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黄色い物  作者: 辰野ぱふ
2/8

 脱衣場からキッチンに顔を出すと、思いがけず食卓にはもうばーちゃんが座っていた。

「あれ?」

 と章一が言うと、

「あ、ショーちゃん。ばーちゃんは今日はあたしがお連れしたよ。あんたはとにかく部屋に行って、まずお手紙を読んで来て下さいな。今日の一番大事なお勤めだからそれを優先してくださいな」

 と母が恥ずかしそうに言う。

 なんだか言葉遣いまでいつもと違うような感じがして、章一は身震いした。


 母はちりめんの黄色い小さい風呂敷を章一に渡した。

「この中にお手紙はちゃんと入っております」

 なんだか母も緊張しているようだ。章一はなるべくなんでもない風を装ってその包みを受け取ったが、手の中に確かな感触があり、また心が舞い上がりそうになるのだった。


 封筒の中には、蝶々結びされた金色のリボンが入っていた。

『長らくお待たせしまして、まことに申し訳ございませんでした。

 手紙には書けないのですが、私自身の問題がございまして、とにかくそれを片付ける必要があったのでございます。』

 と一枚目の一筆箋に書かれていた。

 それに続く手紙は、和紙に筆書きされていた。

『このお手紙は、お読みになったあと、すぐにシュレッダーなどで捨てていただくか燃やしてください。私がこれを書いたという跡を残したくないのでございます。

 ご面倒でも、ご面会の日時などは、住江様がご自分でメモされますように。よろしくお願い致します。

 なお、グーグルマップや、ネット情報など、プリントしたものはそのままお使いください。』

 ここまでが手紙の一枚目。


『私が住江様にお目にかかれるのは、三月一二日の日曜日でございます。

 場所は、同封しました地図に所番地が記載されており、地図上に丸印を付けております、そこに示しております鳳神社にてお会いいたしましょう。

 すぐにお気づきかと思いますが、この日は仏滅でございますが、ご心配されませんよう。』

 章一は、手紙に書かれていたように、すぐにスマホのスケジュール表に入力した。

 そのほかには、神社のどの場所で会うかについての細かい場所指定があった。それも、あとで自分でわかるようにスケジュール表に書き込んだ。


 さて、家にシュレッダーは置いていない。手紙の処理は母にまかせたほうが良さそうだ。リボンと地図だけは手元に残し、封筒に手紙を戻すと、章一は自分の部屋の扉を開けた。


 母も祖母も食卓の椅子に座って、じっと章一が席に着くのを待っていた。

「どうです?」

 と母が聞いた。

「なんか、手紙はシュレッダーにかけるか、燃やせって書いてある」

 と言うと、母ががばっと立ち上がり、

「じゃあ、まずそうしましょう」

 などと言い、章一の手から封筒を受け取ると、換気扇を回し、シンクの中に植木鉢のような陶器製の壺状の物を置き、その中で手紙を燃やした。母はこれまでにも何かを燃やすことがあり、湿っている物は乾かし、細かく切ったりして用心深く扱うので、手慣れていた。

「灰は取っておくよ。これも幸せの貯金になるからね」

 と言い、壺のフタをしめた。

 なんだかここまでで、章一は脱力した。

「いいんだよ。ショーちゃん、何も話したくなければ、話さなくてもね」

 と母が言い。

「ショーイチ、そうだよ」

 と祖母が言った。

 章一はなんだか呆けたように夕飯を食べ、祖母を寝かせると、祖母はいつものように、

「ショーイチ、ありがと、ありがと」

 と手を合わせた。


 章一の頭の中は真っ白になった。心地よい疲労感がやってきて、ぐっすりと眠ることができた。


 神田さんとの約束当日までに、よっちゃんとのメールのやりとりが数回あった。そのやりとりで、章一は神田さんとつきあっていることを、遠回しによっちゃんに伝えていた。


 よっちゃんの方では、六月のよっちゃんの結婚式に神田さんも誘いたいということだった。だから、招待状を送るために住所を教えて欲しいということだった。

 だが、章一はまだ神田さんの詳しい情報を何一つ知らないのだ。

 神田さんについて知っていることといえば、あの日のあのほの甘い感触だけのような気がした。

 よっちゃんから、

『神田さんて、いろいろな仕来りにうるさそうだから、住江から渡してもらおうかな』

 と返事が来ていた。

 さて、それについて一番良い解決方法は何だろうか? さっぱりわからない。章一はそれについての返事を保留することにした。

 そして考えに考えた挙句、

『今度、カノジョとデートするから、その時に聞いてみるよ』

 と返信した。

『カノジョとデート』なんてメールで返信できる今の自分が輝いてるように思えた。


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