職業選択ミス
全3話の短編です。
一時間以内にまとめて投稿いたします。
「ニット。もうお前とは一緒に冒険には行きたくないって全員が言ってんだよ!」
冒険者が集う酒場の片隅で、パーティリーダーのゼクスが僕を指さして声を荒げた。
テーブルには僕を含めて六人の男女が座っている。
そしてゼクス以外の四人もそれぞれ顔に浮かべているのは、僕に対するあからさまな不満だ。
「いや、でも僕の職業は君たちのせいでも……」
人間は誰もが成人である十六歳を迎えた年始めに教会に集まって、自分が目指したい『職業』を決める儀式を行う。
そしてその選んだ『職業』に会わせて【スキル】という特殊な神の加護を授かることが出来るのだ。
例えば『戦士』を選べば剣術関係のスキルや、体強化のスキルが身に付くし、他にも『農業家』を選べば農業に関わるスキルが身に付く。
もちろん同じ『戦士』や『農業家』でも、その後どんな方向を目指して努力をしたかによって得られるスキルは変わってくる。
守るための役割を与えられて訓練した『戦士』は、【剣術】スキルの代わりに【盾捌き】スキルを得たり、畑仕事ではなく鶏舎で卵を扱う仕事を続けた『農業家』は、【植物安定成長】スキルの代わりに【ひよこ雄雌判定】スキルを得たりするのだ。
そして僕が儀式で選んだ職業は――『遊び人』だった。
僕が『遊び人』というふざけた職業を選んだのには訳があった。
儀式の前日に今この場に集ってるも含め、成人の儀式に出席する面々が集まってパーティを開いた。
その席で、日頃真面目で酒も飲まなかった僕によってたかってみんなが酒を飲ませたのだ。
別に悪気があったわけでは無いのもわかっている。
誰だってこれから先の自分の人生を決める決断を明日に控えて怖さもあったのだろうし、それを一時でも忘れたくて騒ぎたかったのだろう。
そんな中でひとり素面な僕が標的にされたのは必然であった。
僕もそんな場の空気に流され、慣れない酒を何杯もあおった――
そして気がついたら僕は司祭様の差し出した『職業経典』の中にあった『遊び人』という文字を指さしていたのである。
名前から既にわかるだろうが、この『遊び人』という職業は職業リストの中にあること自体がおかしいもので。
教会の司祭様曰く「長くこの儀式をやっているが、この教会で『遊び人』などというふざけた職業を選んだのは君が初めてだ」とのこと。
「本当なら僕は『魔法使い』になるはずだったのをお前らのせいで……」
「人のせいにするんじゃ無い」
「いつまでもグチグチグチグチと。小さい男ね」
「役立たずな『遊び人』のお前を、可哀相だと思って僕たちは冒険者仲間に誘ってやったってのによ」
「なのにアンタと来たら、魔物と戦ってる間も一生懸命戦ってるアタシらの後ろで馬鹿みたいに踊ったりお手玉したりしてさ」
「正直気が散って仕方が無いんだよ。だからさ、辞めてくれないか?」
僕は絶句した。
なぜなら彼らが言っている踊りもお手玉も、僕が『遊び人』の支援スキルだったからである。
踊りはパーティ全体の攻撃力を上げ、お手玉は敵の気をそらして攻撃を遅らせる効果があった。
そして、そのことはパーティの全員に教えてあったにもかかわらず、彼らは僕がただ遊んでいるだけだと思っていたらしい。
「あれは支援魔法を掛けてるんだって言ったじゃ無いか」
「支援魔法?」
「あれが支援魔法だなんて法螺、まだついてるんだ」
「効いてるのか効いてないのかさっぱりわからない支援魔法なんて支援魔法とは言えないな」
「むしろ目の端でチラチラと馬鹿なことやってる姿が見えて、邪魔で逆効果だったわね」
たしかに僕の使えるスキルはまだまだ未熟で効果も低いかもしれない。
だけど全く効果が無いどころか邪魔でしか無いは言い過ぎだ。
「わかったよ!」
僕は馬鹿にしたようにして嗤う五人を涙目で睨み付けながら立ち上がると叫んだ。
「今日限りでこのパーティから抜けさせて貰うよ!」
「なんだよ突然大きな声だしやがって」
「はいはい。役立たずな遊び人はとっとと帰っちまえ」
手首を振りながら「しっし」とゼクスは野良猫を追い払うような仕草をする。
そして他の五人も立ち上がった僕を馬鹿にするような目で見上げ、各々手にしたエールジョッキを掲げると。
「じゃあ今日はニットのお別れ会だな」
「主役はもう帰る見てぇだけどな」
僕は無言で踵を返すと酒場の出口に向かう。
悔し涙を浮かべて歩くその背中に向けてゼクスが嘲笑を含んだ声で叫んだ。
「今日の酒は俺たちの奢りにしといてやるよ。あ、お前はジュースしか飲めないんだったか」
僕は悔しさに歪む顔を誰にも見せたくなくて、酒場を飛び出したのだった。
◆◆◆◆◆◆
「ちょっといいかの?」
ニットが酒場を飛び出してすぐ。
カウンター席で酒を飲んでいた一人の老人がニットのことを肴にエールを飲んでいるゼクスたちに声を掛けた。
「あん? 何のようだ?」
「もしかしてさっきのを見て何か説教でもしにきたのお爺ちゃん」
既にかなり出来上がってる彼らに、老人は特に怒るわけでも無く話を続けた。
「いや、何。少し珍しい言葉を聞いて気になってのう」
「珍しい言葉?」
「さっきお主らは出て行ったあの坊主のことを『遊び人』と言っておったじゃろ?」
「ああそうさ。アイツは世にも珍しい『遊び人』を職業に選んだ馬鹿だよ」
老人の眉が少し動いたが、ゼクスたちはそれに気付かない。
「大体なんだよ『遊び人』って」
「俺が職業選んだ時にはそんなもん無かったぞ」
「アタシも記憶に無いー」
ゼクスたちはそのまま老人を放置して、ニットがいかに役に立たなかったかを嗤いながら話し出す。
つい先ほどまでの同じパーティの仲間に対するものとは思えない内容に、老人のもう片方の眉も動く。
「ふむ。どうやらあの坊主はお主らと別れることが出来て良かったようじゃな」
「ん? 爺さんなんか言ったか?」
「いや、なんでもない。これは情報料じゃ」
老人はそう言うとテーブルに銀貨一枚を置いて、そのまま酒場の外に向かって歩いて行く。
何やら嬉しそうに口角を少し上げて店を出た老人は、何かを探すように左右を見た。
「こっちか」
探している者を見つけたのか、老人は足を繁華街の奥へ向ける。
「やはりワシは運が良い……こんなふらっと寄っただけの店で後継者を見つけることが出来たのじゃからな」
そう呟いた彼の瞳は、とても老人のものとは思えないほど鋭く光る。
そして老人は一度だけ酒場を振り返ると一言言い残し、その場を去っていく。
「あやつらは、自分たちが『運』を手放したことにいつ気がつくのじゃろうな」




