6話
夢を見た。
いつものように仕事を終えた俺は電車とバスを乗り継ぎ、自宅の門を潜る。
玄関の扉を開けると、見慣れた女性と子供が俺を出迎える。
俺の妻と、娘だ。
食卓を囲み談笑する三人の姿を、俺は何故か第三者視点で見つめている。
まるで、どこか遠い場所での出来事。
TVで外国の事件でも見ているかのように。
その映像は唐突に、ブラックアウトして消え失せた。
その代わりに、失われていた記憶の残留思念のような物が、クッキリと頭に浮かび上がってくる。
『期限は五年』
『強くなれ』
『善行を積め』
『俺の大切な、妻と娘のもとへ』
『絶対に、帰るんだ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
…色々思い出した!
俺には大事な大事な家庭があったんだ!!
俺と同い年の奥さんと、三歳になったばっかりの可愛い娘が!!
こんな大事な事を忘れてるとか俺は馬鹿か!?
あの三馬鹿よりよっぽど馬鹿野郎じゃねーか!!
俺がこんなワケの分からない世界にいるって事は、元の世界ではどうなってんだ!?
俺は失踪か行方不明扱いか!?
妻と娘はどうなるんだ!?
どうなったんだよ!?
…ダメだ!そもそもどうして俺が転生する事になったのかを忘れたまんまじゃあ、情報が少なすぎる!
…それでも…!
…何としても、俺は…!!
絶対に、家に帰ってみせるっ!!
…何だよ、うるせぇよ。
…今新たな決意を胸にした所なんだよ。
話しかけてくんな。
…うっせーな!!
テメエ等昨日の飯の恩を仇で返すつもりか!?
…上等じゃねーか、やってやんよ!
テメエ等まとめてかかってきやがれ!!
…あ、やっぱ一人ずつ順番にかかってきやがれ。
流石に一斉にこられたら一発くらい良いの貰っちゃうかもしれないし。
…タンク、ドクロ、カリブ、ノーキンの順で来い。
…はぁ?俺の体?
そりゃデカくなってるよ、お前等だって昨日よりデカくなってんだろうが。
リザードマンは成長が早い生き物なんだよ。
…あれ?
キザ、お前他の連中よりデカくね?
体格は相変わらず痩せマッチョだけど、身長がノーキンと同じ位になってんじゃん。
『それは多分、火吹き鳥を二人で仕留めたからだろうね。魔物を殺すと、その魂の一部が殺した者に入り込む。そうするとより強く、頑丈に成長するって言われてるんだ。』
それって、ゲームとかの経験値みたいな?
つーかまんま経験値の事なんじゃね?
そっか、じゃあ今回はただでさえ格上の相手を二人だけで仕留めたから、その経験値も二人で総取りってワケか。
…そりゃあ、成長期のリザードマンだったら顕著に差が出るわ。
ノーキンが言うには俺の体も目に見えて成長しているらしい。
確かに目線がノーキンと同じ高さになっているし、なんか力が漲ってる感覚はあるんだが。
あ、ノーキンってのは俺に絡んできた馬鹿の事な。
リザードマンって死亡率も高いから、基本的に名前をつける文化が無いらしいんだけど。
単純に俺が面倒になってきたから、昨日飯食ってる時に勝手に名前をつけた。
特に異論も出なかったし。
ちなみに、タンクは盾持ってた奴、ドクロは釘バット、カリブは海賊刀だ。
…俺が分かりやすかったら良いんだよ、別に。
弓矢はキザ野郎なんで、そのまんまキザって呼ぶ事にした。
あいつキザって呼ばれてまんざらでもない顔してやがった。
意味分かってないから。
マジうける。
で、なんか昨日の飯の途中から、同期の奴等が俺を『アニキ』とか呼びやがる。
実力主義のリザードマン社会だし、同期で一番最初に生まれたから分からんでもないが、流石にグロテスク蜥蜴集団からアニキアニキ言われるのは精神的に辛い。
そう言ったらキザが『アギトはどうだ?』とか言い出した。
何で今の流れで仮面ラ◯ダーの話はじめたの?コミュ障はこれだから…。
とか思ってたら、リザードマンの古語みたいなので『噛み砕く顎』みたいな意味なんだとか。
確かあっちの世界でも顎みたいな意味だった筈。
…なにかしら繋がりがあるのか?
どちらにせよ、厨二病ここに極まれりって感じだな。
不快じゃ無ければ別に俺の呼び名なんてどうでもいいから、どうぞご勝手にって感じだが。
数年後に自分がつけた厨二ネームを呼ばなくてはいけない苦しみに頭を抱えるがいい。
数年後で思い出した。
夢の終わりに浮かんできたアレだ。
『期限は五年』
『強くなれ』
『善行を積め』
やたらと印象に残る言葉だった。
すっかり忘れてたけど…今なら分かる。
これは転生前の俺から、転生後の俺に対しての『課題』だな。
おそらく『期限は五年』ってのは、五年以内に何らかの手だてで元の世界に帰れって事。
そして帰る為の条件が『強く』なる事、『善行を積む』事。
直接的な帰還の条件では無いのかもしれないが、最低限必要になる事なんだろう。
…他でもない俺の事だから、俺には伝わった。
何としてでも、俺は帰る。
たとえ辛い思いをするとしても。
死にそうな目にあったとしても。
…妻と娘が俺の全てなんだ。
強くならなければ。
とりあえず、手っ取り早く強敵を狩って、上位個体への『変異』を狙う。
経験値みたいな物が存在するなら、おそらくそれを貯めるのが『変異』の第一条件だろう。
他にも何か条件があるのかもしれないが、今は判明していないので仕方が無い。
俺は手製の槍を担いで立ち上がった。
…オラっ!何ぼさっとしてやがるテメェ等!
さっさと準備して、猟に出かけるぞ!
この際だからテメエ等にも、最低限の戦い方ってのをレクチャーしてやんよ。
…まぁ俺も戦いは素人だけど、元人間だからな。
『連携して仕事をこなす』って事なら、色々教えられる事はある。
狩って狩って経験値を貯めて。
さっさと強くなって、家に帰るんだ。
本当の、俺の家に。