それは僕には関係ない
雨の朝、地下鉄のホームはびっしりと立ちつくす通勤客で埋まり、ムシムシした空気が不快だった。何かあったのか、ホームの人は動かないし、隣に並ぶおばさんはびしょびしょのビニール傘を僕のズボンにくっつけてくれるしで最悪だった。
「いい加減にしろよ! 何なんだこれ! いつ次の電車が来るんだよ!」
偉そうな小太りのおっさんがひょろっと背の高い駅員に食って掛かっていた。
ホームの端っこに入れるか入れないかという位置にいる僕からは、電光掲示板が覗けない。何があったのかわかるかもしれないと、おっさんの怒鳴り声に耳をすました。
「はぁ? 青森で人身事故? それでなんで東京の電車が止まるんだよ! ふざけんなよ、そんなの俺達には関係ないだろ!」
おっさんの言うことには一理ある。確かに青森なんて遠すぎて、僕たちには関係ない。
人身事故なら、電車が再開するのにはそれなりに時間がかかりそうだ。諦めて僕は改札に向かうことにした。ちょっと歩けば別の路線がある。
人をかき分けて前に進もうとしたそのとき、背中から女性の甲高い悲鳴が聞こえた。思わず振り返った。
「人が落ちたぞ!」
「大丈夫ですか! すぐにはしごを持ってきます!」
駅員が焦っているところを見ると、さっきのおっさんがホームから転落したようだった。
突然、ホームに耳をつんざく大音量の警笛が響き渡る。更に一オクターブ高くなった悲鳴があちこちからあがった。
電車はホームを通過するのかと思うぐらいに勢いよく入ってきて盛大なブレーキ音をたてて止まった。ヒステリックな悲鳴や、救急車という叫び声を背に僕は改札に向かった。
プラットフォームまで十メートルぐらいあるし、そんな遠いところは僕には関係ない。