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二章『黄の島』-5

 その病については、絵本の中でも詳しく描写されていた。


 『黄金病』。

 黄の島に蔓延(はびこ)る、恐ろしき風土病。


 一度発症してしまえば、症状の進行は凄まじく早く、ほんの数時間程度で、末期症状まで悪化してしまう。


 皮膚に現れた金色の痕は、瞬く間に全身を覆い、やがては人間を、黄金の立像に変えてしまう。


 まるで、金に取り憑かれたこの島の業を煮詰めたような、そんな病だ――。



「――いえ、病ではありません」



 患者の側に屈み込んだモネは、先程までの動揺が嘘だったかのような冷静さで、そう告げた。


 僕たちのいた店の奥、寝台のある部屋を、店主は快く貸してくれた。そこに寝転がらせた男を囲むように、僕らは立っている。


「病ではない、とはどういうことだ?」


 壁に(もた)れたエーデルが問いかける。つい先程、騒ぎを聞きつけて合流した彼女は、上陸したばかりの時の緩んだ雰囲気とは違う、いつも通りの凛とした表情をしていた。


「はい」モネは振り返らずに言う。「これは病ではなくて、呪いです」

「呪いだと? それは……」

「恐らくは、魔物の手によって影響を受けているものかと。治療するには……大元の魔物そのものを倒すしかありません」

「……なるほどな」


 エーデルは考える時に、腕を組むのが癖なのかもしれない。次に視線が向けられたのは、そんなくだらないことを考えていた僕の方だった。


「そして、カナタ曰く、その呪いの主とやらが『遺物』を持っている……ということか」


 僕は頷く。絵本の筋書きでは、道端に倒れていた発症者を見つけたことで、彼女らは呪いの存在に気がつくのだ。


「なら、話が早いじゃないか。モネ、魔物の仕業だと言うのなら、魔力を追えばすぐに見つかるだろう」


 しかし、モネは弱く首を振った。


「……難しいです。恐らく、この呪いは島中に拡がっています。あちこちに気配が拡散してしまって、どこが根源なのか、見当もつきません」

「そうか、すまないな。なら、カナタの未来視の方はどうだ?」

「……悪い、僕の方もからっきしだ。この呪いのことを追っていけばいつか辿り着ける、ってくらいしかわからない。だけど――」


 僕はそこで、モネに視線を向けた。

 彼女は意味もわからず、僅かに首を傾げている。


「……モネは、気を付けたほうがいいかもしれない。不吉な予感がするんだ」


 慎重に、言葉を選ぶ。

 絵本の展開では、魔法使いのモネは黄金病にかかってしまうのだ。


 そんな彼女を治すために、エーデル姫とアキレアは島をかけずり回り、怪物を討伐する。


 しかし、治すのが遅くなってしまったために、モネの右目は黄金から戻らなくなり、失明してしまう――確か、それが正しい流れのはずだ。


 エーデルは僕とモネにそれぞれ一瞥(いちべつ)をくれると、深く頷いた。


「確かにな、魔法の腕はともかく、一番体が弱いのは彼女かもしれない。呪いとはいえ、病と呼ばれているのなら――注意しておくに越したことはないだろう」

「……私は、その、大丈夫です。呪いへの抵抗はありますから。呪いそのものに、近付きすぎたりしなければ」

「でも、現にモネは呪いにかかるんだ。島の探索中に、突然倒れて――」


 と、そこまでを口にして、思わず、しまったと口を塞ぐ。


「……まるで、見てきたようにモノを言うのだな」


 そんな僕に、エーデルの不審げな視線が突き刺さる。しかし、それはすぐにからかうような笑みへと変わった。


「冗談だ、未来視とやらで観た景色なのだろう? ならば、可能性の一つくらいに考えておいたほうがいい」

「……ああ、それで頼むよ」


 僕は高鳴る心臓を押さえながら、一つ息を吐く。


 危うくボロが出るところだった。この世界が絵本であるなどと、彼女らに伝えたら何が起こるかわからないのだ。


 発言は慎重に。慎重に。何度も、自分に言い聞かせる。


 と、そこで、不意に背後の扉が開いた。


「どうだい、お客さんはよくなったかい?」


 現れたのは、店の女主人だった。でっぷりとふくよかな彼女は、その巻き毛を後ろで一つに括りつつ、前掛けの紐を直しながら部屋に入ってくる。


「あ、ああ、店主殿。すまない、実はまだ、応急手当しかできてないんだ」

「無理もないね、ここのところ、うちの常連も何人か倒れてるけど、一人だって治った試しがありゃしない」


 店主は溜め息と共に口にすると、手近な椅子に腰を下ろした。ギシ、と木製の椅子が大きな音を起てる。


「……この呪い、じゃなくて病気にかかる人って、そんなに多いのか?」


 僕は尋ねてみることにした。彼女の口ぶりでは、一人や二人というわけではないだろう。


「そりゃあ、多いさ」彼女は当然のように。「私が知る限りでは、もう三十人は倒れてるね。みーんな、鉱山で働く鉱夫や、その家族ばっかりさ」


 店主の発言に、エーデルが眉をひそめる。


「……三十人? なぜそんな状況で、この島の領主は動かないんだ」

「そりゃまあ、領主サマのご家族やお役人たちには被害が出てないからね。結局、痛くなきゃわからないってやつなのさ」


 そんなものか、と僕は呆れた。まさか、物語に出てくるような悪徳領主がいるだなんて。いや、実際にここは物語の中なのだが――。


 しかし、エーデルは違った。硬く拳を握り、その目元を鋭く引き絞っている。まるで、何かに憤っているかのように。


「……ご婦人、その、領主殿はどちらに住まれているんだ?」


 彼女の問いに、店主は窓の外を指さした。


「ほれ、あの高台さね。むかーしは採掘場の入口もあそこだったんだが、今となっては、別の鉱脈が見つかったもんでね、領主サマの一族しか近寄らない場所になっちまった」


 その方向を、彼女は強く見据える。

 言葉にはしないものの、何を言いたいかが何となくわかるような気がした。


「……モネ、カナタ」


 そして、それはすぐに現実になる。


「アキレアと合流して、領主の下へ急ごう。もう、一時なりとも我慢ならん」


 まあ、そうなるよなと。

 僕は半ば諦めるように、首を振るのだった。


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