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二章『黄の島』-6

「なんなのだ、あの領主たちは!」


 エーデルの叫び声に、通りを行く人々が皆、こちらを振り返る。


 珍しく、彼女の眉間にはシワが寄り、怒っているのだということがひと目でわかる。今まで、彼女がここまで大きく感情を動かしているところは見たことがない。


 あの後、集合時間になっても姿を現さなかったアキレアのことは一旦置いておき、僕らは領主の館を目指すことになった。


 高台の上にある立派な屋敷で僕らを迎えたのは、年の頃五十代近い、でっぷりと太った男だった。玄関にも、廊下にも、嫌と言うほどに悪趣味な金製の美術品が並べているのが印象的だった。


 向き合ったエーデルは流石だった。洗練された所作で男の前に跪くと、そのまま毅然とした態度で、『黄金病』の惨状を訴えた。


 訴えたのだが――。


「くそっ、思い出しても腹が立つ! あの男、言うに事欠いて『住民たちのでっち上げ』だと? これだけ、街の人々が苦しんでいるというのに…!」


 彼女は拳を握り、だいぶ頭に血が上っているようだった。


 怒っている彼女を見るのは久しぶりだが、ひとまず、このままにしておくわけにはいかないだろう。


「まあ、落ち着けって。あんな奴、味方に引き入れたっていいことはないだろ」

「それは……そうだが、しかし、あそこまでの傲慢、私には看過できぬ……!」


 僕とモネは顔を見合わせた。どうやら、話しても無駄であるようだ。


 領主の態度が酷かった、というのは勿論あるが、彼女自身が真っ直ぐな統治者であろうと努めているのも大きいのだろう。その彼女にとって、あの男の態度は、許せるものではなかったのだ。


「……こうなれば、アキレアを見つけ、一刻も早くこの問題を解決せねばならない。カナタ、まだ、未来は見えないのか?」

「ああ、悪いけどからっきしだ。だけど、怪しいところに目星くらいはついてるぞ」


 被害者は、鉱山で働く鉱夫やその家族が大半だったという。


 ならば、どうあれ最初に様子を見に行くべき場所は、一箇所しかないだろう。


「……鉱山、だな?」


 エーデルも同じ結論に至っていたようだ。


 僕は静かに頷く。確か、絵本の中にも鉱山を調べに行く展開はあったような気がするのだ。


 そして、そこでモネは『黄金病』にかかってしまうのだが、その次のページは呪いの主と対峙するシーンだった。


 ならば、恐らく鉱山には何か、呪いの主の居場所がわかるような手がかりがあるのだろう――それならば、行かないという手はない。


「そうだな、わかった。しかし、アキレアを抜きにして敵が潜んでいるかもしれない場所に踏み入るのは非常に危険だ。もう一度だけ、集合場所を確認しに行きたいのだが、構わないか?」

「ああ、それは大丈夫だ。モネも、それでいいな?」

「……はい」モネは控えめに頷いた。


 エーデルはそれを確認すると、ずんずんと前に進んでいく。モネも、その後に続く。


 僕は二人の背中を見つめながら、その後を追おうとして。



 不意に視界の端に映る、『それ』を目にして立ち止まった。



 僕よりも、頭一つ背の低い華奢なシルエットだった。頭から汚れたローブを被ったその姿は、煌びやかな衣装とも、鉱夫たちのそれともどこか違う、妙な違和感を放っていた。


 ローブの人影は、僕の方に真っ直ぐに歩いてきた。あれは、なんだろうか。絵本では見たことがない。明らかに不可思議な存在だった。


 『それ』は僕の直ぐ側まで来ると、ぴたりと静止した。そして、顔を見上げることもなく、ぽつりと呟く。


「……来ちゃったんだね、カナタ」


 その声は、少年とも少女ともつかない。どこか懐かしいような、どこかで聞き覚えがあるような、そんな、幼さを帯びた高い声だった。


 人影は面食らった僕が言葉を紡げぬのをいいことに、さらに続ける。


「ねえ、絵本のこと、よく思い出して。きっとこのままだと、よくないことが起こる。きみの、望まないてんかいになる」

「――っ、お前!」


 人影は確かに今、『絵本』と言った。


 僕以外に、この世界で『絵本』の存在を知っている登場人物……? いや、考えたってわからない、だってそんなもの、いるはずがないのだから。


 しかし、狼狽する僕に構わず、人影は続ける。


「エーデルも、モネも、アキレアも。旅がこの島で、おわってしまうかもしれない。そうしたら、きみはなっとくできるの?」


「……な、何の話をしてるんだよ、お前……!」


 旅が、終わる?


 だって、そんなはずはない。物語はまだまだ続くのだ。僕は、この先のお話だって、ちゃんと知っている。


 そんな僕の狼狽を見抜いたのか、人影は僅かに俯いた。向けてくる視線が、僅かに憐憫の藍色を帯びる。


「らしんばんを捨てるなら、自分のちずをえがいて。いつかのカナタに、ゆるしてもらえるように――」


 そこまでを口にした人影は、瞬きと同時に、姿を消していた。


 僕はただ、そこに立ち尽くすことしかできなかった。あれは一体、何だったのか。一体どうして、絵本のことを知っていたのか。


「……? おーい、カナタ。早く着いてこないと、置いていってしまうぞ」


 遠くで呼ぶエーデルの声に、僕は思わずハッとした。すぐに振り返って、彼女らに駆け寄る。


「どうしたんだ、急にぼーっとして。もしかして、何かわかったのか?」

「……い、いや、なんでもない」


 なんでもないんだ。

 その言葉を、心の中で否定しながら。


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