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黄色い物  作者: 辰野ぱふ
8/8

8.

 よっちゃんの結婚式の朝、二人は婚姻届けを出した。

 よっちゃんの結婚披露宴では、章一はなんとか司会を務めた。

 二次会に出席する頃は、もう聖子との新しい生を思い浮かべ、よっちゃんの新しい門出にも心から祝福の念を送れた。


 だが、それからも、実際に聖子に会う機会は限られていて、自分が新婚だという実感はなかなか持つことができなかった。

 会社でも皆に祝ってもらい、気分は完全に新婚モードだったのだが、なんとも不思議な感じだった。


 住まいについては、母が気を利かせ、

「スケさんがね、持っているアパートがあるのよ。そこにショーちゃんとカンダさんで住んだらどうだろう、って、スケさんが言ってくれてるの」

 と言い、

「でね、あたしたちも、実は同じ日に婚姻届けを出しました」

 と爆弾発言があり、章一は度肝を抜かれた。

 目をパチクリして、言葉を失っている章一に、

「幸せは重なると強くなるものなのよ。だから、ショーちゃんたちの幸せを補強するつもりでね」

 などと、聖子が言っていたようなことを言っている。

「スケさんところは、実は前の奥さんとの間に、娘さんがいるんだよ。その人も結婚同じ日にしたんだってさ。すごい四重の強さだよ。最強の幸せ四の地固め!」

 と胸を張った。

 

 とにかく聖子を迎える準備は整っていた。母も祖母も聖子に会う日を待ちわびていた。

 実際の日常には何の変化もなかったのだが、章一は少しずつ新しいい住まいの準備を整え、それをメールで聖子に報告し、新しい生活が始まるその日を夢見るのだった。

 母の方では章一が不在の時、ヘルパーさんが来ているような時には家を空け、今までのようにほしくず屋の手伝いに行き、ほしくず屋のじいさんと仲良くしているようだった。

「あたしたちは通い婚」

 などと浮かれていう母を見て、今までならおぞましく思っていた気もするが、なんだかほほえましく思えるのだった。


 待ちに待った末、九月の土日を使って、二人で新居に移ることになった。

 その前に、章一の所で、皆で食事をすることになった。

 章一にはまだ不安があった。章一の家族と対面して、聖子の気が変わらないとも限らない。外食するという手もあったが、それは聖子が望まなかった。

「お母さま、おばあさまにやっとお目にかかることができるのですから、皆さまがお暮しになっている所で、お目にかかりたいのです」

 と言うのだ。

 それまでには、二人は素手で手をつなぐ仲にはなっていたが…。章一はまだ落ち着かなかった。


 でもとにかくその日はやって来た。なんと、ほしくず屋のじいさんも招かれ、住江家の狭い食卓は動きがとれないくらいになり、章一は緊張しきり、コチコチになった。

 聖子と母、ほしくず屋は話が合うらしく、話がはずんでいる。祖母は眠っているような感じで、現実とぼんやりとした自分の世界の間を行き来しているようだったが、皆が笑い声をあげると一緒に笑い、ときどきは「そうだよ!」「いいね!」などと、わりに的確な合いの手を入れて場を盛り上げた。

 だが、章一は完全にうわの空でその内容を把握する機能が停止してしまっているようだった。

「それじゃあ」

 と席を立つ時も、まだ章一はうわの空だった。

 ほしくず屋は、まるでそこがずっと自分の住まいだったように、母の片づけを手伝い、祖母の世話も手慣れたものだった。


 アパートまでの帰り道、聖子は章一の腕に自分の腕を絡ませてきた。

「ショーイチさん。わたくし、今までこんなに幸せを感じたことはございません。わたくしの大好きなほしくず屋の店が近いばかりか、お母さまがそのほしくず屋さんの奥様なんて、まるで夢の中のできごとのようでございます」 

 章一はまだロボットのように、カチコチ歩いていた。


 聖子の声は心地よく、章一の耳の中を通り抜けた。

 そして、「住江章一・聖子」と表札のかかったそのアパートの扉を開け、その扉がまだ閉まりかけているうちに、章一は聖子抱きしめた。

 もう間にほしくず屋のギフトセットは挟まっていない。

「あ、か、鍵を…」

 と言う、聖子の口をふさぎ、聖子の存在を直にその手の中に心ゆくまで確かめ、章一もしっかりと幸せをかみしめたのだった。


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