一章『赤の島』-9
エーデルひめたちは あかのしまにつきました
そこでは さばくにすみついたまものが みんなをこまらせていたのです
ひめさまたちは かいぶつをたおしに さばくにいきましたが かたく あつい からのせいでけんがつうじません
じかんばかりがすぎていくなか みっかがたったあるひ とつぜん すこしばかりのあめがふりました
つめたいあめがかいぶつをひやすと なんと かいぶつのからにひびがはいったのです
エーデルひめのつるぎが かいぶつをきりさくと そこには いにしえのいぶつがのこされていました
よろこぶエーデルひめたちでしたが かいぶつにこわされたさばくのまちは もう なおりません
どこかおもいきもちをかかえながら エーデルひめたちは しまをでるのでした――。
***
「……そう、確か、こんな感じだ」
赤の島の港。僕は一人、誰に向けたわけでもない言葉を呟く。
あの後、僕たちは港まで帰ってきた。
砂漠の悪魔が討伐されたという知らせは、すぐに島中を駆け巡り、盛大な宴が開かれた。
日が落ちる中、火を囲んで酒宴に興じる人々に、僕はどうしても混じれなかった。だから、そっと抜け出して、ここまで来たのだ。
考えるべきことは、考えなければならないことは山ほどある。
――どうして、絵本の中の世界にいるのか?
――英は、どうなったのだろうか?
――僕は、生きているのだろうか?
夜の風に当たりながら考えるも、答えはない。ただひたすら、悩み続けるほかないのだろう。
「……ここにいたのか」
不意に、背後から声がかけられる。
振り返れば、そこにはエーデルが立っていた。普段の軽装鎧すら外した彼女は、華奢で、それでいて真っ直ぐな立ち姿をした、年相応の少女に見える。
「宴には、混ざらないのか? 今回の件の立役者は、お前だろうに」
「……そういうの、柄じゃないんだ。騒がしいのとか、あんまり好きじゃない」
「そうか、それは、勿体ないな」
彼女は、僕のすぐ隣に並んだ。そうして、二人で海を眺める。
肌を撫でる風。
暗い空を流れる雲。
そして、水面に揺れる煌めく月。
何もかも、作り物のようには見えない。まるで、現実のような、それでいて夢の世界。
現実味は、未だにない。けれど、全ての感覚器がこれを現実だと認識していた。
「……そう言えば、聞いてなかったな」エーデルは、ぽつりと。「カナタは、どこから来たんだ?」
「別に、ここじゃない、もっともっと遠いところだよ」
「遠いところ、か。では、どうしてここに?」
僕は、少しだけ考える。
最後に見た景色。柵の向こうに立つ英、そして、落ちていく中で、開いた絵本の頁。
どう答えるべきか、ほんの少しだけ、言葉を選びながら。
「……知り合いを追いかけてきたんだ」
「知り合い?」エーデルが首を傾げる。
「英、って名前の女の子。小柄で、飄々としていて、たぶん、僕と一緒にここに来たんだ」
「ハナブサ、か。変わった名前だな、だが、すまない。聞き覚えはない」
いいんだ、と僕は首を振った。
彼女が僕と同じように、この世界に来たという保証もない。あくまでもまだ、全てが、僕の夢であるという可能性は残っているのだ。
「……カナタは、ハナブサを探しているんだな」
「探してる、ってわけじゃないさ。ただ、いつの間にか、こんなところまで来ちまった」
そんなやり取りの末、エーデルは少しだけ、目を伏せた。何を思っているのか、黄金色の長いまつ毛が、ふわりと風に揺れる。
次の言葉まで、たっぷり数十秒。彼女は真っ直ぐにこちらを見据え、僕に言った。
「なあ、カナタさえよければ、私たちの旅についてきてくれないか?」
「……僕が?」少しだけ、僕は心臓が跳ねるのを感じていた。
確かに、ここが絵本の世界であるというのなら、主人公たちと共に行動するのは悪くない作戦だ。
しかし。
「……遠慮しておくよ、僕じゃ、足を引っ張るだけだ」
「そんなことはないさ、今回も、カナタがいたから『遺物』を見つけられた。怪物も倒せて、砂漠の集落も救えたんだ」
「それは……」
それは、僕が物語の展開を知っていたからだ。
確かに、本来の絵本の筋とは違い、砂漠の集落は破壊されずに済んだ。けれど、それは、あくまでも結果論に過ぎない。
それでも、彼女は止まらない。僕の両肩を掴みながら、さらに続ける。
「わからないなら、はっきり言おう。カナタ、お前の『未来を見る力』が、私たちには必要だ」
その力強い言葉に、思わず揺らいでしまいそうになる。
自分が何かを持っている人間なのだと勘違いしそうになる。
けれど。
「……やめてくれ、僕はそんなんじゃない。何も特別な人間じゃないんだ、剣も振るえない、魔法も使えない、それに、心だって強くない」
何度も変わりたいと願った。
けれど、変わることはできなかった。
だから、透明人間になろうとした。
そんな僕に、居場所なんて。
それでも、彼女は、僕の鬱屈なんて吹き飛ばすように。
「なら、何度でも願え。変わりたいと、望む未来に進みたいと、目を閉じて念じるだけでいい。その意志が、潰えることはないのだから」
彼女はそこまで話すと、僕にくるりと背を向けた。そうして、宴の会場に向かって歩き出す。
去り際、彼女は確かに、僕に告げるのだった。
「出航は明日。日が昇ると同時に、この島を発つ。遅れずに来るんだぞ」
そうとだけ残して、去っていった。
残された僕は、安堵にも似た脱力感を覚えていた。
……強引だ。
僕の気持ちなんて、まるで関係ないみたいに、彼女は自分自身の心に従って、進んでいるのだろう。
それが、ひどく眩しく見えた。
眩しく見えた、から。
「……どうせ、行く宛なんか、ないしな」
足が、自然と動き始める。向かうのは、宴の会場。遠くから、アキレアが豪快に笑う声が聞こえてきた。
例え、これが今際の際の夢だったとしても。
今は、物語に沈むのも悪くはない。
言い訳のようにそう唱えながら、僕は歩きだすのだった。




