2、非リア国
2、非リア国
「気が付きましたか」
ちゅんちゅんと鳥の声がして、目を開けると、飛行機は停止していた。プロペラのやかましい音はいつの間にかやんでいる。どうやら飛んでいる間に眠っていたらしい。
体を起こし窓の外を見ると、飛行機は木々に囲まれていた。青々と生い茂る広葉樹林で、木はがっしりと根を生やし、木漏れ日が顔を照らす。風が時折通り抜け、葉ががさがさと音を立てる。
飛行機から降り、改めて周囲を見渡した。やはりここは森の中。周囲に建物らしきものはない。
アジトとやらはここであってるのか? まさかこの森がアジトだとかいうんじゃないだろうな。
「まさか。アジトは目の前にありますよ」
オカモトがぺチンと指を鳴らした。その瞬間、絵が上書きされたかのように、突如巨大なビルが森の中に現れた。現れたというより、最初から存在していたかのようだ。コンクリート造りの巨体の数えきれないほどの窓から光が漏れ、この自然豊かな場所では明らかに異彩を放っている。
「さあ、こちらへ」
オカモトは平然とビルの入り口に進む。
俺はこの瞬間、30年間信じてきた、自分の中の常識を捨てた。
中に入ってみると、そこは一見普通のよくあるオフィスと変わらなかった。エントランスには革張りのソファやテーブル。受付に人がいないことを除けば普段仕事で行くビルと変わらない。
オカモトに続いて、エレベータに乗り込む。
1階から18階までボタンがずらーっと並ぶ。どうやら見かけ以上にこのビルは高いらしい。
オカモトは、また指を鳴らした。ぺチンという音が狭い室内に響く。
すると、何もなかった壁に、突如真っ黒のボタンが現れた。オカモトはそのボタンを躊躇なくおした。不吉なにおいがプンプンする。核ミサイルの発射スイッチもこんな感じに違いない。
ガタンという音とともに、エレベータはゆっくりと下へ動き出した。
体感では1分くらい降りただろうか。かなり深くまで降りたと思う。チン、と小気味良い音が鳴り扉が開いた。
エレベータから降りると、俺は言葉を失った。
そこには「街」があった。
道路がありそこを車が走り抜け、街路樹があって、道に沿って建物がある。レンガ造りや木の家。どこからどう見ても地上と変わらなかった。まるで夢でも見ているようだ。
道行く人は普通の服を着て普通の顔をした人間で、やはり白い仮面に黒い布をかぶった格好のオカモトは異彩を放っていた。恰好が異様なのはオカモトだけらしい。
さらに驚いたことに、上は青い空が広がり、太陽があった。
「驚きましたか?」
どういうことだ、地下に町があるなんて。
「かつて、ある能力者がいました。君と同じく30歳になり能力に目覚めた童貞です。彼は空間をそのままコピーする能力を持っていて、東京のとある街の風景を地下にまるまるコピーしました。そして作ったんです。リア充のいない世界、この非リア国を。ここには駅でいちゃつくカップルもいないし、路上でキスする輩もいません。非リアの非リアによる非リアのための国、それが非リア国です」
非リア非リアうるせえな。確かに聞こえはいい。リア充の輩がワイワイ騒いでいるのを見れば、そりゃ俺だって不快に思うさ。でも、だからと言って果たしてここが俺にとって理想郷と呼べるのだろうか。リア充を排除した国が、俺の望む世界なのか?
そんなおれの葛藤は誰吹く風で、オカモトは言った。
「いきましょう、非リア城へ」
数分歩いて気付くことがあった。基本的には日本の一般的な都市の風景が並ぶが、唯一異彩を放つものがあった。それは、家と家、ビルとビルの間に見え隠れする、西洋風の城である。通天閣や東京タワーのようにそびえたち、ヨーロッパ風のいかにも国王や王女様が住んでいそうな作りだ。
歩くこと30分。ようやく城にたどり着いたころには俺は汗でびっしょりになっていた。
案内されたのは国王室と呼ばれる大きな部屋だった。ナイトの鎧の置物や誰か知らんが白人の肖像画があり、アトラクションのようだ。赤いじゅうたんが一面に敷かれている。
皮張りのソファに座るよう言われた。冷房が効いた室内で涼んでいたところに。
「やあ、ようこそ非リア国へ」
その声とともに奥の方から現れたのは、50歳くらいだろうか、髪に白髪が生えた初老の男だった。この人が国王だろうか。場には似合わないスーツ姿で、エリートサラリーマンといった風貌。
は、初めまして。私は滝田と申します。
その重厚的な雰囲気につい気を押され、あわてて立ち上がり、営業用の挨拶をしてしまった。
「そう固くならなくてもよい。私はサガミ、この街を作ったものだ」
サガミは向かいのいすに腰掛け、俺にも座るよう勧めた。
あなたがこの街を…。
「君の能力は聞いている。隕石を落とす力……それは間違いなくリア充ブレイカーの中でもトップクラスの力だ。すさまじい戦力になるだろう。ぜひ我が国の一員となってほしい」
サガミはそう言い、右手を前に差し出した。
ちょっと待ってくれ、俺はほとんど何も聞かされず困惑してるところなんだ。勧誘する前にこの状況やらあんたたちのことやらを教えてくれ。
「まだ聞いていなかったのか? それは失礼した。では話そう。我々のすべてを。
ここは非リア国。リア充を滅ぼし、世界を非リアのものにすることを目的としている国だ。
非リア国は全員20歳以上の、人生で彼氏、彼女が一度もできなかった非リアにのみ国民となる権利が与えられる。
多くの人は普通の人間だが、一部特別な力を持った人がいる。1000人に一人の割合で、30歳まで童貞を守った男に特別な能力が宿るのだ。その力を、我々はリア充ブレイカーと呼んでいる。そしてリア充ブレイカーの力はリア充への憎しみの心が強ければ強いほど強化される。
その力を使って、我々はとある計画を進めている。その内容は国民になってからしか話せないが、目的は伝えよう。それは地上のリア充のせん滅だ。そして、その計画のためにはぜひ君に加わってもらいたいというわけだ」
サガミは言い終え、俺の方をじっと見つめた。まるで取引先から契約を迫られているような気分だ。
ちょっと考えさせてくれ。
俺はそう言って立ち上がった。とにかく頭を整理させたかった。
「いいだろう。分からないことがあったらオカモトに聞くがいい」
サガミはそう言い残し去っていった。