二章『黄の島』-8
暗闇の中に、剣の輝きがいくつも閃く。
銀色の筋が走り、その度に、鉄を打ち鳴らすような激しい音が弾けた。
「い、よっしゃああああああ!」
気合いの声と共に、アキレアが横薙ぎに剣を振るう。洞窟の主は避けようとしたものの、間に合わず、その胴体に浅く傷が走る。
しかし、アキレアは追撃の手を緩めない。体をぐるりと回転させ、そのまま振り向きざまの突きを放てば、それは翼膜に突き刺さった。
途端、一際大きな声で怪物が鳴く。
それと同時に、周囲の暗闇から数十体もの小型の蝙蝠が現れ、一斉に襲いかかってくる。
それを彼は、自分の身を翻しながら放った剣で振り払った。ヒュンヒュンと、風を切る音に混じり、蝙蝠たちの体が裂ける音と断末魔が聞こえてくる。
と、それを凌いだのも束の間。切り裂かれた群れの隙間から、怪物がアキレアに襲いかかる。
「ぐ、おおおおおっ!」
一度突き立てられれば、骨肉を深く抉るであろう、その鋭い牙による一撃を彼はどうにか剣で防いだ。
しかし、衝撃は凄まじいものであったのか、そのまま後方に吹き飛ばされ、岩壁と激突した。
「おい、大丈夫かよ!?」
僕は思わず、駆け寄ってしまいそうになった。
いくらアキレアが強いとはいえ、本来の展開ならばモネとエーデルを加えた三人で戦った相手だ。
それを、単独で撃破するということがどういうことか――僕にも、わからないわけじゃない。
望まない展開――。
旅の終わり――。
再び、その言葉が頭を過る。
しかし。
「……はっはっはっはァ! なあに深刻な声してんだ、カナタァ!」
砂煙の中から、アキレアは立ち上がる。
その瞳には、弱った気配など微塵もない。そこに灯るのは、戦いを楽しむ、戦士としての喜悦の色に他ならなかった。
「俺がこんな奴に負けるわけねえだろうが……見てろよ、勝負は一瞬で決まるぜ」
彼はそう言うと、剣を腰だめに構え、深く腰を落とした。気配が変わったことに気がついたのか、蝙蝠が甲高い雄叫びを上げる。
しかし、既に遅かった。限界まで引き絞られた弓から放たれるように、アキレアの体は、加速して――。
「――これで、終わりだ」
一瞬。
目にも止まらぬ速度で駆けたアキレアの進んだ後には、一閃の軌跡が残されるばかり。
そして、僅かばかりの静寂を挟んでから、蝙蝠はその場に、ゆっくりと崩れ落ちた。
その体には、真二つに分断する線が入っており、間違いなく、命までもが両断されているようだった。
「ふいー、まったく、苦労させやがってよ。野良の魔物の割には、随分と強えじゃねえか」
「あ、アキレア、お前……大丈夫なのか?」
僕の言葉に、彼はからかうようにして笑う。
「おう、かすり傷よ、この程度。鍛え方が違うもんでな」
そうして力こぶを作るようなジェスチャーをした彼だったが、すぐに表情を引き締めると、足元に転がる怪物の死体を睨みつける。
「しっかしよ……こいつら、どっから来たんだ?」
彼の言葉に、思わず辺りを見渡す。見る限りでは、僕らが通ってきたこの道以外の通路は見受けられない。
この蝙蝠たちは一体、どこから入ってきたというのだろうか。
「まあ、考えたって仕方がねえだろう。それよりも、こいつが呪いの元凶だったって可能性はねえのか?」
「いや、違うな。こいつらはあくまでも、偶然発生した魔物……のはずだ」
加えて、『遺物』も持っていなかった。ならば、完全に目的の魔物ではないだろう。
もしかすると、この魔物たちはもともと、この辺りの土中にできた空洞か何かに住み着いていたのかもしれない。
それを人間が掘り当ててしまったことにより、今回の騒ぎが起こった。それならばまだ、納得できそうな話だ。
と、そこまで考えたところで、アキレアが激突した岩壁が、ガラリと崩れる音がした。
そちらに視線を向ければ、自然岩の凸凹の向こうに、何か規則めいた現在の気配――レンガの壁のようなものが埋められているようだった。
「おい、アキレア、それ、何かわかるか?」
そんな風に口にしながら、僕は、壁の方に近づいて付こうとした――。
――その時だった。
不意に、視界の端でアキレアが膝から崩れ落ちた。
彼は先程まで振るっていた剣を投げ出し、重い音を立て、その場に横たわってしまった。
まるで、全身の筋肉から力が抜けたかのような。
そんな、奇妙な倒れ方だった。
「アキレア? おい、どうしたんだよ……」
僕はそんな風に軽い調子で聞きながら、彼の下に近づこうとして。
「っ、駄目だ、来るなっ!」
予想よりも何倍も切羽詰まった、鬼気迫るような声に押し返された。
足を止めた僕に、彼は這いずるようにして近づいてくる。先程まで機敏に駆けていた人間とは思えない、鈍重な動きだった。
彼の身に、何が起こってしまったのか。
考えるよりも早く、その答えは、僕の目の前に現れた。
やっとの思いで、空洞の入り口辺りまで辿り着いたアキレアは、そのまま壁に凭れかかり、荒い息を吐く。
――その首元には、不吉な、黄金の輝きが拡がっていた。
「……『黄金病』っ!?」
いや、おかしい。僕は自分で叫んでおきながら、すぐにそれを否定した。
本来の展開ならば、ここで『黄金病』を発症するのは、モネであるはずだ。
その彼女は、地上に待たせてある。ならば、一体、どうして――。
僕は、そこまで考えて、ようやく気がついたのだ。自分が、とんでもない思い違いをしていたことに。
『ねえ、絵本のこと、よく思い出して。きっとこのままだと、よくないことが起こる。きみの、望まないてんかいになる』
その言葉が、冷や汗と共に、頭の中をリフレインしていた。




