第四章: アンナ様
ある朝兄様はミサを連れて街へお出掛けになられました。
ミサは連れられるまま、街を見渡しながら歩いておりました。
そして立ち止まった先、そこは
不動産屋にございました。
「ミサ、新しい家買うぞ」
「おうちにございまするかっ!?」
「おう、俺たちの家だ」
「わぁぁああ!ミサと兄様のお家にございまするぅぅううう!!」
ミサは興奮を隠し切れずに
街中で飛び跳ねて喜びました。
野宿の生活が苦であった訳ではございませぬが
「ただいま」と言える我が家が恋しく感じておりました故・・・
店の中に入り兄様は何やら店員様と難しいお話をしておりましたので
ミサはお店の中から街行く人々をいつもの様に眺めておりました。
そしてふと目に留まったのが一人の美しい女性にございました。
金髪の肩まで伸びた髪、全ての人を魅了させるであろう赤い瞳
そして、意思の強そうなお顔立ち。
ミサから見れば裸同然のようなお召し物を着ておりましたが
それもまた美しいものでございました。
一見してどこかのお金持ちの方だということが幼かったミサにも分かりました。
(そのお方がかの有名なソリドール家の跡取り娘様だということは
後々知るミサでございまするが)
あまりのお美しさに見とれておりますると
すっかり兄様のことなど忘れておりました。
「-----サぁ?ミサあぁ?おーい、ミサー?」
ハッとして我に返るのでございまするが
ミサはあのお美しい方の存在をすぐにでも兄様に知らせたかったのでございます。
「兄様っ!兄様っ!!今先ほど、とてもお美しい方が店の前を通られましたっ!!」
兄様の着物を引っ張り窓の方へと引き寄せようとするのでございまするが
兄様は聞く耳を持ちませぬ。
「おぉーおぉー そいつぁ良かった。また会えるといいな。
で、だな・・・この物件と、この物件、どっちがいい?」
はい、ミサたち兄妹は人の話を聞くのが大の苦手でございまする。
兄様もミサの話をお聞きになりませぬし、ミサも兄様の話を聞かず
噛み合わない会話になる事もしばしば・・・。
この時兄様は物件のことで頭がいっぱいでございましたのでしょう。
ミサの話など綺麗にお流ししてくれました。
「俺はこっちがいいと思うんだが・・・それともこっちの方がいいか?」
二つ並べて見せてきましたのは
どちらも前の神社の家に比べたらお屋敷のような家。
ミサは間を置く事無くお返事いたしました。
「嫌でございまする。ミサは前いた神社のような小さな家がよいのでございまする。」
大きな家に一人でいる寂しさ
小さな家に一人でいる寂しさ
寂しさの大きさが家の大きさと比例しているように思われて
ミサは小さい家を好んでおりました。
「む・・・そ、そうか・・・・んじゃ、ちょっと・・・・」
そう言って兄様はまたお店の方とお話しをはじめました。
そして決まった我が家は
街外れにある小さな小屋のような家。
いいえ、むしろあれは小屋と言い切ってもよい家であったでございましょう。
店を出て、早速その小屋に向かおうとすると
またあのお美しい女性に遭遇したのでございます。
ミサはまた興奮を隠し切れずに
つい大声を出して叫んでしまいました。
「あーーーーーーーー!先ほどのお美しい方にござりまするぅぅうううう!」
「・・・・・・・はぁ?」
思いっきりそのお方を指差し
その場で飛び跳ね兄様を呼び止めました。
そのお方は不振人物でも見るようにミサと兄様を見ておりました。
「兄様っ!!この方にございまするっ!さっきミサが言ったお美しい方にございまするっ!」
「バッ!!コラっ!!人を指差すなっ!!(ゴツン)
あぁ・・・ どうもすいませ~ん」
ゴツンという音はお気づきかと思われまするが
兄様がミサにゲンコツを下した音にございまする。
信じられないとおっしゃる方もおりまするが
いえ、本当に痛いのでございます。
あれでも手加減しているとおっしゃる兄様が怖いと思っておりました。
声にすら出せぬ痛みで涙を溜めておりますると
兄様はヘラヘラしながらミサの頭を思いっきり押して下を向かせたのでございます。
米神には太い血管が浮き出ておられます。
ミサは頭を下げていましたので、
兄様とお綺麗な女性のやりとりを目にすることは出来ませんでしたが
兄様はさぞ怖いお顔で笑ってらっしゃったのでございましょう。
「ほんっとにすみませんねぇ~・・・ちゃんと言って聞かせますから~・・・」
「べ、別に気にしてないっ!///」
「ほらぁぁあああ!
このお方も気にしてらっしゃらぬと申されたではございませぬかぁあ!」
頭を上げ口を尖らせながら兄様に弁解しようとも
むしろこの発言は逆効果でございまして・・・。
「おま・・・心優しい人でよかったがなぁ・・・
いいかっ!礼儀っていうものはだなぁ・・・・・!」
あぁ、あぁ、はじまりました・・・兄様の永遠と続くお説教が・・・
心の中でミサはそう呟いていたのでございまするが
あまり口答えするとまたゲンコツを食らうので黙って聞いておりました。
(兄様のお説教はチクチクチクチク長ったらしいものでございまして
最長3時間でございましょうか。
その間ミサはひたすら正座で、足の痺れをどう癒そうかとばかり終始考えておりました。)
今回のお説教は街中にござりまする。
いつ終わるのかと思っておりましたが、思わぬところから助け舟が出たのでございます。
「おまえ達、今不動産屋から出てきたよな?」
そのお美しい女性はミサをお説教から救ってくれた女神とも言えましょう。
男勝りな口調からは想像出来ぬほどの鈴の鳴るようなお声が
ミサに降ってきたのでございまする。
「おぉ、そうだが・・・」
「家でも買ったのか?」
「そうだ。」
「どこの家だ?」
「あっちの方角、街外れだ。じゃ、俺たちは先を急ぐんで。」
兄様とそのお方のやり取りは淡々としたものでした。
歩き出す兄様を小走りで追いかけるものの
一度振り返り、そのお美しいお方に一礼をして
またミサは兄様の後を追いかけました。
すると後ろから聞こえたのは鈴の鳴るようなお声でした。
「おまえ、名はなんという!」
兄様は振り返ることも無く歩き続けておりました。
「イノリだ」
「イノリか・・・私の名はアンナだ!」
「アンナ・・・覚えておこう」
これがミサ達兄妹とアンナ様の始めての出会いにございました。
(`・ω・´)←