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一気に意識が覚醒する。記憶が戻るというよりは誰かの記憶が流れ込んだ感じだ。俺はなぜか自分の手が汗ばんでいるのに気づいた。
ゆっくりと身体を起こすと身体が怠く、頭には水で濡らした布が置いてある。まるで高熱があって何日も寝込んでいたような感じだ。
ベットから身を起こすと窓からオレンジ色の光が差し込んでおり、夕方になっていて、学園を休んでしまったことに罪悪感が芽生える。
心配をかけただろう両親に謝っておこうと部屋を出て、居間に行くと台所で料理をしているはずの母親のところに行くと手に持っていた包丁を待ったまま、抱き着いてきた。
母親の大きい胸が当たることに関しては何も感じないのだが、包丁をその手に持っているというのがとても怖い。
今の実力であれば包丁が刺さった程度の怪我であれば治せるのだが、痛いという感覚は消すことが出来ないのでできれば刺さりたくない。
「母さん、落ち着いて、包丁を持ったままだと危ないよ」
昔の俺だったらもう少し汚い言葉使いをしただろうが、16年もこの喋り方をしていたため、変に思うことは無い。
母親を押しのけて包丁を奪い取り、机の上に置いておく。たった、1日寝込んだくらいでこの状態だったら、俺が出て行ったらどうなってしまうんだろう。
「だって、3日間も目を覚まさなっかたんだよ」
「3日間!?」
「そうよ、だから、もう、母さん、心配で心配で」
3日間も寝れば身体も重くなるのは頷ける。
「父さんだって夜中にはなってたけど、心配だって言って、毎日帰ってきたんだから」
父さんは研究所の所長をやっていて普段は研究所で寝泊まりしているため帰ってくるのは月に1回程度のため、かなり心配をかけたていたことが分かる。
女神が言っていたことを思い出すと16歳になった時に記憶が戻ると言っていた。誕生日がちょうど3日前だったので16歳になった瞬間に記憶が戻ったことが予想できる。
「体調はもう大丈夫だよ」
そもそも以前に病気でもなかったので悪くもなっていない。
「本当に?無理しなくていいんだよ」
3日間も寝込んでいたんだから信じられないのも仕方がないだろう。
「じゃあ、今日は早めに寝ることにするよ」
自分の部屋に戻ろうとしたとき、お腹からキュルルと音がする。この3日間、何も口にしていないのでお腹がすいた。
その音を聞いた母親がくすりと笑う。
「そうよね、何も食べてないんだからお腹もすくわよね、今からおかゆを作るから先に身体を洗ってらっしゃい」
浴場に行き、体を洗うため桶に魔法で水を容れ、火で温めてお湯にしていく。お風呂はあるのだがとても大きく、メイドもいないため、1人で使うのはもったいないし、面倒くさい。
布にキャスの実を割り中の身を割り泡立てる。石鹸のようなもので貴族では一般的に使われている。
俺の家はこのエルスガレット王国で唯一の王家専用の研究所の所長をしているので下級貴族ではあるものの裕福な生活を送れているためキャスの実を使っているが、下級貴族では大抵は使われないらしい。
服を脱ぎ、泡立てたキャスの実をつけた布でごしごしと擦る。ある程度、洗い終わったら、桶の中のお湯で泡を落としていく。
綺麗に泡を落とし、乾いた布で拭き、新しい服に着替える。地球のものと比べるとどうしてもごわごわしているがこの世界は秋と春が繰り返しているような気候のためあまり気にならない。
居間に戻るともうおかゆは出来ており、美味しそうな匂いが遠くから伝わってくる。
その匂いに釣られ、空腹でお腹を締め付ける。
いただきますを言うのも忘れ、夢中でご飯をかきこんだ。普段ならテーブルマナーにうるさい母親も今日ばかりは何も言わずに食べるのを見守ってくれるている。
「ごちそうさまでした」
「片付けはやっておくから、もう、今日は寝なさい」
「ありがとう。おやすみなさい」
母親には寝ると言ったな、あれは嘘だ。
試しておきたいことがたくさんある。3日間も寝ていたから、眠気なんか来ないので、毛布に包まって寝ているように見せかけ、自分の部屋の窓から外に出る。
エルスガレット王国の首都のハーレライは城塞都市で城門は夜の間は閉ざされるが、今の俺なら1日くらい野宿しても大丈夫だろう。
城壁を飛び越えようと思ったらいけないこともないはず…
明日は学園があるから早朝までには帰ってこないといけない。
夕日が沈みゆくなか俺は城塞都市ハーレライを出た。