1非リアの目覚め
1非リアの目覚め
休日のデズニーランドは多くの人でにぎわう。
メリーゴーランドから響き渡るポップなBGM。ジェットコースターが通る音、響き渡るキャーッという悲鳴。客たちの話声。
道行く人を観察してみよう。
制服カップル、男は金髪で銀色のピアスを開け、ワイシャツのボタンを上から二つ目まで開けている。女はがっつりとメイクを施し、スカートは太もものほとんどがあらわになるほど短い。
若い夫婦、男はピンクのカーディガンで黒縁眼鏡。女はナチュラルメイクで白いワンピース。二人に手を引かれている4歳くらいの少女は手に風船を持ち、楽しそうな表情を浮かべている。
そんな幸せを具現化したような光景とは対照的に、隅っこのベンチにすわり、死んだ魚のような眼をしている、スーツ姿に無精ひげを生やしたおっさんがいた。滝田雄二30歳独身。そう、この俺だ。認めたくはないが。
まったくこんなところに来なければよかった。俺はいまさらながら後悔した。想像はしていたものの、実際目の当たりにしてみると思ったよか心にくるものがある。
会社の忘年会のビンゴ大会でたまたま当ててしまったデズニーランドペアチケット。一緒に行く相手もいねえし、金券ショップで売りさばくか、と思ったところに、「君、だれか一緒に行く相手がいるのかね?」 と二ヤついた顔で聞いてきた上司。
売り言葉に買い言葉で「一人で行っても楽しいんですよ、あそこは」とつい言ってしまったあの時の俺を殴りたい。
周囲は家族連れやカップルばかり。一人で園内をうろつくおっさんはどう見ても浮いてしまうことこの上ない。
来て早々やることもなく気力を失った俺は、ベンチを一人で占領し、ぼんやりと人の群れを眺め続けていたというわけだ。
はあ。口からもれたため息は、周囲の喧騒にかき消された。
ふと空を見上げると、俺をあざ笑うかのように真っ青な空。
目の前にいるリア充の姿を見て、いっそこいつらみんな死んでくれたらなあ。なんて、ふと物騒なことを考えてしまった。
いかんいかん、どうやら俺は目や耳にうんざりするほど浴びせられたリア充オーラに、気がやんでしまっているようだ。
さっさと土産でも買って帰ろう。そう思った時。
視界に異物をとらえた。
あれ、なんだろう。
青く晴れ渡る空の中心に赤い点のようなものが見えたのだ。思春期の少年の頬に現れたニキビのようなその点はどんどん大きくなっていく。
どこかで見たことあるような……。そうだ、映画で見たんだ。地球最後の日に地球に迫ってくる例のアレ。
そう、かつて恐竜を絶滅させたという……。
「隕石だああああああああああ」
誰かが野太い声で叫んだ。
人々が一斉に空を見上げた。
そう、突如現れた物体は、宇宙を旅する石の塊。俗にいう隕石だった。
どうやら、隕石がこのリア充どもの聖地に落ちる日に、運悪くここに居合わせてしまったらしい。
そんなことを考えている間に、あれよあれよと隕石はどんどん大きくなっていく。周囲には影ができ、視界は薄暗くなった。
「キャー」
周囲には悲鳴がこだまし、一斉に逃げ惑う人々。ドタバタと響く足音と悲鳴が耳をさく。
それを聞き、マジうるせえ、黙れ! と思うほどに、俺はなぜか冷静さを保っており、ベンチに座ったまま理性を失った人々の姿を俯瞰していた。あきらめの境地に早くも達したのか、それとも現世への執着心のなさゆえだろうか。
てか俺、このまま死ぬのかなあ。どうせ死ぬなら死ぬ前に有り金全部突っ込んでパチスロに行ってから死にたかったなあ。あとあのくそ上司を三発くらいぶんなぐってやりたかった。
走馬灯のように、好きか嫌いかにかかわらず様々な人の姿が瞼の裏に映る。
客をごみのように扱う近所のパチスロ屋のバイトの女、競馬で知り合ったギャンブル狂の相田、合コンに行った話を自慢げに語るが一回も誘ってくれない同僚の星野、会うたびに独身いじりをしてくる上司橋本……やべえ俺の知り合いクズしかいねえ。
ゴーッと耳を殴りつけるような音が響き、台風の時を思い出すくらいの風が体を襲う。顔に熱を感じた。まるでサウナに入っているようだ。
砂埃が舞い、ポップコーンが宙を舞い、俺の顔を襲う。おいおい顔が油でテッカテカになるじゃねえか、とどうでもいいことを思ったところで、身体を熱が包んだ。
視界が奪われ、真っ白な世界が体を包んだ。
なんだこれ、不思議な感覚だ。全身がひりひりする、股間にムヒを塗った時のことを思い出すような……。
徐々に視界が開けてきた。その光景を見て驚く。
戦時中の、空襲を受けた後の東京の写真を、昔見たことがある。その写真を現実にしたらこんな感じなんだろうなあ。一面焼け野原が広がっていた。でっかい山のアトラクションやお姫様の城は跡形もなく消え去り、遠くには、本来は建物が障害となって見えるはずのない海がありありと見える。
それどころか、さっきまでいた人々の姿や、アトラクションの姿はどこにもない。
周囲には人っ子一人おらず、俺だけがぽつんと取り残されていた。
なにこれ? え、どうなってんの? なにがおきたの? てかそもそも俺生きてんの? はてなマークが頭を駆け巡る。
「お見事です」
突如背後から聞こえた聞き覚えのない低い声に、俺は肩をはねさせてびくっとしながら後ろを振り返った。すると、そこには昔某映画で見たカオナシみたいな白い奇妙な仮面をかぶり、黒いマントを羽織った物体の姿があった。
身長は俺と同じくらいだから170くらいか。とにかく非常にうす気味悪い。妖怪や幽霊の絵を描けと言われた幼稚園児は、おそらくこんな感じの絵を描くに違いない。
とにもかくにも、こいつを生物と仮定するなら、どうやら隕石で生き残ったのは俺だけではなかったらしい。てかさっきまで周囲には誰もいなかったはずなのに、こいつはいったいどこから現れたというのだろうか。
お前は……誰だ?
俺は正常な頭の持ち主ならこの場で真っ先に思うであろう疑問を口にした。その問いかけに、その気味の悪い物体は突然膝まづいたかと思うと、お姫様に使えるナイトがごとく、胸元に手を当て、お辞儀し、答えた。
「私の名はオカモト」
拍子抜けした。なんだ、普通の名前じゃないか。てっきり妖怪か幽霊かそういった類かと思ったら岡本さんでしたか。肩に入った変な力が取れた気がした。
えーっと、俺の名は滝田だ。それより、教えてくれ、いったいぜんたいどうして遊園地を跡形もなく消し去る隕石が落ちたというのに、俺やお前は生きているんだ。そして、さっきまでここには何もなかったというのに、どうやってお前は現れた?
俺は一面に広がる焼野原とクレーターを指さし、疑問のすべてをぶつけた。
慌てふためく俺とは対照的に、オカモトは紅茶をすする淑女がごとく落ち着いた様子で、冷静に答えた。
「何をおっしゃいますか。ご自分がやったことでしょう」
はっ? 自分でやった? なにを?
「この隕石は、あなたが落としたものですよ」
思考が止まった。ナニイッテンダコイツ。こんな街を破壊する規模の隕石を自他ともに認める一般人の俺が落としただと? 寝言は寝てから言ってくれ。
「どうやらご自覚がないようですね。まあいいでしょう。お教えします。あなたは特別な力を持っているんです。おっと、そんないぶかしげな顔をしないでください。こんな話はご存じないですか? 30歳を迎えた童貞は、魔法使いになれる……」
突然べらべらと話し始めたオカモトに戸惑ったが、話が少し見えてきた。
30歳を迎えた童貞は、魔法使いになれる、確かにそんな話を聞いたことはある。なんなら、30歳の誕生日の日にはその話を思い出して、少し鬱になったこともある。まさか、童貞のまま30を迎えた俺は魔法使いになり、不思議な力を得たというのか? いやーおちつけ、そんなはずはない。30歳童貞が魔法使いになれるというのはいわゆる「ネタ」だ。マジレスすれば、実際に魔法使いになんてなるはずがないのであり、人差し指と中指をおでこに当て、魔貫光殺法! とさけんで実際に光線が飛び出ることと同じくらいありえない。
「ええ、たしかにそれは単なる都市伝説です。ほとんどの凡庸な人間にとってはね。まれにいるんですよ、私やあなたのような特別な人間がね。それを私たちはこう呼んでいます。リア充ブレイカーと」
やべえこいつ病気だ。早く何とかしないと。
「信じられないのも無理ありませんが、現実を見てください。どうしてあなただけが生き残り、私が突然現れたのか」
何も言い返せなかった。確かにここ数分間のすべての経験が、こいつの言うことを裏付けている。もし俺が特別な力を持っているなら、隕石を受けて唯一生き残っていることにも納得がいくし、オカモトが姿を消す何らかの力を持っているとすれば、突然現れたのにも納得がいく。しかし、そう簡単に超常的説明を認めるわけにもいかない。俺には平穏な日常を30年間送ってきたという自負があるんだ。
「まあいいでしょう。詳しい説明は後程にして。それより滝田さん、あなたをこれから我々のアジトにご招待します。それに、そろそろここは危険です。ヤツらが来る前にここを立ち去らなければなりません」
危険? 奴ら? 訳が分からん。物事は相手がわかるように言ってくれ。アジトに連れて行くって言ったか? どうやって? まさか歩いていくんじゃないだろうな?
オカモトは指をパチンと鳴らした。その瞬間、がれきの山の中に、突然小型のプロペラ機が現れた。オレンジ色の機体で、前に小型のプロペラがついている。
おい、どうなってんだ……。こいつは手品師か何かなのか?
唖然とする俺をよそに、オカモトは飛行機に近づいたかと思うと、乗り込んだ。
「何をやっているんですか? 早く乗り込んでください」
混乱を極め抵抗する気力を失った俺は、言われるがままに飛行機に乗り込んだ。この時の俺なら、どんな理不尽な要求にだってすんなり従ってただろうね。
どうにでもなれ、俺はつぶやいた。この世界はバグっちまったらしい。それとも狂っちまったのは俺の頭のほうか?
だが、少し冷静になって、ふと思う。突如秩序を失った現実に、ワクワクを抑えきれない自分もいるのだ。もしこいつが言うように、俺にもし隕石を落とせる力が宿っているのだとしたら……。
子供のころ、俺は特殊能力にあこがれていた。おでこに人差し指と中指を当て、叫んだ。でも、魔貫光殺法は何度やっても打てなかった。腕が伸びることもなかったし、チャクラを練ることもできなかった。この世界はやっぱり教科書の物理法則と同じようにできているんだと悟り、絶望した。でも、そうじゃなかったんだ。
昔から抱いていた満たされない気持ちが晴れるのを感じた。
プロペラが回りだすと、飛行機はブンブンを音を立てて、風を起こした。
「飛べ」気が付くと俺は叫んでいた。つまらない日常からフライアウェイするんだ。
飛行機は走り出し、がれきの中を突っ走った。
飛行機は海との境界すれすれで地面をけり、大都市と港を見おろすように飛び立った。