選ばれなかった可能性という名のもしも『隣を歩く私は……』
少しだけ長めです。
ーーーー今朝の集合場所（三葉視点）ーーーー
「…………。」「…………。ふぅ……。」
ーー気まずい。
私、大岡 三葉は人生で初めて……ここまで、人に話し掛ける事を躊躇し、どうすればいいのかと思い悩んだかもしれません。
それにこんな緊張感ーーこれまで私が生きてきた中で、一度も無かったかもしれない程のものです。
それ程までに、私はこのなんとも言えぬ緊張感にかつて無い程のプレッシャーを感じていたのです……。
「（き、昨日のあのタイミングでは……一葉も隣にいましたし、特に意識する事なく話し掛ける事が出来ましたけどーーいざ、自分から話し掛けようと思って話し掛けるとなると……なんだか、自分でも不思議な程異様に緊張してしまいます！）」
そうーーたしかに、昨日のように何でもない様子で話しかければ？と、そう思われるかもしれないですけど……少しだけ待って欲しいのです。
昨日と今日とでは……あまりに状況が違い過ぎると、私は声を大にして主張したいのです！（勿論、そんな事心の中でだけですけどね……。）
そもそも、昨日は妹さんの静恵さんとは2人きりじゃなかったですし、なによりーー今も静恵さんがじっとこちらを見てきている事が……私が相太くんの隣にいてもいいのかどうかを、じっくりと静恵さんに見極められているみたいでーーなんだか、とっても不安な気持ちに駆られてしまいます……。
すると、それまでジッと私の事を見ていた静恵さんはフッと破顔し微笑み、なんだか少しだけ悪戯っぽい笑みを、その顔に浮かべていて……？
「ふふ……ごめんなさい、三葉さん。ちょっと意地悪でしたね。別にーー三葉さんがお兄ちゃんに相応しいのか見極めようなんて、そんな変な事は考えてないのでそこは心配しないでください。
ーーそれと、私に昨日の事で思う事はあるとは思うんですけど……あまりそこについては、必要以上に気を遣って貰わなくても大丈夫です。」
と、どこか遠くを見るようなーー二学年歳下とは思えない大人びた様子で、静恵さんは私にそう言って、そのまま続けてーー
「昨日の事はお兄ちゃんと色々話し合って、少しだけ前向きになれました。それは私にとってもーーそれにお兄ちゃんにとっても必要な事で……。
とにかく！そんなきっかけをくれた三葉さんには私、正直感謝してるんです！だから……あんまり難しく考えず、気楽にお話しましょう？ねっ？」
と、静恵さんは落ち着いた様子でそう言うと、むしろこちらの事を気遣うように、少しだけ冗談めかした口調でそう私に笑いかけます。
そういえば、一葉が話していた事を思い出しましたが……静恵さんは一葉や相太くんの一つ下で、私に至ってはニ学年も違う、まだ中学生なのでした……。
「（こう言っては何ですが、静恵さんは相太くんの妹さんですが……相太くんとは、性格や容姿を含めてあんまり似てませんね？相太くんと違って、しっかりとした性格って言うか……ハッキリと物を言う性格とでも、言うのでしょうか？
勿論、それが悪いとか生意気だとか……そういう類の話ではないのですが、昨日の泣いていた所を見たからでしょう。あまりそのような印象を受けなかったので、いざ話して少し驚いてしまいました……。）」
昨日、私から見た静恵さんの印象はどこか儚げでーー言葉で上手く言い表せない、不安定な感覚をその雰囲気や立ち振る舞いから感じ取る事が出来たのですが……本人の言うように、少し前向きになれたという今日の静恵さんからは、そのような印象や雰囲気をを微塵も感じる事が出来ません。
ーーとは言っても、事前に一葉から『気さくで明るい女の子』と聞いていた事もあって、そんなに昨日とのギャップに違和感を感じる事はありませんでした。ただ、相太くんと比較してのその違いに少し驚いてしまっただけなのです……。
ですから私は、本来こちらが静恵さんをフォローする年上の立場である事を自覚しーー深呼吸を一つ。
「そうですね。……はい！私自身、静恵さんに直接会ってお話をする事に緊張していたかもしれません。
ですがーーもう大丈夫です！改めて、私はお兄さんに仲良くさせてもらっています。大岡 三葉です。
妹の一葉は先に静恵さんと仲良くなっていましたが……姉である私とも、その……仲良くしてもらえたらとっても嬉しいです！」
とりあえず、深呼吸を一つして落ち着いた私はそうして平常心を取り戻しーー敢えて自身を取り繕わず、正直に静恵さんとお話する事に緊張していた事実を打ち明けます。
そしてその上でーー改めて自己紹介し、『これから静恵さんと仲良くしていきたい。』というその意思を、迷わず彼女自身に伝える事にしました。
「（年上の身としては、こちらからそんな風に弱気な発言するのは少々格好がつきませんが……これに関しては仕方がありません。
これから静恵さんと仲良くなりたいのは本心ですし、何よりーーそんな所も含めて私ですから。初めから仲良くしたい相手にそのような姿勢では、相手に対して失礼で信頼は得られないというものです。）」
ーーやはり、人と人との信頼関係。それは適度な本音の吐露と相手に誠実に向き合うその気持ち……それこそが大切だと私は思うのです。
すると、そんな私を少し驚いた様子で見た静恵さんは驚きから一転ーー「あはは！」と、少しだけ先程よりも幼く見える笑みをその顔に浮かべていて……
「あはは！やっぱりお兄ちゃんから聞いていた通り、三葉さんってとっても真面目で可愛いらしい人ですね！ーーうん。お兄ちゃんが言った通りのとっても良い人だね。これは色々と手強そうだね……。」
「……えっ？て、手強そう？それってどういう？それよりも……か、可愛いっていうのは？」
「ふふふ、ごめんなさい。三葉さん。突然そんな事言っても訳が分からないですよね。
でも、誤解しないで貰いたいのですが……別に三葉さんの事を変にからかってる訳ではないんですよ？ただ実際に話してみてそう思っただけで……別に他意などはないので安心してください。」
そうして、私の事を『可愛いらしい人』と称した静恵さんは、先程よりも弛緩した空気をその身から発しつつそう述べると……その言葉の通り、私に対してニコニコとしていて普通に好意的な様子です。
そして、静恵さんのこのようにあっさりと緊張を緩めた様子から察するに、初めから私の事をある程度信用というか、元から私に対して悪くは思っていなかった……のですかね……？
ーーとは言え、そんな風にして考えてみると……なんだか、先程までの緊張が嘘みたいに無くなっていくのが自分でも分かります……。
すると、そんな私の心情を察してか……静恵さんは先程より少しだけイタズラっぽい笑みを浮かべ、私の事を覗き込むように上目遣いでこちらを見上げてーー
「ああ、そういえば……さっき私も三葉さんと実際に話してみて『可愛らしくて、誠実な魅力のある人だな。』って、そんな風に感じたんですが……。
実はお兄ちゃんもーーさっきの私と似たような感想を初めて三葉さんとお会いした時に感じてたみたいですよ？……勿論、さっきの『可愛らしい』って思った事も含めてですけどね。
なんせ今日の朝、三葉さんの事についてそんな風に私に話してくれましたから。」
と、私たちの少し前を歩く相太くんの後ろ姿を眺めながら、静恵さんはニコニコとそんな話をイタズラっぽい口調で私に報告してくれます。
それはどこか私の事を揶揄うようでいて……その実、私が緊張しないようにとわざわざこちらに話しを振ってくれた、静恵さんの気遣いからの行動でした。
……とは言え、それはあくまで、静恵さんが私を揶揄うというか……場の空気を和ませるために言った事なので、それを実際に相太くんが言っていたのかどうかは分からない。分からないのですが、やはりーー
「（静恵さんの言う通り、『可愛い』と相太くんが言っていたのかどうかは置いておくとしても……。
相太くんが自分から、ご家族に私の事を紹介してくれたというその事実が、私はとても嬉しく感じます。
だってそれはーー相太くんが私に少しでも興味を持ってくれているという証拠だから……。ただの1学年上の先輩というだけなら……それを話題にしたとしても、自分からその先輩を妹さんに紹介するなんて……そんな事しませんよね？）」
と、そんな風にして、変に自分の都合の良いように考えて、1人で勝手に嬉しくなってしまうのは……やはり、私自身『そうであって欲しい。』と、心のどこかでそう思っているからなのでしょうか……？
そして私は、そんな事を1人でボーっと考えてーーボっと、その場で1人赤面してしまいます。
すると、そんな私を横目に静恵さんは愕然とした表情で、困惑したように呟いて……
「……えっ？この反応って本当にホントなの……？
お兄ちゃんが仲良くしてもらってるって言ってたけど、案外、お兄ちゃんからの一方的じゃない……？」
「えっと……、その……どちらかと言いますと、私の方からお兄さんと仲良くさせてもらっています……。
でも……決して変な事を考えている訳ではないのです！相太くんの傷心につけ込もうなんて、そんな事は全然考えてなくて。
たしかにーー私から相太くんに声を掛けはしましたが、それは……相太くんに近づきたい下心があったとか、そういう訳じゃなくて……。」
すると、ふと自分を客観的に見てみると、相太くんの傷心を機に仲良くなっているという事実に気が付いてーー私がおたおたと、自身の潔白をどうようにして静恵さんに示そうかと、慌てていたところ……
またしても、静恵さんの方から『大丈夫ですよ。』と、優しくフォローを入れられ……あまつさえ、私の事を落ち着けるようにして、そっと私の手を自身の手で包み込んでくれます。
「大丈夫です。ちゃんと私分かっていますよ。そんな事ないってーー三葉さんは真っ直ぐな人ですから、そんな嘘をつく事ないって事ぐらい、ちゃんと……。
きっと、私にずっと後ろめたい気持ちというか、気にしていたのはその部分の感情ですよね？
ーーでも安心してください。私もお兄ちゃんも、そんな事全然気にしませんし……それに、そんな簡単な気持ちなんかじゃないですから。」
「でも……たまたまあの時は相太くんが傷心状態で、そんな時に私が声を掛けたから……相太くんは私を、私の事を慕ってくれているのかもしれません……。
そうであるとすれば私は……意識していないとはいえ、ズルをしてその隣にいる事に……。」
ーーダメです……。頭ではそんな事を考えても意味ないと分かっていても、ふと考えてしまいます。
『もし、あの時声を掛けていたのが私では無かったら、この関係はありもしなかったのではないか？』『もし、あの時声を掛けたのが、私以外の誰かであれば……その誰かが今ここにーー彼の隣を歩いていたのではないか。』と。
しかし、そんな事は考えてみても仕方のないーーIfの話であるということは分かってはいても、実際に今いる彼の後ろ姿や隣を歩く静恵さんの横顔に、多少の後ろめたさと例えようのない不安定な気持ちが、今も私の胸の内にはあるのです。
すると、私の手をそっと握る静恵さんは、少し考える素振りを見せたのち……この話の核心ーー私があえて口にしなかった部分について触れようとします。
「その……三葉さんは……あの人の事について心配……というよりも、躊躇いを感じてるんですよね？
自分がお兄ちゃんと仲良くなる事でどんどん離れて行く事になる。ーーお兄ちゃんの元彼女である……黛 麗奈さんに対して。」
「……っ！？やはり、静恵さんには分かってしまうのですね……。ーーはい、その通りです。たしかに私は麗奈さんに対して……そして、今この状況に対しても、多少の後ろめたさのようなものを感じてしまっています……。」
「なるほど……。三葉さんは元彼女である麗奈さんに対して、後ろめたさを感じていると……。
ちなみに、その理由について教えて貰ってもいいですか？まあ……おおよその理由については、私もある程度、推測出来てはいるんですけどね……。」
ーー2人、静恵さんと隣に並んで歩く通学路。その他にも生徒はいて、目の前には……現在話の中心である彼と、彼の親友がその少し前を2人話しながら歩いているのですが……。
……今は、今この時間だけは……私とその隣を歩く静恵さん。私たち2人だけしかこの場所にいないような、そんな不思議な気持ちになってしまいます。
そして隣を歩く静恵さんは、そのような核心に迫る言葉を口にすると同時に……私との間にあったわずかな距離さえも、その足を一歩前へと踏み出すことによって埋めてしまう。
ですから、そんな真っ直ぐな静恵さんの行動に、私も意を決してーー自身の心の中にある、葛藤や抱えている不安を正直に打ち明けようと思います。
かなりペースは遅めですが、ゆっくりと投稿していきます。
