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一章『赤の島』-7

 僕たちはひたすらに走り、走り。砂に足を取られたモネをアキレアが抱き上げながらそれでも走り。気がつけば、日が落ち始める頃になってようやく、あの怪物を撒くことができた。


 辿り着いたのは、砂漠の端に位置するオアシスだ。一先ず腰を下ろして、息を吐く。


「ぜえ、はあ……お前、何で急に走り出したりしたんだよ……!」


 モネを地面に座らせ、肩で息をしながらアキレアがどうにかそれを絞り出す。


 睨みつける視線も、先程までに比べて弱々しい。やはり人ひとりを担いで走るのは、相当な負荷だったのか。


「……私も、聞かせてもらいたいな。まさか、普通に逃げただけ、ということはあるまい?」


 頷く。そう、あの怪物は、サンドワームは、真っ向から立ち向かっても倒せない。


 だからまずは、距離を取る必要があった。準備をする時間が、少しだけ必要だった。


「ああ、普通にやっても、あいつには剣が通らない。倒すためには少しだけ、頭を使わなきゃな」


「……確かに、お前の言うとおりだ。俺の剣も、エーデルの剣も、モネの魔法だって通りゃしなかった」


 巨体もさることながら、厄介なのは、あの――。


「外殻だな」エーデルは肩を竦めながら。「あの速度で地中を掘り進んでも自壊しないようにしているのだろう。あいつの外側は、非常に硬い」

「……そ、それだけじゃ、ないです」


 恐る恐る、といった様子で、モネが手を挙げる。皆がそちらに視線を向ければ、少しだけ驚きに肩を跳ねさせてから、さらに続けた。


「表面に、強い熱を纏っているのも問題です。あれのせいで、私の魔法も、ほとんどかき消されてしまっていました」


 確かに、記憶を辿れば、彼女が生み出した火の玉はどれも、あの怪物の表面で弾け飛んでいた。


 あれでは、致命傷にはなりようがない――普通なら、そうかもしれないが。


「……なあ、その、モネって言ったっけ」


 僕は彼女を威嚇しないように、そっと話しかける。

 それでも彼女は、少しだけ目元を歪めたが、それを見ぬふりして続ける。


「あんたの魔法なら、もしかして――とかって、できるのか?」


 モネは少しだけ怪訝そうに、首を傾げる。


「は、はい……この場所でなら、どうにか……」

「よし、わかった。これならどうにかなりそうだな」

「おい、待てって、全く状況が見えて来ねえぞ。それがどうして、あの化け物を倒すことに繋がるってんだよ」


 そう、口を尖らせるアキレアだったが、彼にもやってもらわなければいけないことがある。


「アキレア、あんたはサンドワームを一瞬でいい、足止めできるか?」

「な、なんだよ、そりゃあ……まあ、やろうと思えばできるけどよ」

「よし、それなら、最後は――」


 僕の視線は、このやり取りを、一歩引いたところで眺めていた――。


「……私だな」


 ――エーデルは委細承知した、と言わんばかりの様子で、静かに頷いた。


「ああ、エーデルにはアキレアの後ろに控えていてもらって、止めをお願いしたいんだ」

「だが、私たちの剣は弾かれたぞ。有効打にならないんじゃないのか」

「……かもな。だけど、一か八か、上手く行けば可能性はゼロじゃない」


 ゼロじゃないなら。

 やる価値は、多少なりともあるだろう。


「……おい、ちょっと待てよ」アキレアが手を挙げた。「それ、誰かがサンドワームを引き付けなきゃ、上手くいかねえんじゃねえのか?」


 自分の中で、聞き覚えのある声が止めに入るのが聞こえた。


 やめておけ。

 これ以上は、厄介なことになる。


 それを言わなければ、僕は気が付かなくて済むのだから――。


「――僕がやる」

「あ? お前、何言って……」

「僕がやるって言ってるんだ、引き付け役、必要なんじゃないのか?」


 口にしながら、頬を汗が滑り落ちていくのがわかった。


 暑さのせいじゃない。膝が震えているのも、きっと同じ気持ちのせいだ。


 でも、やらなきゃいけない。僕がこの絵本の登場人物でいるためには、そのくらいの覚悟は固めなきゃいけないんだ。


 僕の目を、エーデルが覗き込む。まるで綺麗なビー玉みたいな、透き通って乱反射する、青い瞳だ。


「……なあ、カナタ。ひとつ教えてくれ」


 彼女は、まっすぐと僕に問いかけてくる。


「お前は、未来が見えると言っていたな。もし、私たちがこの作戦を実行しなければ、どうなるんだ?」


 少しだけ、答えに困った。


 この作戦を実行しない場合――それは、つまり僕が関わらない、絵本本来の展開の場合、ということだ。


 それを、登場人物たる彼女に伝えて良いものか。逡巡を振り払うのに、たっぷり数秒を要した。


「……三日」僕は、震える声で言う。「三日後、本当に僅かだけど、砂漠に雨が降るんだ。そこでようやく、事態が好転する」

「なるほど、三日か……そんなに時間がかかっては、島の住民たちの暮らしは、もう取り返しがつかないことになるかもしれないな……」


 エーデルは、そこでしばらく考え込むように腕を組んだ。そして、そのキラキラと輝く髪を一房、指で弄びつつ、答えを出す。


「……わかった、カナタの作戦でいこう」


 彼女の声には、確信めいたものがあった。


 僕を信じてくれたのか、それとも、僕になんか見向きもせずに、合理性で決めたのかはわからない。


 どうあれ、覚悟は伝わったようだ。


「姫様がそう言うんなら、俺に異論はねえけどな。まあ、三日も足止めはごめんだ……賭けてみるかい」

「二人が良いなら、私も協力します……」


 アキレアとモネも、渋々、といった様子ではあるが、頷いてくれた。


 見れば、視界の先で、ゆっくりと日か沈もうとしている。半分ほど海に溶けた太陽の輝きが、僕たちの影を長く伸ばす。


 やらなきゃ、いけないんだ。

 僕はもう一度、自分を奮い立たせた。



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