第二章: 街
思い起こせばなんとも波乱万丈な暮らしをしておりましたのでしょう。
森で物の怪に食べられそうになる日もあれば
鬼アヤカシと戦う日もございました。
グータラな兄様に猪を狩るよう命じる事もしばしば。
(ちなみに兄様の猪鍋は天下一品にございまする。)
しかしミサは毎日幸せに満ち溢れておりました。
帰る家が無くとも、ひもじい思いをしようとも
兄様と一緒の旅が楽しくて仕方ありませんでした。
どんな危険があろうとも
兄様はミサを必ず守ってくださいました。
ですから、ミサは安心しきって
心から兄様との旅を楽しめたとも言えましょう。
ある日兄様は、とある大きな街に行く事を決心なされます。
きっと、ミサに安定した暮らしと不自由ない生活を与えたかったのでございましょう。
(ミサはそのような事をこれっぽっちも望んでおりませんでしたが)
「おー、ミサ。これが街だ。」
街の入り口で立ち止まる兄様の後ろから
小走りで駆け寄るミサに振り向く事もなく
街を眺めながら兄様はそうおっしゃいました。
「ふぇ~・・・待ってくださいまし~・・・・」
優しい兄様ではございましたが
ミサを甘やかす事はありませんでした。
いつもいつも、ミサは兄様の背中を追いながら
小走りしておりました。
兄様のお傍に駆け寄ると
ミサは唖然としてしまいます。
あぁ、今でも覚えておりまする。
大きく高い建物の威圧感・・・。
この様な場所でこれから生活をするのかと思うと
ミサは不安で仕方ありませんでした。
「・・・ほぇ~・・、こ、これが街というものでございまするか・・・・」
「そうだ、これが街だ。行くぞ~」
驚いているミサに振り向く事もなく
歩き出しながら兄様はそうおっしゃいました。
「ま、待ってくださいまし~!!」
街の中に足を踏み入れると
それはそれは、世にも珍しい物で満ち溢れておりました。
見たことも無い骨董品、綺麗な色をした石、
うさぎや猫や犬のような耳の付いている人に変わったお召し物を纏っている人。
人の流れに圧倒されながらも、世にも珍しい物から目が離せずに
周りをキョロキョロと見渡しながら歩いておりました。
「まずは金だな。ミサ、ここで待ってろ」
ミサをベンチに座らせると
兄様はそうおっしゃって人の波に飲まれるように消えて行きました。
見知らぬ大きな街
見知らぬ人々の流れ
一人取り残された不安感・・・
誰かに気づいて欲しいという思いでいっぱいにございました。
どのくらいの時が過ぎたのでございましょう。
ミサは人の流れを見つめていることに飽き始めておりました。
そんな時ふと目に映ったものは・・・
可愛いらしい雑貨屋さんでございました。
ミサは夢中になって店を覗いておりました。
心躍らされるような色とりどりの小物ばかりを取り揃えておりまして
我を忘れて見入っていました。
ふと我に返ると
頭の中に響く兄様のお声。
『ここで待ってろ』
「・・・・・・。」
兄様に怒られる事を恐れ
顔を真っ青にし、慌てて店を出るや否や
元の場所に戻ろうとするのですが
何せ右も左も分からぬ見知らぬ土地。
ミサは完璧に迷い子となっておりました。
と、同時に溢れ出るは不安と恐怖。
この世で本当に一人ぼっちになってしまったかのような思いは
ミサの心臓を引きちぎらんとばかりに襲いかかりました。
「・・・・兄様・・・兄様あぁ・・・・・・・・」
その場にしゃがみ込みベソをかきながら
ひたすら兄を呼び続けまました。
神楽鈴を鳴らし、街行く人々に助けを求めるも
立ち止まる人はおろか、振り返る人もおりません。
と、その時
賑わう街中で微かに聞こえたのでございます。
ミサを呼ぶ兄様の声が。
かなり遠くにいらっしゃったのでございましょう。
幻聴とも取れるほど
小さな、小さな声にございました。
声も出せずに泣いていたミサでしたので
必死で神楽鈴を鳴らし
兄に合図を送ったのでございます。
「・・・――――ぁ~~!ミサあぁぁあ~~!!」
近づいてくる兄様の呼ぶ声に顔を上げ
ここぞとばかりに声を張り上げました。
「兄様あぁぁあああ!兄様ぁああああ!」
「ミサっ!!!」
兄様のお姿を発見すると同時に
ミサは思いっきり兄様に抱きつき縋る思いで泣きました。
「兄様あぁあ!ごめんなさいぃぃ!!」
兄様はミサを咎めませんでした。
その代わりにミサの頭を優しく撫でてくれたのにございました。
(´・ω・`)←