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二章『黄の島』-7

 黄の島の鉱山は、島の北部に位置していた。


 木の枠で固められた入り口には、恐らく採掘した鉱石や荷物を運ぶのだろうトロッコのようなものが数台止まっており、あちこちに、採掘道具と思われる工具や木箱が置かれている。


 見れば、鉱夫や現場監督と思しき人々が、頻繁に出入りしているのが見える。どうやら、今も金鉱は忙しく働いているようだ。


 僕らがそこに辿り着いた頃には、陽も傾き始めていた。西日に照らされた鉱山には、少しずつ松明の灯りが灯り始めている。


「さて、ここからどうするか、だな」


 エーデルは顎に手を当て、考え込むような仕草を見せながら、そう呟いた。


「ああ、僕らは部外者だ。そう簡単に、中にゃ入れてくれないだろうよ」

「『黄金病』の根源が、ここにあるかもしれないと話したらどうだろうか、私たちの目的は、皆を救うことなのだと」


 彼女の真っ直ぐな言葉に、僕は首を振った。


「駄目だ。僕らが提示できる根拠はなにもない。そもそもが、全部憶測なんだ。領主との話し合いが決裂した時点で、真っ向から入れてもらうのは無理だろ」

「なら、忍び込むというのか?」


 エーデルは少しだけ不満そうに眉を吊り上げた。忍び込む、というのは彼女の流儀に反するのだろうが、今回ばかりは仕方がない。


「それが最善だろうな。もう少しで期が来るはずだ、そうしたら、少人数で忍び込もう」

「……となると、問題はただ一つだな」


 そう言って、エーデルの視線は横合いに立つ大男に向けられる。自然、僕とモネも、同じ方向に目を向けた。


 言うまでもなく、そこにいるのはアキレアだ。しかし、別れたときとは違う。派手な金色のジャケットと、シルクハットを身に着けている。


 頬に咲いた赤い紅葉は、先程エーデルにぶたれた痕だ。彼は()ねたような、バツが悪そうな顔をしながら、僕たちの視線を迎え撃つ。


「……な、なんだよ、お前ら」

「なんだよも何もあるか。そんな金ピカで、どうやって潜入しろって言うんだよ」


 先程、彼と合流した時の話だ。


 アキレアは集合場所に戻ってきていた。少しばかり酒が入ったように赤く染まった頬はさておき、武器の手入れも、無事に終わったようだった。


 問題は、その浮かれきった装いだった。 


『い、いや、よう。ほら、服屋の姉ちゃんが、おじさん似合うー、なんて言うもんだから、つい、な』 


 なんて言い訳をしたところ、鋭い平手打ちをもらい、今に至るわけだ。とはいえ、すぐに脱がない辺り、変に気に入っているのかもしれない。


 彼は、シルクハットを被り直しながら言う。


「い、いや、別にいいだろうが。人目が無くなりゃ、服なんて」

「アキレア」聞いたことのないくらい冷たい、エーデルの声だった。「脱げるな、今すぐに」


 その声色には、有無を言わさぬ圧力のようなものがある。


 屈したアキレアが、しょぼくれた様子で着替えに向かおうとした、その時だった。


「……何だか、騒がしいみたいです」


 不意に、背後に控えていたモネが呟く。


 彼女の指す通り、鉱山の入り口に目を向けてみれば、確かに慌ただしい様子が見て取れた。幾人もの鉱夫が、落ち着きなく右往左往している。


「ここからでは離れすぎていて、何が起こっているのか分からんな……モネ、彼らの声を届くようにすることはできるか?」

「はい、少し、待っててください……」


 モネがそこから、何事かを二、三小節呟けば、すぐにスピーカーで拡大したかのように、僕らの下に声が届く。


『魔物が――』

『鉱山の奥――』

『まだ誰かが残されて――』


 それを聞いた途端、弾かれたようにエーデルが立ち上がった。


「――どうやら、緊急事態のようだ」


 剣を持ち、すぐにでも駆けていこうとする彼女を、僕は止めた。


「わ、ま、待てよエーデル。助けに行くのはそうだけど、全員で行くのはマズい」

「何故だ、全員で向かい、迅速に制圧したほうがよかろう」


 と、僕はそこで答えに窮した。



 自然と、視線がモネの方に向く。この鉱山を探索しているうちに、彼女は『黄金病』にかかってしまうのだ。そして、最終的には片目も失くしてしまう。


 可能であれば、モネは鉱山に来てほしくない。けれど、一人だけ置いていくということはできないだろう。


 迷う僕を、エーデルはじっと見つめている。まるで、答えを持っているかのように。


 けれど、答えられない様に我慢できなくなったのか、静かな声で問いかけてきた。


「……もしかして、何か見えたのか?」

「……そんなところだ、とにかく、全員で行くのは本当にマズい。ここは、エーデルとアキレアの二人で……」


 と、そこまでを口に仕掛けたところで。


「それなら、俺らが二人で行ってくりゃいいわけだ」


 茂みから現れた太い腕に肩を組まれる。振り返るまでもなく、それがアキレアであることはわかった。


 ……しかし、二人で、とはどういうことだろうか?


「……なに、呆けた顔してんだ。俺と、お前の二人で行くんだよ」

「は?」思わず、間抜けな声が出た。「ちょっと待て、僕は戦えないんだぞ!」

「戦えなくても、未来は見えるだろ。それなら、危険を感知したり予知したりすることはできる。なら、暗い洞窟の中での戦いには、十分活かせるはずだ」


 真剣な表情で口にする彼の言葉は、言い返す余地もないほどに正しいものだった。


 僕は、この鉱山で彼らが戦うことになる魔物のことも、ある程度は知っている。


 その知識が助けになる可能性はゼロではない。しかし、戦えない僕はむしろ、足手まといになりかねない。


 ならば、ここは戦える二人に行ってもらうのがベストなのではないか――?


「――いや、ここはやっぱり……」



『ねえ、絵本のこと、よくおもいだして』



 ドクン。


 心臓が大きく跳ねる。

 先程の、人影からかけられた言葉。


 一体どうして、それがこんなにも引っかかるのだろうか。


『きっとこのままだと、よくないことが起こる。きみの、望まないてんかいになる』


 望まない展開。

 では、この状況で起こり得る、最悪の事態とは何だ――?


「――いや、やっぱり、僕が行く」


 しばらく考えた末に、僕はそう、結論を出した。


 一番恐ろしい事態とは、主人公がいなくなること――エーデルがやられてしまうことだ。


 ならば、彼女とアキレアを二人して、観測外で危険な場所に送り出すという選択肢はあり得ない。


 元の物語にはいない、いなくなっても、展開が変わったりしない、僕が行くのが最適解だ。


「……いいのか、カナタ」


 エーデルが問いかけてくる。試されているのは、恐らく覚悟だ。


 僕には覚悟なんて全く無いけれど、それに対して、一応の返事を返すことくらいはできる。


「ああ、行こうか、アキレア」


 絵本の中の大戦士を伴って、僕は鉱山に近付いていく。


 しかし、どうしてだろうか。それでも、胸騒ぎは消えないままだった。


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