一章『赤の島』-5
男の話をまとめると、こうだ。
赤の島は作物が育ちづらく、漁業の他には砂漠地帯で作られる焼き物や、産出する宝石を交易して食料を得ていたという。
しかし、砂漠に『悪魔』が住み着いたことにより、肝心の砂漠地帯との行き来ができなくなってしまった。
それにより、一部の住民が暴徒、野盗と化し、たまに島を訪れる人々を襲っていたのだという。
「だとしても、許されることではないがな」
話の最後を、エーデルはそう結んだ。
「いくら自分が窮していても、他人から奪うなどというのは言語道断だ。奪った分だけ、心の中身は貧しくなっていくのだから」
彼女はそう口にすると、そこで、肩当てについた砂を払った。顔をしかめたのは、ザラリとした感覚が不快だったからだろうか。
野盗の男に話を聞いた僕たちは、砂漠地帯に向かっていた。
赤の島の砂漠地帯は、かなり広大だ。「島」とは言うものの、徒歩で横断しようとすれば、歩きづらさも加味して丸一日は必要だろう。
照りつける日が、肌を焼く。じわじわと地面から立ち上る熱気が、汗とともに体力も流出させていくようだった。
「なあ、みんな」僕は我慢しきれずに口を開く。「流石に徒歩で行くのは、無茶なんじゃないか?」
「嫌なら、勝手に港に戻ってても構わないんだぜ」
ギロリと、アキレアが睨みつけてくる。それを、エーデルが片手で制した。
「よせ、今の治安で港に置いていくことはできるまい。それに、馬やラクダに騎乗していけば、『悪魔』に出くわした時に、置いていかなければなくなるかもしれない」
彼女の言うことはもっともだった。
確かに、この砂漠のどこに危険が潜んでいるのかわからないのだ。それであれば荷物は少なく、身軽な方がいいに決まっている。
絵本の中で、砂漠に向かうシーンは『姫様たちは砂漠に向かいました』の一文だけで割愛されていた。まさか、紙背にこんな苦労があったとは。
「まあ、このまま歩き続ければ、夕方までには砂漠の集落に着けるはずだ。そうしたら――」
――と、そこで、背後から何かが砂に落ちるような音が聞こえた。
見れば、モネが膝をついていた。彼女は杖に縋るようにしながら、ゆっくりと、体勢を立て直そうとしている。
「おい、モネ、大丈夫かよ!」
駆け寄ったアキレアが、彼女を抱き起こす。
彼女はどこか、焦点の定まらぬ瞳で、僕たちの方を見据えている。
「ええ、はい……少し、暑さのせいで……」
「水は飲めるか。流石に、少し休ませないといけないな……」
エーデルの言葉に、僕は周囲を見渡した。
すると、すぐそこの岩陰に、丁度休めそうな日陰を発見した。あそこであれば、日光を遮ることはできるだろう。
「……少し、休憩にしようぜ。このままじゃ、僕も倒れちまいそうだよ」
「……そうだな、無理をするような局面ではない。アキレア、モネを担いでくれるか」
そうして、僕たちは、岩陰で身を休めることにした。
肌にまとわりつく暑さはそこまで変わらないが、少なくとも身を焼く日差しは凌げる。
「モネ、ほら、水だ。少しでもいい、飲めるか?」
「う、は、はい……」
水筒を抱えるようにして、モネは少しずつ水を飲む。肌からは赤みが退いてゆき、先程よりは幾分、顔色が良くなってきたようだ。
「まだ、砂漠の集落まではかなりありそうだな」
遠くを見渡しながら、アキレアが口にする。
「流石に、日が暮れるまでには着けると思うが、うっかり迷うと厄介だぜ。なあ、もし『悪魔』に出会ったら、どうするつもりなんだ?」
その問いかけに、エーデルは少しだけ考え込むように俯いた。
そして、何かを堪えるように、ぽつりと呟く。
「本来であれば、討伐してやりたいところだ。住民たちが困っているのを、見過ごせない」
しかし、そこで彼女は目を背けた。
その瞳が、僅かに宙を泳ぐ。
「……だが、私たちにも旅の目的がある。『遺物』を探す旅、そのためには、悪いが危険に踏み込むことはできない」
「見殺しにする、ってことかよ」
思わず、そんな言葉が口を衝いた。
慌てて口を噤んでも、もう遅い。凄まじい勢いで、アキレアが首元を掴み上げた。
「おい、言い方ってもんがあんだろうがよ!」
万力のような握力が、僕をギリギリと締め上げる。
けれど、駄目だ。彼女らは『悪魔』と戦わなければならない。
だって、『遺物』は――。
「――『遺物』を持っているのが、『悪魔』だったとしてもかよ……?」
僕の言葉に、一同は目を剥いた。
ああ、二度目の失言だ。けれど、これは言うしかないだろう。言わなければ、僕の読んだ展開から外れてしまうのだから。
「お前、今、何て……?」
アキレアが、呆然としたように口にする。心なしか、握力も緩んでいるような気がした。
隙あり、と僕は彼の手を振り払うと、僕は何度か咳き込んでから、さらに続けた。
「聞いてなかったなら、もう一回言ってやる。僕には『遺物』の場所と、そして、少しだけ未来のことが見える。この島で『遺物』を持っているのは――お前らの言うところの、『悪魔』だよ」
流暢に喋りながら、心拍が上がるのを感じていた。
もう、どうにでもなれ。絵本の展開はなぞっているのだ。それならば、誰にも問題はないだろう。
「……カナタ、お前は」
エーデルが一歩、距離を詰める。
それは明らかに警戒している間合いだった。返答次第では、僕も先程の野盗と同じようにやられてしまうかもしれない。
けれど、僕が。
僕が物語の中に役割を見出すには、これしかないと思ったのだ――。
と、そこまで思考したところで、不意に、背後の砂丘が弾けた。
「――っ、なんだ、何が起こった!!」
エーデルの声が、鋭く伸びる。
舞い散る砂、ひっくり返る天地。自分が転がったのだと理解したのは、それから数瞬後のことだった。
辺りに、影が差している。それは、僕らが休んでいた岩の影ではない。
何か。
何か巨大なものが、すぐそばに屹立している。
「おい、モネ、動けるか!」
「は、はい、なんとか……!」
ふらふらと、モネが立ち上がる。それと同時に、アキレアとエーデルがそれぞれ剣を抜いた。
先程は、あれほど心強かったはずのその輝きが、今は心許ない。それほどまでに、僕らの目の前に現れた"それは"巨大な存在だった。
一言で表すのなら、大きなイモムシ、と言ったところだろうか。問題はその大きさ、二十メートルはあろうかという長さの体が、まっすぐと天に向かって伸びている。
それだけではない、さらにまだ、体の続きが砂の中に残っているようだ。
相当な高熱を放っているのか、その表皮――まるで爬虫類のような大振りの鱗に覆われたそれは、陽炎めいた歪みを周囲の景色に発生させていた。
砂の中を進むためだろうか、それとも、哀れな被害者を丸呑みにするためだろうか、頭のど真ん中に開いた円形の口には、無数の歯が並んでいる。
――僕は、そいつの名前を知っている。
サンドワーム。
砂漠の悪魔、サンドワームだ――。




