚く店主に事情を話せば、すぐに奥の寝台を貸してくれた。
昼間にいた、発症者の鉱夫は既にいなくなっていた。店主に尋ねても、暗い顔で俯くばかりだったので、僕たちはそれ以上の追及を止めることにした。
「……して、どういうことだ? 『黄金病』の出所が、わかったというのは」
寝台に寝かされ、苦しげに呻くアキレアを囲みながら、僕はエーデル、そしてモネと向き合っていた。
彼の体に浮かんだ金色の痕は、今や首から胸にかけて、半分ほどを覆ってしまっている。わずかに上下する胸が呼吸の有無を知らせるが、それも、いつもよりずっと弱いものになっていた。
「ああ」僕は少しだけ、後ろめたさを感じながら。「順を追って話すが、僕の見た未来では、『黄金病』を発症するのはモネだったんだ」
僕は頭の中で、絵本の内容を反芻する。
本来の展開では、飛んでくる蝙蝠を魔法で焼き払うために、列の先頭を歩いていたのは魔法使いのモネだった。
そう、先頭にいたのは、モネだったのだ。
「……わからんな。どうして、お前が見た未来ではモネが発症したんだ?」
エーデルが焦れたように問いかけてくる。けれど僕だって、勿体ぶるつもりはない。
「確か、前に言ってたよな。『呪いには耐性があるけど、大元に近付いたら影響を受けるかも』ってさ」
僕はモネの方に視線を向けながら、確認することにした。
彼女は少しだけ眉を寄せつつも、静かに頷いた。それを見てから、さらに続ける。
「そう、今回のアキレアも、僕の見た未来のモネも、大元に近付きすぎたんだよ。だから、呪いを受けることになった」
誰が呪われるのかではなく。
どうして、呪われてしまったのか。
僕はその部分について考えが足りなかった――いや、考えてはいたものの、結論を出せるまで煮詰めようとしなかった。
「……なら、呪いの大元は、どこにあるんですか?」
おずおずとモネが聞いてくる。
もう、自ずと答えは出るだろう。
鉱夫とその家族ばかりが呪われる理由。
高台に住んでいた領主が、病気に無頓着だった理由。
そして何より、今回アキレアが呪われた理由。
その全てが、一つの答えに繋がっている。
「――地下だ」僕はある種の確信を持って口にした。
「……地下?」
「ああ、正確には、この町の地面の下に潜んでいるものだと思われる。それなら、色々なことに説明がつくんだ」
それに、僕が鉱山で目にしたレンガの壁は、絵本で見た石造りの壁に似ている気もする。
とはいえ、目星がついたとしても問題は他にもある、例えば――。
「なるほどな。そこまでわかっているのなら話が早い、早速動き出すぞ」
「待て待て、そうもいかないだろ。アキレアは、近付いただけでこうなっちまったんだ。何の作戦も立てずに向かったら、僕らだって呪われちまう」
「くっ……モネ、アキレアは、あとどのくらい保ちそうなんだ……?」
モネはそこで、アキレアの額に手を当てた。そして、しばらく黙した後、口を開く。
「……進行は、比較的緩やかなものだと思います。だけど、たぶん朝までは保たないと思います」
「それを過ぎたら、どうなる……?」
僕は恐る恐る聞いた。いや、答えが聞きたかったわけではない。半ば義務感に突き動かされるように、口にしただけだ。
それを知ってか知らずか、モネは口ごもるようにして、聞き取りづらい声で答える。
「……完全に黄金に呑まれてしまえば、解呪したとて、元に戻るかどうかわかりません」
元に戻るかわからない。
それは、恐らく最大限の婉曲表現なのだろう。
だって、戻らなかったら。それは。
「……なら、刻限は日の出までか……どうあれ、時間は無いようだな」
「どちらにせよ、呪いの元に近づくのなら、私たちも影響を受けることになると思います。悠長に、動く余裕は……」
「そんなものは、最初からない」エーデルは、帯びた剣の柄に手をかけながら。「行くぞ、モネ、カナタ。この島も、アキレアも救うのだ」
僕は当たり前のように言って、敵地に向かおうとするエーデルに反論をしようとした。
危ないところに、どうして僕が行かなければならないのか。
戦えない僕が行っても、足手まといになるのではないか。
そんな考えが過ったが、首を振って頭から追い払うことにした。
今回ばかりは、完全に僕の責任だ。これだけ、情報があったのに、彼の命を危険に曝してしまった。
なら、ここで待っているという選択肢はない。少しでも、何かの力になれるのなら、僕は尽くさなければならないのだろう。
そうしなければ。
僕は、無力な自分を許せそうにない。
「……よお、待てよ」
不意に、背後から弱々しい声が聞こえた。それが、伏したアキレアのものだと気がつくのに、そう、時間はかからなかった。
振り返ったのは、最後尾を歩いていた僕だけだった。慌てて彼の下に駆け寄れば、彼は一目で無理をしているとわかるような、ボロボロの笑みを浮かべる。
「行くんだろ、カナタ」息も絶え絶えに。
「悪いな、俺が倒れちまったばっかりによ、もうちっと、気い張っとくんだったぜ」
「……何言ってるんだよ。それこそ、僕の方が、未来だって見てた。何が起こるか、知っていたのに……」
馬鹿で。愚鈍で。蒙昧で。
何も無いから、何も出来なかった。
「……そりゃあ、違うぜ」
だというのに、僕の自虐を彼は一言で断じた。
「人は、過去の行いじゃ決まらねえのさ。これから何をするか、何を成すかだけが、お前の価値を決めるんだ」
彼はそこまで口にすると、握った拳を、僕の胸に当てた。
とん、と軽い衝撃。しかし、そこからじわじわと熱いものが広がるような気がした。
「船に、予備の剣が積んである。姫様が昔、剣の稽古に使ってたもんだ。非力のお前でも扱えるだろ」
「……アキレア」
「姫様と、モネを頼んだぜ。お前は、お前にできることをするんだ」
ああ、とだけ返し、僕は彼に背を向けた。
それ以上の言葉は必要がないような気がした。
全ては、終わったあと。
何もかもが片付いた後に、考えればいい。
店を出たところで、エーデルとモネは待っていた。
壁に凭れるようにして待機していた彼女は――僕を見ると、どこか好戦的な、それでいて年相応にも見える笑みを見せる。
「……いい顔になったな、カナタ。用意はいいのか?」
決まっている。
僕がやらなきゃいけないことも。
僕がやるべきことも。
なら、もう、躊躇はいらないだろう。
「――ああ、行こう」
見上げれば、空には黄金に輝く月が双つ。月光が僕らを彩り、行く先を照らしてくれていた。
――船出の刻は、今。
そう、強く感じるのだった。




